第二章

第30話 民都への誘い



 延々と続く街道。

 街道と言っても舗装されているものではない、何度も踏みしめられ草の根が生えなくなって地肌が道のように見えているだけ。


 林を切り開いた隘路。

 この道を行けば、あの街に辿り着くはず――なんて、カントリーロード名曲の一節を思い出すほどに、道なりは遠い。


 くあっと欠伸が漏れた。

 何せ野営を一回挟んでいる。交代で見張りをしながら夜をやり過ごしたのだ。


「車だったらどれくらいなんだろうなぁ」


 ギルドのノウス支店長アイザックは、俺の言葉に首を傾げる。

 頬に刀傷、短く切り揃えられた白髪混じりの髪の風貌はいつ見てもヤンチャなおっさんというか。


「車? 今乗ってるじゃねぇか」


 いや、そういうことじゃなくて、とツッコみそうになって堪える。

 現代人プレイヤーにしか分からないボケだ。

 ガタンゴトン、と電車以上に縦揺れも横揺れもする馬車は、俺の中で車ではない。尻も痛い。

 

「ごしゅじん、私の方が速いよ」


 隣からハスキーボイス。

 座っていた銀髪の美少女――リルが胸を張ってアピールしてくる。


 随分大人びた容姿と高い身長を持つから、いささか少女という表現は相応しくないのかもしれない。


 ただ、頭から飛び出した獣耳やふさふさとした尻尾が認めてほしいとうずうずしているので、美女というには首が傾げられてしまう。


「ああ……それはそうかもなあ」


 きっと、人間態――今のこの姿でのことを指している訳ではないんだろう。

 目の前の彼女の本来の姿………というより、正体は人間ではなく、白銀の狼だ。


 北欧神話の狼フェンリルから名を取った彼女は、神速とも呼ぶべき速さを強みとしている。

 全力を出せば、人間の動体視力では捉えることが出来ないのは間違いない。

 目で捉えられない速さとなると……リニアとか飛行機より速いんだろうな。


「背中に乗せる」


 イメージしてみた。

 爆風に唇が捲り上がりそうになって――あっ。

 振り落とされて身体が地面に叩きつけられた。

 ボロ雑巾の方がマシな状態だ。


「あー……いつかの機会にお願いする、かな?」


「任せて」


 曖昧に答えて、どうどう、とリルの頭を撫でておく。

 そもそも、魔獣態の維持のために魔力を消費してしまう有様だ。

 本気を出す前に俺の魔力燃料が切れるに違いない。


 そして、車内の会話が無くなる。


「……イルガルタ民国、ね」


 気晴らしにと思い、窓枠に肘をついて外を見る。

 車内には俺とリル、そして、アイザックという不思議な面子。

 一体なぜ馬車に揺られることとなったのか。



 きっかけを反芻する――それは、約一日前のこと。

 

「やっぱ、お前には嬢ちゃんが居ねえと――ん?」


 ギルドの支店長室。

 俺たち二人を見た途端、アイザックが破顔する。

 しかしすぐに奇妙な表情を浮かべた。


「……どうかしました?」


「いや……なるほどなあ」


 何故かリルの方を見て、したり顔をする。

 つられて俺も彼女を見てみる。

 腕にしがみついている以外特に変わった様子はない。

 すっと微笑まれた。


「昨日居なかったのはそういうことか、ハル……大事にしろよ?」


「え、ああ……」


 なんだか分からないけど、アイザックは納得してそんなことを言う。

 リルは相棒だ。大事にしているし、大事にすることは変わらない。今更の話。


「で、昨日は準備が出来ていなかったが、これが報酬になる」


 テーブルの上に布袋が置かれる。

 ジャリッ、と中身が音を立てた。


 報酬――確か銅貨五十枚だったか。

 それにしては随分とサイズ感が小さい気がする。


 ちょろまかすなんてことはないだろうが、一応中身を確認する。

 入っていたのは銅貨ではなく、銀貨。

 一枚で銅貨百枚になったはずだ。それが十枚。


「一応言っておくが、今回の討伐を加味した特別ボーナスも入ってる。坊ちゃん――じゃなかった、領主様が増額してくれたんだ」


「いや、でも……これは」


「今回の依頼で死んだ奴の分も合わせてある」


 死んだ奴と聞いて、数日前の惨劇が脳裏に蘇る。

 ゴブリンの大量発生を端に発した、ノウス森林最深部の調査。

 そして、待ち受けていたグレーターオーガ。


 ゴブリン召喚と再生スキルというあり得ない特性を持った強敵。

 土壇場で編み出したアーツ<限定解除>によって辛うじて撃破できたものの、半分以上の冒険者が命を落としてしまった。

 

 しかし、死んでしまった冒険者の分まで貰って――。


「甘いことを言うんじゃねえぞ。その金で装備を整えろ。強くなるんだ。それが生き残ったやつの義務だ」


 口から出かかったところで止められる。

 俺たちはあくまでも運が良かった。

 絶対がないことはもう痛いほど理解している。


 次、死ぬのが俺たちになってもおかしくないのだ。

 それが冒険者という稼業。


 そして、俺たちは旅をしなくちゃならない。

 そのためには、強くならなければならない。

 黙って懐に入れる。


「それでいい。それとギルドカードを更新した。これでお前らは七等冒険者だ」


 名刺サイズくらいの二枚の金属板が差し出される。

 右の角にあった星の数が増えていた。

 前は二つだったから、次の六等は星四つになるのかな。


 他にも色々書かれているんだろうが、読めないので記号にしか見えない。

 

「駆け出し冒険者卒業ってわけだ。依頼の幅も増える。楽な依頼だけ受けようとするんじゃねぇぞ」


 状況に依るとしか言えない。

 冒険者の仕事って本当に何でもあるからな。

 旨味がないと思って討伐依頼か、魔獣の素材売却しかしてなかったけど。


「で、こっからが本題になる」


「本題?」


「普通だったら報酬を払ってハイ終わりってことになるが、今回はそういう訳に行かない。俺と一緒に領主様に報告をしてもらう」


「……報告?」

 

 今居るノウスという街がノウス領という場所にあることは知っている。

 領というくらいだから当然領主が居ることも。


 しかし、何故俺たちが報告をしなければならないんだろうか。


「領主様がお前らに会いたがっててな」


 お偉いさんが会いたがるというのは、正直社会人経験的にいい思い出がない。


 仕事が進むということでもあるのだが、接待が入ったり、思い付きでオーダーを貰ってしまったり、ああ残業が増えて――。


「……あからさまに嫌そうな顔をするんじゃねぇ」


「おほんっ、そ、そんなことはないですよ? で、領主様はどちらに?」


「普段なら街の屋敷に居るんだが、今は議会中でな。イルガルタに居る」


 イルガルタ。現時点で知っている中で、俺が知っている唯一の地名。

 元々そこに拠点を移そうと思っていたところだ、渡りに舟な提案だ。


「いいか、お前らイルガルタは良い街なんだぞ。ノウスも悪くねぇが、活気が段違いで飯も酒も旨くてまさに国が誇る首都って――」


 俺のイルガルタの記憶とあまり変わりない。ホームタウンになる場所だから大きかった。


 飯も酒も、か。リルの食費もまた上がっちゃうんだろうなあ――と、何か妙な単語が聞こえた気がした。


「……今なんて言った?」


「あ? 活気が段違いなんだよ。俺もちょくちょく行くがな」


「いや、そうじゃなくて、活気が段違いで何だって……」


「国が誇る首都――」


「――首都!?」


 思わず身を乗り出していた。

 俺の声に、隣に居たリルがびくんと耳と尻尾を跳ねさせた。


「お、おい、いきなりどうしたんだよ」


「だって、イルガルタが首都って……」


「お前、何を当然のことを……ああ、そうか、記憶ないんだったか」


 アイザックが頬を掻く。


「俺たちはイルガルタ民国に居て、そこの首都はイルガルタだ。民都とも言われている」


 ――序盤の拠点がいつの間にかに街から国に発展していた。




「……未だに信じられない」


 ギルドでの会話を思い出しても疑問が募るばかり。

 俺の記憶のイルガルタといえば、VRMMO・フィフスマギナにおけるプレイヤーたちの最初の拠点だ。


 規模は大きかったし、中堅も古株もなんだかんだたむろするような場所。

 俺も現役の時はよく出入りしたものだ。


 設定的には開拓者の街として絶賛発展中という感じで、ポジション的にはノウスに近い。

 可能性としては、引退していた空白の約五年のアップデートで――。


「前々から気になってたんだが」


 アイザックから話しかけられて、思考が止まる。


「嬢ちゃんはお前のこと、ご主人と呼ぶが……どういう関係なんだ?」


「どういう関係、って」


 俺とリルの関係を他人に説明するのは難しい。

 俺と彼女は、魔獣操師マギナハンドラ契約魔獣マギナという関係にあることは間違いない。


 魔獣操師――魔獣と契約し仲間とすることで共に困難に挑む、ゲームの中の職業ロール


 そして、両者は主従関係ではなく、契約関係。

 両者は似て非なる。

 魔獣には自由意思があって、あくまでも俺に協力をしているという状態。


 契約した魔獣が高位であればあるほどその関係性は自由度が高まる。

 しかし信頼関係を築けなければ、指示出しすらまともに出来ない。


 俺にとっては当然というか醍醐味みたいなものだが、プレイヤーの一般意見としては「クソシステム」と酷評だった。


 契約解除できない、かつ契約数制限でさらに信頼度まであって言うことも聞かない。

 取り返しの効かない要素が多すぎると、気持ちは分からなくもない。


 当然救済措置というか、契約可能な魔獣には進化という概念もあったし、魔獣操師を選ぶと、ドラゴンのような人気の高い魔獣の雛数種の内から最初から契約できる制度があった。


 俺の場合、勘違いでランダムガチャを選んでしまったので、ドラゴンでも序盤に出てくる奴でも何でもない、全く別の魔獣と契約することになったのだが……それは懐かしい話だ。


 まあ、成長に必要な経験値が高すぎるし、上位種の雛だろうが結局苦労するから、根本的な解決にならないんだけど。


 魔獣操師は、肝となるシステム面でも不遇というか仕様の冷遇を食らっていたな。


「ああ、いやな。奴隷には見えんからな」


 俺が黙っていたままだったから、取り繕うように言葉が継ぎ足された。

 

「ごしゅじんは、私の番い」


 リルがあっけからんと言ってのける。


「ちょっ、おい、リル……」


「だから誰にも渡さない。奪おうとする奴は全員狩る。それだけ」


 ライトグリーンの切れ長の瞳がすっと細められ、肩に頭を預けられる。

 これではまるで見せつけているような感じだった。


「……お熱いねえ」


 ひゅうっと口笛が吹かれる。にやにやした視線が鬱陶しい。

 そして、リルもリルで本心を吐露してわだかまりを解消してからというもの、ずっとこんな調子。


 あの美しい銀狼の姿の面影を残しながら、その容姿は華やかさと美しさがある。

 動きやすさを重視した民族衣装のような彼女の服装と相まって、独特な色香を醸し出している。


 俺としては、手に乗るくらいのサイズから育てているので親という気持ちが強いのだが――とはいえ、どきりとしないというのは無理があった。


「そういえば、奴隷って単語をよく聞くんですが、一般的なんですか?」


 なんとも言えない雰囲気に居心地が悪いので方向転換を試みる。

 奴隷。聞いてみたい事の一つであった。


 要所要所で聞くのだが、結局一体何なのかまでは聞けていなかった。

 その時々のニュアンスからして、イメージと一致してそうな感はある。


「あん? 奴隷ってのは、隷属の刻印を焼き付け、行動に制限をかけられた存在だ」


「隷属の刻印?」


「アーツみたいなもんだ。違反事項に抵触したら心臓に痛みが走ったり、最悪潰れる」


 え、エグっ。内心、ドン引きした。

 続く話を聞いて内容を整理すると、やはり俺のイメージのものとほぼ同一だった。


 ・犯罪を起こしたものへの刑罰としての犯罪奴隷、労働力・商品として購入できる商品奴隷の二種類。


 ・商品奴隷は、合法的に市場で売られるもの、非合法で売買されるものもある。


 ・共通の要素は、隷属の刻印。

  隷属術というアーツがあって、専門家が居るのだとか。


 ・刻印を刻めるのは人間だけ。魔獣には使えないらしい。

 

「後はそうだな……嬢ちゃんには悪いが、人間が多い国だと亜人や魔族は奴隷になりやすい」


 ありきたりなところで言えば、差別意識から来る奴隷、みたいなことを言わんとしているのか。

 当のリルはきょとんとしたものの、欠伸をしてしまった。

 自分を亜人と思っていないし、そもそも興味がないらしい。


「非合法の売買奴隷は当然曰く付き、だ。没落貴族の子息、表に出すわけにはいかないやんごとなき落胤らくいん、希少種族とかな」


 落胤って。愛人との間に出来た国王の隠し子、殺すのは不味いし内密に処理するために、とか? 聞けば聞くほどエグいな。


「って、随分詳しくない……ですか?」


「いい加減もう堅っ苦しい話し方は止めろっての。……ギルドは情報が命だ、嫌でもそういうのが入ってくるもんさ。後は依頼の違約金が払えずに奴隷になる場合もあるしな」


 確かに手広くやるには、そういった情報にも聡くなければやりづらいところもあるのだろう。

 もしかして非合法の活動なんかもしていたりするのだろうか。

 これは聞いてしまうと戻れない気がするので今は止めておく。


 さらっと奴隷落ちのリスクを言われてしまった。

 そんなこと言われたら余計楽な仕事に流れるぞ。


「まあ、噂話は酒の肴になんだよ。他にも――おっと、そろそろ着くみたいだ」


 馬車の速度が目に見えて落ち、振動が変わった。

 土だったはずの馬車の道が変わったらしい。

 御者からもそろそろだと案内される。窓から顔を出す。

 

「……あれが、イルガルタ……?」


 ノウスの比ではない巨大な都市が、俺たちの前に現れつつあった。

 

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異世界の魔獣操師 ~社畜、四体の魔獣と異世界を駆け、そして世界の敵となる~ 安堂羽羽 @How_ando

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