処暑 後編


 地元の祭りならともかく。

 こう不案内だと力技しかねえ。


 女の子を強引に肩車した俺は。

 こういう時の定番に頼ることにした。


「迷子センターどこだ!!!」


 とにかくでかい声。

 そして緊張感。


 演技なんてもんに自信はねえが。

 そんな大根役者に。

 乗ってくれる空気感がここにはある。



 そう。

 今は祭りの最中なんだ。



「おうにいちゃん! 迷子か!?」


 よし、釣れたぜこのお祭り好きめ。

 これでスピード解決間違いなし。


「そうだ! どこにあんだよ迷子センター!」

「そんなもん知らねえ!」

「はあ!?」


 おいおい、ふざけんなよねじり鉢巻き!

 でも、おっさんは自信満々に胸を叩く。


「へへっ! 郡上八幡をなめんなよ? ……おうい! 女の子が迷子だーーー!」


 屋台通りの喧騒を割るほどのだみ声が。

 遠く川むこうまで響き渡る。


 すると、郡上八幡全体に何かのスイッチが入ったよう。

 気配がぐるっと切り替わると。

 至る所から大声の連鎖反応が始まった。


「迷子だ!」

「女の子が迷子だってよ!」

「迷子探してる親いねえか!」

「この辺に迷子探してるやついねえか!」

「原始的っ!」


 なんだこの呆れた大騒ぎ。

 下手くそな歓声のウェーブかよ。


 もう、眉根寄せるしかねえ俺の耳に。

 四方八方からいらん情報ばかりが届く中。


 ようやく。


「いたぞ!」

「こっちだ!」

「おーい、いたってよ!」


 待ちに待った声が。

 届いたことは届いたんだが……。


「おいこら! そこら中からこっちこっちって! どっち行ったらいいんだよ!?」

「んなもん知るか! ほら兄ちゃん、早く行ってやれ!」


 ええい、くそう!

 指向性って言葉知らねえで育ったのか貴様ら!


 だが突っ立ったままじゃ始まらねえ。

 あてずっぽうで走り出すと。


 人混みが自然と左右に割れて。

 たった一本の道しるべが……。


「ええい、何本にも分かれんじゃねえ! あっちこっち叫ぶからオーディエンス全部が混乱しちまってるぞおい!」


 使えねえぞ郡上八幡!

 でもそんなこと叫んだら袋叩きだ!


 我慢しろ! 俺!


「どっち行きゃいいんだよ!」

「こっち!」

「そっちか!」

「そっちじゃねえよ兄ちゃん!」

「バカ、こっちだこっち!」

「もっと右!」

「左に十メートル!」

「ちきしょう! スイカはどこだ!?」


 目隠し無しのスイカ割りに翻弄されて。

 しばらく走り回ると。


 ようやく、大勢の人が手を振るゴールと。

 浴衣で駆け寄るお母さんの姿が目に入った。


「あいちゃん! あいちゃん!」


 下駄じゃ走り辛いだろうに。

 必死に足を運ぶお母さんの姿を見てほっとするとともに。


 俺は、聞き取りやすい名前を付けたことについて。

 お袋を罵倒したことを深く反省した。


 どこの親だって同じ。

 子供が大切じゃない親なんているわけがない。


 そんな子供に、最初にあげる大切なもの。


 聞き取りやすい名前を付ける事の、本当の意味を。



「あいちゃーーーーん!」



 俺は今。

 初めて知ることになった。



「……あたし、みーちゃん」

「ちがうんかい!」



 途端に騒めくあたりの皆さん。

 そりゃそうだ、迷子が二組に増えたわけだしな。


 だが、困惑してる暇はねえ。

 再び皆さんは発奮する。


「違うってよ!」

「あいちゃんっていう女の子いねえか!?」

「みいちゃんのお母さんいねえか!」

「だからその原始的なのやめてくれ!」


 そっちに発奮すんじゃねえ!

 ああもう、自分で運営に連絡する!


 俺は、髪にしがみついたみーちゃんが落ちねえように注意して。


 携帯を探してみたんだが……。


「ねえ!?」


 ああ、そうか!

 舞浜んとこに置いたまんまだ!


 くそう、こんな時に!


「ちきしょう、誰か迷子センターに連絡してくれ!」

「てやんでい! そんなもんに頼ってられっか!」

「郡上八幡舐めんな!」

「おおい! 迷子探してるお母さんいねえか!」

「こっちにいるぞ!」

「いいやこっちだ!」

「こっちだってよ!」

「……ほんとお前ら」



 お祭り好き共による。

 お祭り好き共のためのお祭りは。

 まだ、始まったばかりのようだった。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 走っても走っても。

 子供と親がマッチングされるより。

 新たな迷子と親が出てくる方が多い。


 でも、努力は報われるもので。

 途中から、迷子探ししてくれる人が急に増えて。


「こ、これで最後……」


 もう何人目だろう。

 肩車した子供をお母さんに送り届けて。


 俺は盛大な拍手を耳にしながら。

 石畳にへたり込んだ。


「どうしてまたいなくなったりしたの。心配かけて……」

「あのね? キツネさんと追いかけっこしてたの」


 最後に引き合わせた女の子。

 驚くことに、本日二度目の迷子になった。


 みーちゃんだったりする。


 ……それにしても。

 またキツネか。


 この辺り、普通に出るのか?

 あの赤いキツネ。


「おにいちゃん、これあげる」

「え?」


 ようやく起き上がった俺の手に。

 みーちゃんが押し付けてきたのは。


「これ……、まさか!」


 見紛うこと無き。

 舞浜のかんざしだった。


「やった! ……じゃなくて。貰うわけいかねえよ、みーちゃんのだろ?」


 お母さんから貰ったもんだろ。

 ダメだっての。


 俺は、みーちゃんに返そうとしたんだが。

 こいつは首を振って否定する。


「なんだ、みーちゃんのじゃないのか?」

「キツネさんから貰ったの」


 俺は確認のため。

 お母さんを見上げてみたが。


 どうやらご存じない様子。


 ……だったら。


「じゃあ、キツネさんに返しておくぜ」

「うん!」


 やれやれ、親切は他人のためならず。

 俺は意外な形で当初の目的を果たしたわけなんだが……。




「じゃあ、行こうか。良かったわね、花火が始まる前に会えて」




 お母さんの言葉に。

 我に返って、ぞっとした。


「そうだ、時間!」


 夢中で気づいていなかった!

 あたり、真っ暗になってやがる!


「くそう、間に合うか!?」


 みーちゃんたちへ別れの言葉もかけず。

 かんざしを手に走り出す。


 だが、そんな俺の足が。

 階段にかかったその時。




 タイムアップを告げる合図が。


 郡上八幡の上空で。

 雄々しく華を咲かせた。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 人待ちの一時間は。

 永遠にすら感じる。


 春姫ちゃんの言葉だが。

 そんなの、言われなくったって知っている。


 それなり多人数での待ち合わせの時。

 大抵、みんな携帯で連絡取り合って。

 のんびり待ち合わせ場所に向かうもの。


 でも、友達がいない俺は。

 待ち合わせ時刻より先に現場について。


 みんなの事を。

 待つしか術がない。



 ……定刻までの三十分。

 定刻を過ぎてからの十五分。


 そんな時間は。

 不安なまま、待ち続ける時間は。


 俺には永遠にすら感じられて。


 そして、無限に引き延ばされた暗闇の中で。


 俺はいつだって。


 泣きたくなるほど。

 悲しい思いをしていたんだ。




 ――既に提灯と篝火と。

 街灯だけが頼りになった境内の隅。


 舞浜がいたはずの場所には。

 誰も座っていなかった。



 そりゃあそうだ。

 昨日も散々待たされた相手を。

 一時間半も待ってるやつなんかいやしねえ。



 踊る輪の渦。

 祭り囃子。


 そして、凍った胸にひびが入るほどの音で咲く花火と。

 泣きそうな目に入れるのは辛い、幸せそうに空を見上げる人々の姿。



 呆然と立ち尽くす俺は。

 今更痛み出した足を見つめながら。


 俺よりも悲しい思いをしてる舞浜に。

 なんて言って謝ればいいのか。

 そればかりを考えていた。



 ……今まで。

 俺に友達がいなかったのは。


 臆病なせいだと思っていたんだが。


 実は、俺は最低なやつだということを。

 約束ひとつ守れないようなやつだということを。


 誰もが知っていたせいなのかもしれないな。



 でも、例え許してもらえなくても。

 謝らなければならない。


 最低な男でも。

 そのことだけは分かる。



 俺は舞浜の待つ宿へ向けて。

 重たい足を引きずると。



 不意にそよいだ風が。

 手にしたかんざしをちりんと鳴らして。



「…………またお前か」



 茂みから、俺を見つめる双眸が。

 赤い光の軌跡を残して消えて行った。



 ……そうだ。

 思えば昨日、舞浜に悲しい思いをさせたのは。

 お前のせいじゃねえか。


 悲しい気持ちは。

 こうして誰かのせいにすれば。


 多少は癒える。



 今も、悲しい思いをしてる舞浜。


 せめて、それを『悲しい』じゃなく。

 『お前のせいだ、腹が立つ』に変えてやらねえと。




 …………よし。




「おらあああああ! 根性入れろよ、俺の足っ!」


 宿から来た道。

 その途上で、何としてでも見つけ出す!


 下駄を手に持って、階段を何段も飛ばして飛び降りて。


 誰もが向かう方向とは逆に。

 誰もが見上げる空ではなくピンクの浴衣を探して。



 ひたすら走る。



 だが、橋の中腹まで来たところで。

 凜々花が言っていた言葉を急に思い出して足を止めた。


 何本かある橋の。

 どれを使っても宿に戻れるって話だったな。


 もしも舞浜だったら。

 悲しい気持ちでいるのなら。


 こんな、一番賑やかな橋じゃなくて。

 もっと静かな所を通りたいんじゃないか?


 俺は欄干にすがって。

 遥か遠くにかかる、隣の橋へ目を凝らすと。



 ……橋に飾られた提灯の中に。

 一つだけ。



 赤く、飴色に輝いているものを見つけた。



「まさか……。キツネ?」


 篝火狐鳴こうかこめい

 またキツネに騙されているのかもしれない。


 でも。



 今はすがりたい!



 俺は、煙るような祭りの空気を腹いっぱいに吸い込んで。


 欄干から転げそうなほど身を乗り出して。

 大声で叫んだ。



「まーーーいーーーはーーーまーーー!」



 ……いるわけねえか。


 しかも、花火の音と歓声と。

 この距離だぜ?


 いたとしても。

 聞こえるはずがねえ。



 でも。

 ひょっとしたら。



「……呼び方、か」



 聞き取り辛い。

 舞浜という発音。

 そのせいで気づかないだけなのかも。



 ……よし。



「あ……! あ…………!」



 うわ! 恥ずかしいなこれ!


 舞浜が、『た』まで口にして躊躇しまくってた気持ちが痛いほど分かる!



 でも……。



 ここで叫ばなきゃ!




 俺は、あいつの友達なんて一生名乗れねえっての!




 周りの人たちがざわめく。

 悲鳴がいくつも上がる。


 俺は、裸足のままで欄干の上に立って。




 もう、これが最初で最後になるかもしれねえ言葉を。




 花火のごとく。


 夜空へと打ち上げた。





「あーーー! きーーー! のーーーーーー!」





 手首にはめた腕輪を光らせて。

 おもいっきり大きく振る。


 すると。


 赤い提灯の下。



 小さいながらも、確かに輝く虹色が。



 遠慮がちに。




 左右に揺れた。




 いた……。


 いた!


 ほんとにいやがった!



「あーーー! きーーー! のーーーーーー!」



 もう一度腕輪を振ると。

 あふれる涙に霞んだ視界の中で。

 今度は、はっきりと振り返して来るのが見えた。


 あいつが、今、どんな思いでいるのか。

 それは分からないけど。


 でも、見つけたことが嬉しくて。

 腕輪を振り返してくれたことが嬉しくて。


 欄干から下りながら。

 涙を拭いながら。


 袖を引く手を払いながら。

 もう一度腕を……?



 誰だ、今、袖引っ張ったの。



「ほ、保坂君……」

「まいはまあああああ!?」


 え?


 え???


「ええええええええええええ!?」


 ぐいぐい袖を引いてたやつを。

 思わず指差して。


「ええええええええええええ!?」


 向こうの橋にいるやつを指差して。


「ええええええええええええ!?」


 もいちど舞浜を指差したまま。

 俺は、我ながらどうでもいいことを叫んだ。


「じゃああれは誰だ!」

「し、知らない……」


 呆然自失。

 真っ白になった頭の中に。


 入って来たのは舞浜の飴色の髪。


 赤いキツネの色。


 やっぱり、篝火狐鳴こうかこめい

 俺は狐に化かされてたって訳か。



 ――がっくり欄干に背を預けた俺を。

 舞浜が、心配そうに見ているが。


 そうだ、思い出した。

 俺には、そんなに優しくされる資格なんか無かったんだ。

 

「舞浜。……悪かった」


 他に何を口にしたって。

 言い訳にすぎねえ。


 誠心誠意、頭を下げた俺に。

 こいつは、優しい声をかけてくれた。


「ううん? 悪くない……、よ?」

「でも、一人で待たせて悲しい思いさせて……」

「待ってなかったし、嬉しかったけど」

「…………は?」


 俺はまだ。

 キツネにつままれたままなのか。


 訳が分からないことを言う舞浜が。

 差し出してきたのは。



 ……俺と舞浜を。

 繋げるきっかけになった携帯。



 の。



 画面に表示されたニュース。




 『郡上八幡に現る! 迷子を運ぶ謎の人力『者』!』




「…………おれ!?」

「大ニュース……」


 んななななななっ!?

 なんだこりゃあああああ!


 思わず携帯をひったくってページを送ると。

 俺がみっともなく喘ぎながら文句言いながら。


 子供肩車して走る写真がいくつもいくつもいくつもいくつも。


「私、待ってる間にこれ見つけて……、ね? 嬉しくなっちゃって、いてもたってもいられなくなって、迷子探しのお手伝いを……」


 そう言いながら、えへへと笑う舞浜の顔には。

 仮面なんてどこにも無くて。


「ほ、保坂君が友達で……、鼻高々、だね」


 こいつが心から。

 喜んでることが伝わって来た。



 だから俺は。

 もう一段階力が抜けて。


 欄干から地べたにずるりと落ちると。

 今更、舞浜が下駄を手に持っていることに気が付いた。


「え!? お前、足は!」

「こ、これ履いてると、歩けないから……」


 うそだろ?

 じゃあ、裸足で迷子を捜し続けてたのか?


 ……やれやれ。

 ほんとお前ってやつは。


「さすがだな……」

「ううん? 保坂君の方が、さすが……、よ?」

「いや。改めてすげえ奴だって思うよ、舞浜は」



 ようやく。

 ほんとにようやく安心して。


 最終段階、今度は肩まで落として地面に崩れると。



「……秋乃」

「へ?」

「秋乃が、いい……、かも」



 こいつは、飴色の髪より赤くした頬で。

 照れくさそうに、そう呟いた。


「あ、うん」

「……花火。綺麗……、ね」

「そ、そうだな、舞浜」

「……秋乃」

「………………秋乃」


 差し出された、白くて細い手を握って。

 ずるずる立ち上がった俺が見つめる先。


 こいつは、えへへと恥ずかしそうに。

 俯いたままでいたかと思うと。


 ぽつりと。


 囁くように呟いた。


「わ、私も……」


 ……ん?


 いや、まてまて。


「ちょっと待て、それはまだまだ心の準備が……」

「た……」

「うわわわわわ!!!」

「た、た……」

「やめろおおおおお!」

「たまやー!」

「うはははははははははははは!!!」


 いやいや。

 しょぼくれてんじゃねえよ。


 俺だってここまでキツネにお膳立てされなきゃ呼べなかったんだ。


 お前は、あれだ。


「タヌキにでもお願いすればいい」

「タヌキ?」

「タヌキ」



 ……さんざんな目に遭った一泊旅行は。

 こうして。

 俺の願いだけは叶って。


 舞浜の願いは。

 持ち越しのままにその幕を閉じた。


 揺れるシーソー。

 お互いの思い。


 舞浜はいつまでも思い続けて。

 『重い』まま。

 浮き上がることはない。



 ……でもまあ。

 それもいいんじゃね?



 また、明日から。

 隣に座らなきゃならねえんだ。


 浮いちまったまんまの向こう側。

 届かなくて座れねえ。


 だったら、そうして下げっぱなしにしておいてくれたら。


 いつでも隣に。

 座ってやることができるんだから。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第4.9笑

 =友達を名前で呼ぼう=


 おしまい♪






「…………足」

「うん。限界」

「郡上八幡に現れた謎の人力車、使う?」


 こうして俺は、真っ赤な顔しながら背中に乗ったお客さんと共に。

 満天の星空の下を。


 いつまでも、いつまでも。


 幸せな気持ちで。



 歩き続けたんだ。


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