処暑 前編


 ~ 八月二十三日(日) 処暑 ~


 ※篝火狐鳴こうかこめい

  篝火とキツネの鳴きまねでひとを騙すこと




 陽気とどまりて。

 初めて退きやまんとすれば也。


 なーんて称される処暑だって。

 まだまだめちゃくちゃ暑い。


 もう。

 夕方近くだってのにな。


「こら凜々花! はぐれるからそばにいろ!」

「いやっほう! 今日はこの戦闘服で踊り狂うぜ!」

「既に汗かいてるとか、暴れすぎだ!」

「んでもこれがテンション上げずにいられようか!? いや無理っ!!!」


 みんなで寝坊して。

 その後、朝から温泉に浸かって。


 チェックアウトって概念がねえ部屋だから。

 呑気に遅めの昼飯を食べた後も居座っていたら。


 刃物女が。

 宿で盆踊り用に貸し出してる浴衣を。

 勝手に人数分持ってきやがった。


 そん時には、いよいよかんざしの出番かと。

 俺は震えあがったんだが……。


「お前のおかげで助かった」

「……謝礼は、スイス銀行のいつもの口座へ」


 春姫ちゃんが、どうせなら自分で着付けをしてみたいと。

 らしくないわがままで時間を稼いでくれて。


 髪結いする時間を無くしてくれたおかげで。

 未だ、俺の失態はバレていなかったりする。


「スイス銀行はともかく、今度料理教えてやるよ。マフェってやつ」

「……スイスからアフリカへ飛んだな」

「さすがに詳しいな。作ったことあったか?」

「……シチューという知識しかない」

「ピーナッツバターで作るんだ」

「……なんと、実に興味深い。近々頼む」


 そして、未だ昼の明るさを湛えて。

 白々とした空の下。

 盆踊りの会場へと向かう俺たちだったが。


 町全体の熱気と言うか。

 蒸し風呂みてえな暑さに。

 俺の口からは文句ばかりが零れ落ちる。


「なあ、刃物女。もう二時間程度待てなかったのかよ」

「花火の時刻か? それも楽しみだが、ここに来といて踊らねえって話はねえ」


 そんな返事に同調して頷く面々。

 凜々花と舞浜は分かるけど。

 春姫ちゃんまでそんなに楽しみなんだ。


「意外過ぎる。気を付けてくれよ?」

「……ああ、発作が出たら水を差すからな。無理はしない」


 イメージカラーのレモン色浴衣に身を包んだ春姫ちゃんは。

 からころと、下駄の音を楽しそうに転がすと。


「……だが立哉さん。なぜ私ばかり意外と言う?」

「そりゃあ……、ひ弱なイメージあるし」

「……失礼な。私の夢をお忘れか?」


 ふん、と。

 鼻を鳴らしてちょっと膨れる春姫ちゃんが。


 富士山に登るために。

 トレーニングを欠かしてないことは知ってるけど。


「……それに。あれと一緒にいると、嫌でも体力がつく」


 今も、あっちへこっちへ。

 俺たちの三倍は移動して歩く凜々花の姿をうちわで指して。


 苦笑いを俺に向けた。


「ああ、確かに。凜々花が春姫ちゃんとばっかり遊ぶようになって、俺が運動不足になり始めた気がするし」

「……まったく、あんな体のどこにパワーが詰まっているのやら。って! 言ってる間にどこに消えた!?」


 ほんの一瞬。

 目を離した、何て呼べない、瞬きくらいの間にあいつの姿が見えなくなったが。


 そんな不安そうな顔すんな。

 平気だから。


「りりかーーーー! たこ焼き、一個余ってるぞーーー!」

「食う! 割り算って幸せだよね! 凜々花、『余り』って書くたび全部これ凜々花が食っていいんだって思いたたたた!」


 びっくりするほどの速度で戻った凜々花のほっぺにたこ焼き作りながら。

 春姫ちゃんへ苦笑いを向けると。


 ほっとしながらも呆れたという。

 微妙なニュアンスの笑顔で返された。 


 ……しかし、凜々花って言葉は喧騒の中でも聞き取りやすいよな。

 昨日もそんな話、舞浜としたけど。

 お袋の奴、そこまで見込んで名前つけたのか?


 たこ焼きの刑から解放して。

 舞浜に、頬をさすられる凜々花を見つめてると。


 そう言えば、立哉って名前も相当聞き取りやすいなってことに気が付いて。


 バカにすんなと勝手にお袋に腹を立ててみる。


「凜々花ちゃん……。はぐれないで、ね?」

「へーきへーき! 完全にはぐれたって、宿までの道、分かるから!」

「ほ、ほんと?」

「そうは思えねえっての。何番目の橋渡って帰るか言ってみろ」

「だいじょぶ! 何番目でも帰れるから! 朝、散々走り回って覚えた!」

「寝起きで汗びっしょりだったのはそのせいか!?」

「二度寝って最強! 凜々花、たこ焼きの次に好き!」


 こいつ、一人でうろちょろしてたのかよ!

 なんて危なっかしい!


 しかし、これはいいタイミング。

 わざわざ持って来たこいつを出して。


 舞浜を無様に笑わせてやる!


「あ、でも。タコ焼きの次に好きなのは風呂上がりの冷蔵庫開けっぱ冷え冷えかも……」

「おい凜々花。お前ははぐれると面倒だからこいつをセットしろ」


 俺が凜々花の背中からうちわを引き抜いて。

 代わりに差したもの。


 それは、かつて舞浜が授業中に作って先生に取り上げられていた。

 びっかびか光る魔法少女ステッキ。


「……ふぉふぉふぉ。目立つ目立つ」

「おお! やべえ、これでいつでも変身可能!」

「変身はやめとけ。お前が変身すると何かが壊れる」

「え? 魔法少女凜々花、地球にもダメージがフィードバックなトレードオフのアンバサダー設定?」

「アンバサダーってなんだよ。あと規模がでかい」


 こいつ昨日。

 中二女と楽しそうに話してたからな。


 地球規模とかスケールがおかしなことになってやがる。


 ……それより。


「笑えよお前は。わたわたしてねえで」

「で、でも。それじゃ遠くから見つからない……」

「いやいや、そんなこと言いながらお前は何を組み立てて……、でかっ!?」


 舞浜の小さな巾着からパーツが出てきたとは信じがたい。

 二メートルはあろうかという巨大うちわを凜々花の帯に挿してるが。


「こ、これなら迷子にならない……、ね?」

「なんの真似だこいつは!?」

「ば、芭蕉扇……」

「うはははははははははははは!!! 大雨んなるわ!」


 やめろやめろ縁起でもねえ!

 今夜雨降らせたら代わりに打ち上げられるっての!


 俺が、わたわたしてる舞浜を捨て置いて。

 芭蕉扇をパーツに分解していると。


 刃物女がしびれ切らして。

 文句言って来やがった。


「ほら、遊んでねえで急げよお前ら! ぐずぐずしてるとマジで日が暮れる!」

「……花火があるんだったな、今夜」

「おうよ! ここの花火は一味違うんだぜ?」

「……ほう? 何が違う?」

「真上で開くんだよ、花火が!」


 そう言いながら刃物女が指差す天頂を。

 揃って三人娘が見上げたが。


 春姫ちゃんは眉根を寄せて。

 いたって冷静なことを言い出す。


「……ばかな。消防法があるだろうに、そんなことできまい?」

「それが、ほんとなんだよ春姫ちゃん。あっちの山から斜めに打ち出して、町の上で爆発させるんだ」


 そして俺が説明すると。

 慌てて携帯で確認し始めたんだが。


 そもそもこいつを見せたくて。

 郡上八幡までみんなを連れて来たんだ。


 うそじゃねえ。


「……これは。……楽しみだな」

「いいねいいね! 踊りながら、頭の上で花火どかん?」

「そう。だから芭蕉扇は撤収」


 大雨は困るし。

 降らなかったとしてもこいつに火の粉が落ちたりしたら。


 『炎を司る魔法少女、爆誕!!!』とかネットに上げられて。

 まさに消火しようのない黒歴史になるぞ。


「……ちょっと待て凜々花。私は、花火をゆっくり見たいのだが……」

「わはは! 妹の方、それは違うぜ? 旅行に出たら、そこでしか絶対に出来ねえことを友達と体験するもんだ! いい思い出になるぜ?」

「……思い出か。なるほどいいことを言う」

「そんじゃ急ぐぞお前ら!」

「おおさ! 凜々花、すべてを捨てて踊りまくってやんよ!」


 言うが早いか、走り出した二人に続きかけた春姫ちゃんが。

 振り向きざまに俺に指を突き立てると。


 珍しく急ぎ足でまくりたてる。


「立哉さん。昨日の今日だ、お姉様に優しくするように」

「ああ、そうするけど」

「人待ちの一時間。それは永遠にも感じる不安を与えるものだ。それだけのことをした事実を夢忘れぬよう」

「確かに。肝に銘じよう」

「ではいい思い出とやらを作りに行って来る!」


 そして、足踏みして待っていた二人に追いつくと。

 人混みを縫うように神社への階段を上って行った。


「やれやれ。……じゃあ、俺たちはのんびり行きますか、思い出作りに」

「う、うん……」


 ちょっと恥ずかしいセリフだったせいかな。

 お隣りで微笑む舞浜は。

 照れくさそうに、俯いて下駄を見つめると。


 いつもよりゆっくりなペースで。

 楽しそうに、首を揺らしながら歩き出した。



 …………でも、どうしてだろう。



 俺には、舞浜の微笑が。



 仮面を被っていたように見えたんだ。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「三人共、元気……、ね?」

「まったくだな。でも郡上踊りが相手じゃテンション上がるのも頷ける」

「うん。お、踊るの……、楽しみ……、ね?」


 参加型イベント大好きな舞浜とは言え。

 さすがに中学生の全力ダッシュには苦笑い。


 刃物女がついてるし。

 俺はお腹もすいてるし。


 ゆっくり行こうぜ。


「ちょっとお腹空いた……、かも」

「いいね、俺もそう思ってたとこ。何食おうか?」

「どれにしようかな……」

「ははっ! これだけ興味そそる屋台が並んでるとお前まで凜々花みたいに消えそうで怖いぜ!」


 俺が嫌味なセリフと共に隣を向くと。

 ふくれっ面の舞浜が。



 ……どこにもいねえ。



「俺は預言者か!? どこ行きやがった!」


 慌てて周りを探してみても。

 どこにもピンクの浴衣が見えやしねえ。


 こうなりゃもう一度予言してやる!


「ええい、食いもんの話してたのにどうしてそこ選んだ!? 食えるもんなら食ってみろ!」


 なーんて予言を立ててから。

 食い物じゃない屋台を探してみたが。

 まるで見当たらねえ……。


 いや?


 紐で引っ張るタイプのくじの屋台発見。

 まさかとは思うが……。


「いやはや。俺に秘められた異能力がお前のせいで目覚めちまったじゃねえか」

「こ、これ、前から欲しかった……!」


 くじ屋の前で。

 目をきらきらさせてるピンクの浴衣。


 紐の先に括られた部屋掃除ロボの箱を見て。

 興奮気味に、お金を親父に渡してるが。


 そんなの、紐なんか繋がってるわけねえだろ。

 今時、小学生でも知ってる話だ。

 

「ハズレっぽいのは……、ああ。ありがちな、光る腕輪か」

「もしもあれが当たったら、保坂君にあげる」

「いらねえわそんなの」


 目立つ商品が置かれた棚の下。

 垂れ下がる紐の先に、こっそりと。

 光るブレスレットが沢山繋がってるが。


 まあ、つまり。

 どの紐引っ張っても……。


「はいよお嬢さん! スイッチ入れると光るブレスレットだ!」


 そいつが釣れるわけだ。


「も、もう一回……」

「こら俺に押しつけんな。だからいらねえって……」

「はいよ! これでお揃いだなお客さん!」

「だから、おっちゃんも言ってるじゃねえか。そっちはお前が責任もってピカピカさせとけ」


 あっという間に二つのハズレを引き当てて。

 膨れた舞浜のおもしれえ顔。


 ムッとしながら、渋々手首にはめて。

 でも、さすがにスイッチは入れずに歩き出すから。


 俺はこれ見よがしに。

 手首にブレスレットはめて、スイッチオン。


「保坂君、意地悪……」

「なんだ、今更気付いたのか?」


 俺の冗談にもご機嫌を傾けたまま。

 踊りが行われている神社の境内。

 そこへ続く階段を。

 ことのほかゆっくり上る舞浜だが。


 同じ速度に合わせるのも。

 なかなか辛いものがある。


 でも、友達と一緒にいるってことは。

 そういうものなんだろう。



 ……人付き合い不器用な俺たちが。

 心から望んだ友達。

 その第一号同士。


 お互いに気を使って。

 同じものを見て、同じことで笑って。


 同じ思い出を。

 二人で共有したいと思っている。



 だから俺は。

 舞浜が喜びそうな郡上踊りに連れて来て。


 楽しい思いをさせてあげようと考えたんだ。



 ――ようやく階段を登り切って。

 盆踊りの輪を目にすると。


 途端に機嫌を直して。

 踊りを指差す、舞浜の笑顔。


 俺と同じ気持ち。

 同じことをして、楽しみたいって気持ちが溢れ出すこいつの笑顔を。




 俺は。




 あっという間に曇らせた。




 強引に手を掴んで。

 昨日のベンチに座らせて。


 必死に隠そうとする手を払って。

 下駄を脱がせると。


「…………なんてお約束な」

「へ、平気、だよ?」

「平気なやつは平気って言わずに、相手の勘違いを正す説明をするもんだ」


 鼻緒擦れ防止のカバーが。

 俺のに比べて随分薄い。


 指の間が真っ赤になるのも。

 あれだけ足が遅くなるのも。

 これじゃ当然だ。


「で、でも……、ほんとに平気……」

「俺が今年は踊りたくねえんだ。……だから、来年は一緒に踊ろう」


 舞浜の手に、下駄を握らせて。

 隣に腰かけて踊りの輪を見ていると。


 舞浜の、鈴の鳴るような声が。

 随分と楽しそうな音でころころと鳴りだした。


「ら、来年……、ね?」

「おお」

「えっと、た……、保坂君と一緒に踊る」

「ああ、そうだな」


 こいつ。

 油断も隙もねえ。


 どさくさに紛れて名前で呼ぼうとしやがって。


 でも状況的に逃げることできねえし。

 なんとか誤魔化さねえと、今度こそ名前で呼ばれることに……。


「お?」

「なに?」


 あそこにいるのは。

 昨日からやたらと見かける赤いキツネ。


「やっぱお前じゃなかったか」

「え?」


 そんなの当たり前だけど。

 どうにも、お前が化けてるように思えてたからな。


 ……そうだ。

 かんざし探さねえと。


 昨日の屋台に、同じのあるかもしれねえ。


「ここにいろ。すぐ戻るから」

「……また?」

「すぐ戻って来るって」

「花火、一緒に見たい……、な?」

「そんなに行ってるわけねえっての」


 大丈夫。

 花火まで一時間以上あるし。


 俺は舞浜を安心させるために。

 五千円だけ裸で持って。

 荷物を全部預けて。


 階段を下りて、川沿いの屋台通りに出ると。


「えっと、確か五、六軒先あたりだったよな?」


 目指す先は、昨日の屋台。


 周りの人にぶつからないよう気を使いつつ。

 足早に昨日の店を探していると……。


「ん?」


 屋台と屋台の間に。

 真っ赤な浴衣に黄色い帯の女の子。


 おどおどと、大人を見上げて。

 でも、怖くなって俯いて。


 浴衣の袖で、涙を拭いていた。



 ……わりいな。


 可愛そうだが、さすがに声かけてる時間はねえ。


 かんざし見つけるのにどれほど時間かかるか分からねえし。


 今日も舞浜の事長時間放置したら。

 さすがに愛想つかされる。



 俺は女の子の前を素通りして。

 ようやく目当ての店を視界に収めると。


 早速昨日の籠に目を走らせて。

 それっぽいかんざしを探し始めた。



 ……泣いてばかりの女の子は。

 気丈にもまた顔を上げるが。


 通り過ぎる大人たちは。

 みんな大きくて。

 怖くて声をかけられなくて。


 自分の事を見てくれなくて。

 また、涙があふれてくる。



 そんな子に。

 ようやく視線を合わせてしゃがんでくれた男は。


 悪い目つきで。

 不器用な笑顔の下に、何かを隠して。

 歪んだ口の端をあげながら。


 女の子に声をかけた。



「…………お母さん、一緒に探してやるっての」




 後半へ続く!


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