望月の生誕日
七辻ヲ歩
月照紀3006年
蒼天一環七日
夜明け前-朝の訪れ
薄明の間際、東西に渡る円環の道筋。まもなく、太陽がこの地を照らしに訪れる。
カディンはその情景を見上げ、口角を鉤釣り針の緩い弧を描くように持ち上げ、笑ってみせた。
「見ろよシーザー、今日は一段と蒼く光ってやがる」
白い
去年は
その前の年は、星屑環が蒼く輝くことはなく、寒い夏が大地を支配した。
だが、今年は。今年の夏は。
白む天界に、紛うことなき極蒼のひと筋が横断していた。
「あのな、シーザー。俺が目覚めて憶えていた空は、あの蒼が、夜明け前に掛かっていたんだ」
シーザーは、舌を揺らしてカディンの目元を見遣る。金色の瞳が蒼い光に照らされて、碧色を成している。
「俺は今日、十八になる」
碧色の眼が立ち上がった。途端、麦藁色の外套が風に煽られ、何度も破裂音を鳴らす。
「もう十八か。この大陸で、三年が過ぎたんだ」
眼の色と同じ金色の髪が、蒼と薄明を織り交ぜてなびく。
「三年経っても、まだ、目的の森には辿り着けねえな」
故郷から持ち出した遺種を想い、口元が引き絞る。
「それでも、俺は諦めねえよ」
足元に寄り添う旅仲間を見下ろし、笑ってみせた。
「連れて行かなきゃな。絶対に、生命の大樹のところまで」
その意気込みに応えるよう、白い狼は猛々しく吠え上げた。
星屑環は間もなくその蒼色を退き、白み輝く空から曙光が現れた。球体に何千何万もの光芒を散らし、灰と暗黒の大地に色を与え、染め上げる。
風は落ち着き、寝床にしていた洞穴にも光が届いて照っている。
カディンは焚火に呼びかけて始末し、荷物を畳んで短槍を取り上げた。
そこへ、主人の行動に疑問を覚えたシーザーが、彼の革靴を甘噛みする。
「どうしたんだ?」
狼の鼻が、彼の左脚に巻き付けているベルトポーチを小突き指す。
その仕草に、旅仲間が何を言いたいのかを思い付いたカディンは、違う違う、判っていると、ベルトポーチを軽く叩き、シーザーへ示した。
「どうせなら、ここより、もっと上に登って書こうと思っただけだよ」
荷物を背負い歩き出す主人へ、意味を理解した狼の白尾が振れる。
どうせなら競争しようとの掛け声で走り出した二つの影。
岩肌は円環の先にまで延びていた。まずは登れる斜面を探す。
地面は伸び放題の草花と赤い実を付ける細木が点在し、緑葉で浮き出す黒い影の合間を縫って光がきらきらと足元を照らした。
そこを駆ける二本と四本の足。影が緑葉と重なって塗りつぶされる。
岩肌の登り坂はものの僅かで見つかった。短い青葉が茂る
そして、岩肌の天辺。
先程まで寝床としていた守りの洞穴の真上までやってくる。
息が切れて立ち止まった主人を急き立てるように、陽光に照らされた毛並みがひと吠えする。
負けた負けたと苦笑いするカディンは、荷物と短槍を放り出して仰向けに倒れ、青葉と土の香りを胸元に吸い込んで息を吐いた。
荒地と砂の故郷には無い光景。
瑞々しく渡る風。
草花の香り。
手袋越しに握りしめる大地は湿り気を帯びている。
「あー、やべえなこれ。全然飽きねえ」
きっと、ディストリア大陸で一人旅となってからずっとやっている、起き抜けの大の字。
湿り気を帯びた手袋を顔の前に持ってくる。土を払って水気を吸い込んだところを眺める。
その感動に水をさすように、シーザーがカディンの腹目掛けて飛び込んできた。
腹に衝撃が走り、思いっきり咳き込む。シーザーが驚いて飛び退く。
「大丈夫、悪りいな」
両足を高く持ち上げ、反動で跳び立ち上がり、すとんと屈んで胡座を掻いた。
寄り添う狼を傍らに、左脚のベルトポーチを開けると、雑記帳を取り出して、続いて筆記具の用意をする。
棒状の本体を捻って芯を出すガジェットを慎重に扱う。今の衝撃で壊れていないか確かめ、試し書きをする。
黒い液体が滑らかな
本日は、蒼天一環七日。故郷の文体で、今朝の様子と感じたものを書き綴っていく。
風が爽やかに渡る。
陽の光が、風に揺れる草花の表面を白く照り飛ばす。
周りには誰もいない。
朝早くに、こんな殺風景なところには誰も来ない。
居るのは、カディンとシーザーの二名だけ。
枝葉の名残である長い耳は、静かな丘陵へ
そして、最後の言葉を書き締めて、雑記帳を片手で畳んだ。
荷物と短槍を拾い、腰を上げる金髪金眼の青年は、高い岩肌の真上から、ディストリア大陸を縦断する街道を見下ろした。
「さて、今日も先へ進もうぜ」
カディンはシーザーを呼び招くと、駆け上がってきた草叢の麓へと下り、姿を消した。
望月の生誕日 七辻ヲ歩 @7tsuji
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