猫又からの手紙
藤咲 沙久
猫又からの手紙
おまえ、猫又にでもなったらどうだい。
和尚の口癖だったそれは、今では聞くことも叶わない。
「そうか、そうか。銀杏が落ちとったか。もう秋なんだなあ」
顔を見せるついでに持参した土産は、和尚を喜ばせたらしかった。おまえが持ってくるもんで季節がわかると和尚は言う。
寂れた寺を守るのは、今はこの御老体のみとなった。和尚の子供達はみな山を下りて都会に行った。若い坊主もいない。和尚は「ここも私の代で終わりだなあ」とこぼすことが増えてきたように思う。独り言にしておくのも可哀想で、その度におれはにゃあと鳴いた。
「ほうら、見てみろ。今日も新聞しか入っとらん。便りのひとつも寄越せんものかね」
和尚には日課がある。縁側でおれの来訪を迎えることと、おれと一緒に郵便受けを覗き込むことだ。中身はいつも同じ。子供達が息災にやっているか心配らしいが、知らせが届くことはなかった。
そうしておれに向かって言うのだ。
「おまえ、猫又にでもなったらどうだい。ずっとおまえが居てさえくれりゃ、寂しくないじゃあないか」
そんな風に毎日毎日、同じ日課と台詞を重ね続けていった和尚は、たぶん自分で思っていたよりも少しだけ長生きしてから、死んでいった。いつもこっそり泣いていた布団の中で温度を失う様を、おれだけが見送った。
人がいなくなった寺は和尚と一緒に死んだ。寺が精気を失くしたのがおれにはわかった。それでも、他にやることなんてないおれは日課を続け寺に通う。孤独な郵便受けを覗く。
そんなことをしているうちに気がついたんだ。いつからだったのだろう、おれの尻尾は二股に分かれていた。
──おまえ、猫又にでもなったらどうだい。
和尚の声が耳元でよみがえる。しわがれた懐かしい笑い声。たぶん、おれは猫又になった。だというのに和尚は居ない。猫又になればずっと一緒で寂しくないと言ったくせに、和尚が先に居なくなっては意味がないのだ。
嘘つき和尚。やいこの不良坊主。猫又になったって、おれが寂しいだけじゃないか。
腹の立つことこの上なかったが、郵便受けを覗いてはしょんぼりと肩を落とす姿を思い出すと、やっぱり可哀想になった。にゃあと鳴いてみる。誰も返事はしなかった。
寺と一緒に息をしなくなった郵便受けを見上げる。えいやと伸び上がって覗き込むが、今日も子供達からの便りは入っていない。
いつまでも空にしておくと、もし和尚が黄泉からここをひょいと覗いた時にまたしょんぼりとするかもしれない。おれは道中で拾ってきた桜を一枚、郵便受けの中に置いた。
なあ和尚。おれは元気にやってるよ。せめて和尚がそっちで寂しい思いをしないように、おれが息災の便りを入れ続けてやるよ。
だからもう、おれから隠れた布団の中でそうしたように、こっそり泣くんじゃないぞ。
猫又からの手紙 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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