ドリームキャッチャー

東美桜

ドリームキャッチャー

茉莉花まりかは可愛いねー」

「そんなことないよー。レジーナの方が可愛いよぉ」

 ――カナリアのような少女の声が響く、広い広い花畑。白い花ばかりが続く花畑の中心に、天使の翼の装飾がされた白いベンチがあった。光るような風にボブカットの黒髪がそよぎ、金色のツインテールが月明かりに輝く。セーラー服の襟とネクタイを風にそよがせながら、黒髪の少女――茉莉花はもう一人の少女の肩に寄りかかった。

「あはっ、かーわいい。アタシよりも茉莉花の方が可愛いって」

 無邪気に笑い、金髪の少女――レジーナは茉莉花の黒髪を撫でる。細い指が黒髪をくすぐり、茉莉花は猫のように気の抜けた笑顔を見せる。思わず茉莉花を抱きしめ、レジーナは柔らかな黒髪をわしゃわしゃと掻き乱した。

「もー、茉莉花、本当に可愛いっ!」

「そんなことないってばぁ……レジーナこそ可愛いよぉ」

 なすがままにされながら、茉莉花はレジーナの細い背中に手を回す。ピンクを基調としたロリータの感触はさらさらとしていて、茉莉花は彼女を離さないように、さらに強くその背中を抱きしめる。

「レジーナ、だぁいすき……」

「もーっ、アタシも茉莉花のこと、大好きだよっ!」

 真っ白な花弁が風に舞う中、二人の少女は寄り添って互いに愛を囁く。


 レジーナは茉莉花の黒い瞳をじっと見つめ、その頬をそっと撫でる。彼女の瞳には、ドリームキャッチャーを思わせる虹色の模様が走っていた。夜を思わせる漆黒の瞳の中、虹色はスクラッチアートのように美しい。柔らかい頬を撫でたり引っ張ったりしながら、レジーナは慈しむように呟いた。

「茉莉花はさー、肌真っ白でぷにぷにで、黒髪がきれいでさ。目がとろんってしててさ、ほんと可愛いよね」

「えへへ、そんなことないよぉ」

 餅が膨らむように微笑み、茉莉花はレジーナの長い金髪をそっと撫でた。その青い瞳をじっと覗き込み、猫のように微笑む。レジーナの瞳には白黒でドリームキャッチャーのような文様が描かれていた。ビーズアートのように繊細なそれを見つめ、茉莉花はレジーナの金髪を指でなぞる。

「レジーナこそ、金髪キラキラで、青い目が宝石みたいで、お肌すべすべで。すごく可愛いよー、お姫様みたい」

 蕩けるような言葉に、レジーナの胸が甘く締め付けられる。再び茉莉花を抱きしめて、そのもちもちの肌に自分の頬を押し付けた。

「お姫様は茉莉花の方でしょ、この天使ー!」

「それならレジーナは女神さまだよぉ、こんなに可愛いんだからぁ」

 茉莉花もレジーナを抱きしめ返しながら、その背中を丁寧に撫でる。月明かりがそんな二人を静かに照らしていた。


 茉莉花がその腕を伸ばし、レジーナの前髪をそっと撫でる。その手首には、薔薇の花弁のように赤い奔流が、蚯蚓みみずがのたうつように無数に走っている。レジーナはそれを見つめ、その腕をそっと握った。茉莉花の黒い瞳をじっと見つめ、花を差し出すように口を開く。

「あのね、茉莉花。アタシは茉莉花の全部が好き。茉莉花がどんな傷を抱えていたとしても、アタシだったら、全部受け止めてあげられるのに」

 レジーナはもう片方の手で茉莉花の手首をそっと撫でる。輝くような風が二人を包むように吹いていく。茉莉花はレジーナの腕に触れ、優しく撫で下ろした。その腕には無数の打撲痕が、色とりどりの花のように散っている。彼女はレジーナの腕にそっと口づけ、甘く蕩けるように口を開いた。

「私もだよ、レジーナ。レジーナの全部が好きだから、私はここに来るの」


 カナリアが歌うような声が響く。二人の少女の睦言が白い庭園に響く。

「アタシたち、ここでしか会えないもんね……この、『夢の世界』でしか。夢を渡った、その先の……誰にも邪魔されない、二人だけの世界でしか」

 彼女らの足元には無数の花が咲いている。白い花弁を広げるその花の名前は、アングレカム。二人の少女は寄り添い合い、どちらからともなく手を伸ばす。空中で二人の指が、壊れ物を扱うように絡み合った。

「この『夢の世界』なら、国も言葉も何も関係ない。全然違う場所に住んでる私たちでも、普通に触れ合えるなんて……素敵な力だよね」

 ――『力』。その言葉に、二人の瞳を彩るドリームキャッチャーが脈動する。それは異能の証。夢を渡り、『夢の世界』と繋がる、『夢見』の異能の証。茉莉花の瞳の形をそっとなぞり、レジーナは自嘲するように笑う。

「……この変な目のせいで、他人には『悪魔の子』って散々言われるけどね。時代錯誤もいいところだよ……これで茉莉花と会えなかったら、キレてたわ」

「そう言わないの。いいじゃない、会えたんだから」

 茉莉花はレジーナの細い身体を抱きしめ、その頬にすり寄った。それはまるで、伴侶に甘える猫のように。

「可愛いレジーナ。大好きなレジーナ。私は、レジーナに会えたから、生きていられるんだよ」

「茉莉花……」

 ローズクォーツを手で包むように彼女の名前をそっと呼び、レジーナはふわりと茉莉花を抱きしめた。その声はどこか泣きそうで、それでいて宝石箱をそっと開けるようで。茉莉花の柔らかさを全身で感じながら、レジーナは薔薇の蕾がほころぶように呟いた。

「可愛い茉莉花、大好きな茉莉花……いつまでも一緒にいたいよ……」

「私も……レジーナ、大好き。……この夜が、明けなければいいのに……」


 不意に、白いベンチに一羽のヒバリがとまった。彼は茉莉花とレジーナをじっと見つめ、けたたましい声で歌い出す。振り返り、茉莉花はそっと手を差し出した。小さなヒバリはその手の甲にとまり、光を称えるように歌う。それを見つめ、茉莉花はどこか乾いた声で呟いた。

「……もう、朝だね」

「うん」

 白い花畑を光が埋めていく。遠くから少しずつ、真っ暗な世界が青白く染まっていく。夜明けはキンセンカのような色をしていて、それでも次に月が上るまでなら待てる気がして。二人は互いの指を絡み合わせながら、互いの目をじっと見つめた。それはまるで鐘が鳴る直前のシンデレラ。

「……またね、可愛い茉莉花」

「うん……可愛いレジーナ」


 ヒバリがけたたましく鳴く。二人の『夢見』は白い光となり、消えていく。

 夢の世界の庭園には、無数に咲き誇るアングレカムだけが残された。

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