3850マイル超えたTシャツ

宇佐美真里

3850マイル超えたTシャツ

※「この物語はフィクションです。」※

本内容で語られるニュースについては、現時点(2020/08/17)で事実とは全く異なる物であり、関連性のない物であることを此処に明記致します。


テレビ局各局が、予定していた番組を変更し緊急報道番組にて其の特報を報じたのは昨晩のこと。


『新型ウイルスに対するワクチン及びその特効薬の臨床試験が、最終段階に入り、安価かつ大量生産・大量供給が可能となる目処をつけ、此れより100日後に各国への供給が始まる見込み…』


此の特報は、其の"元凶"同様に、瞬時に世界中へと広まり、人々を安堵させた。


「あと100日か…」


僕はコーヒーを飲みながら新聞の一面を飾っている其の記事に目を遣った。コーヒーのカップをパソコンの脇へと置き、其の前に座る。そろそろ時間だ…。


ピコン…ピコン…。


パソコンに通話リクエストが届いたことを知らせる音がする。毎日、この時間に届くお知らせ。僕はマウスをクリックし通話を承諾した。


「グッモーニン!ニュース聞いた?」


モニターの向こうから声がする。声の主はモニター越しの僕に向かって手を振っている。おはようと彼女は言うけれど、その背中越しに掛かっている壁時計は3時を指している。午後の3時だ。彼女には僕の背中に10時を示す時計が見えているはずだ。


「おはよう。ようやく…だね」

「うん。長かったね…」


此処から距離にして6,200キロ、時差19時間を隔て、僕がモニター越しの妻と会話をする様になって、もう5ヶ月が経過している。

どうしても避けられなかった仕事の打ち合わせによって、5ヶ月もの間モニター越しの会話しか許されなくなっていた。妻を、ホノルルにある彼女の実家へと先に行かせ、本来ならば僕は一週間後に合流するはずだった。其の一週間で世界を巻き込んだ新種の病原体によって、渡航は制限され、僕等は離れ離れとなった…。其の僅か"一週間"が、何時しか5ヶ月になろうとしている。


「あと100日か…。まだまだ先のことだけど…」

そう言う妻の表情は言葉とは裏腹に其れほど曇ってはいない。当然だろう。

「其れでも目途がついただけマシだと思うけどね…。終わりの見えないまま待つことは、終わりの見える其れよりも何倍も辛いからね」

「相変わらず、冷静と云うのかナンと云うのか…」

妻は小さく肩を竦めてみせる。

「感情的になったって、何も変わらないさ…」

「其れは分かっているけど、あと100日ってことは…すぐにこっちに来られる訳でもないって考えたら、此れまでと同じくらい…またずっと会えないンだよ?もう少し寂しがってみせてもいいと思うけど…」

今度は口を尖らせてむくれて見せる。相変わらず、表情が次から次へとよく変わる…。


「いつも一緒だよ…。毎日こうやって…」

僕はそう宥める様に言いながら、パソコンから少し距離を取ってみせた。

妻のモニターには僕の上半身全体が映っているはずだ。

「あ!」



「残念…。私は昨日の午後に着てたのに…」

「うん。気付いてたよ」


在宅ワークへと換わって以来、仕事の合間にデザインして作ったTシャツ。

其の胸元に僕は、イラストとなった妻の笑顔を張り付けた。そうして、出来上がったTシャツを僕は、遥か6,200キロ彼方へと飛行機で飛ばした。僕の代わりにTシャツは彼女の元へ。


「最高の笑顔が、いつも僕の胸元に居る。いつも一緒さ」

「其れなら貴方の写真でもTシャツをデザインして欲しいな!」

「僕の顔はデザインとして映えないから、やめておくよ…」


モニター越しの妻は、僕の胸元の"彼女"以上の笑みを見せた。


「"私の旦那だよ!"って自慢して外を歩きたいのにっ!」

「不要な外出はご遠慮下さい…」


僕も彼女に負けじと微笑んでみせる。

あと100日。恐らく実質的には、此れまでと同じだけの時間が必要となるだろう…。あと150日ほどだろうか?5、6ヶ月ほどの時間を超えて、6,200キロの距離を、今度は僕が…彼女の元へと飛んで行く。今度はTシャツではなくて、僕自身が。


其の日には、また此のTシャツを着ていようか…。


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■1マイルは約 1.60934キロメートル。

東京-ホノルル間は直線距離で約6,210キロメートル。

マイル換算すると、約3,858マイル。



-了-

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