第17話 クズ王は軍の象徴たる騎馬軍団を失った

「聖剣のように、伝説上の武具を総称して宝器と呼ぶわ。でも、それらは全て神や精霊がもたらしたわけではないの。災害獣は死ぬと、その身と魂を宝器に変える。伝説に名を遺した勇者が、怪物退治のあとに強力な武具を手に入れるのは、そのためよ。東方に伝わるヤマタノオロチを倒してアマノムラクモノツルギを手に入れた話がいい例よ」

「え、じゃあ」


 俺が地上に降り立つと、エンペラーホーネットだった光は、槍の形を作りながら、俺の手にゆっくりと降りてくる。


 そうして俺が手に握ると、槍は色彩を得ていく。


 そこには、彼女の甲殻と同じマグマ色の穂先と、ハチミツ色の柄の、豪奢な槍があった。


 レガリアほどではないけれど、強い力を感じる。


「エンペラーホーネットの化身宝器、【アピス・ランケア】。刺した相手を完全麻痺状態にする毒の魔槍ね」


「でも、俺にはもうディーネのハルバードがあるんだけど?」

「問題ないわ。宝器は使用しなくても、契約することで能力を使えるようになるの」


「契約って?」

「つまり、ワタシたちの加護でダーリンが魔法やレガリアを使えるように、アピス・ランケアの加護を得るの。そうすれば、ワタシの影の中に入れておくだけでダーリンの魔法とレガリア、身体能力を強化しつつ、麻痺毒の力を得られるわ」


「じゃあ、もしかしてこれから災害獣を倒すたびに、俺は強くなっていくのか?」

「相変わらず飲み込みが早いわね。その通りよ。残念だけど、エンペラーホーネットの危険レベルは71。災害獣としては下の下。今のままだと、危険レベル80や90を超えるような災害獣には勝てないわ。だから、しばらくは危険レベル70代の災害獣を狩ることに専念しましょう」

「そんなに強い奴がいるのかよ!?」


 正直、リータのブレイドとディーネのハルバードがあれば、無敵のようにすら思える。


 でも、上には上がいるものだ。


「マイテはどうする?」

「役人に引き渡しましょう。まぁ、死刑は確実ね」


 ――だろうね。

 マイテには悪いけど、同情する気にはなれない。


「と、そうだ。子供たちを助けないと」

「そうね。ルキ」

「了解よ。サトリ、君も私の加護でみんなを治療するのよ」

「わかった」


 霊体化を解いて、子供たちに回復魔法をかけていくルキに続いて、俺もみんなに回復魔法をかけていった。


 すると、子どもたちは一人、また一人と目を覚ます。


 けれど、攫われたときの恐怖がよみがえったのか、みんな、次々泣き出してしまう。


 その姿に、胸を強く締め付けられる。


 表情に出ていたのか、ディーネが心配そうな声をかけてきた。


「サトリ殿、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。ただ、早く世界中の人を助けたいなって」

「え?」

「だってさ、みんな凄く怖くて苦しかったんだよ。助けて欲しい時に助けてもらえないのって、凄い辛いじゃないか」

「…………」

「みんな大丈夫だよ。みんなは、俺が村まで送ってあげるから」


 お父さんやお母さんのもとに、とは言えなかった。


 もしかしたら、みんなの親は、もうレギオンホーネットたちに……。


 その時、不意に、ディーネが俺の手を握ってきた。


「サトリ殿。自分は、サトリ殿が勇者で良かったであります」


 にっこりとほほ笑む柔和な表情の愛らしさに、俺は心臓を跳ね上げてしまった。


 子供たちが不幸なときに不謹慎だと思う。


 こんなことを考えている場合じゃないと思う。


 それでも俺は、ディーネに恋し始めていた。


 彼女が一緒にいてくれるなら、どんな災害獣でも倒せる、そんな気分になってしまうのだった。


   ◆


 サトリがラブコメのラブを享受しながら活躍している頃。


 フリューリンク王国が誇る大陸最強と名高い騎馬軍団2000騎は、アベイユの森に到着するなり死屍累々の有様だった。


 2500人の一個連隊にも匹敵する危険レベル50、ジャイアントセンチピードと呼ばれる、全長30メートルの巨大ムカデに襲われて、すでに半数近くが死んでいる。


 ここが草原で、真っ向から戦えば、勝てない敵ではない。


 だが、ここは無数の木々と、地面を這う根が障害物となり、騎馬の有利を活かせない森の中。


 奇襲を受けて部隊が混乱し、その間に数を減らされ、騎馬軍団は勝機を完全に失っていた。


 飛ぶ鳥よりも速く、猫よりも機敏に、それも木々をものともせず貫通しながら、流れる風のように地面と地上を縦横無尽に駆け回るジャイアントセンチピードを前に、とうとう騎馬軍団は逃げ出した。


 この道20年で、出世欲の強い隊長が怒鳴る。


「臆するな! 我らはフリューリンク王家が誇りし大陸最強の騎馬軍団! このような魔獣如きに見せる背中は――」


 ジャイアントセンチピードの脚が擦過して、隊長の体は馬ごとミンチになった。


 地面に転がった彼の体に、ジャイアントセンチピードの子供たちが群がり、バリバリと食べていく。


 他の騎馬隊員も、暴走した馬に振り落とされ、ムカデの餌になる。


 結局、森から逃げ出し、生き残れたのは、全体の一割もいなかった。


 クズ王はこの日、フリューリング軍の象徴にして武力の証、周辺諸国へ睨みを利かせる威光そのものでもある騎馬軍団を失った。


 その報はまたたくまに大陸中を駆け回り、クレイズ王ことクズ王は、その権威を失墜するのだった。

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勇者召喚の生贄にされた奴隷の俺が勇者になったらクズ王がマジギレした話(クズ王の来世はミミズで決定) 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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