第16話 新レガリア


「■■■■■■■■■■■■■■」


 エンペラーホーネットが羽ばたく。


 象よりも巨大な体が、いとも簡単に地面から離れて、その場に浮かび上がった。


 同時に、周囲のレギオンホーネットたちが俺に殺到してきた。


 陛下の御前で無礼だと言わんばかりに、鋭い脚を振りかぶり、顎を鳴らしながら。


 けれど、忠義の刃は俺に届かない。


 ハルバードを握った途端、五体に備わったハルバード術が、俺の体に最適解を教えてくれる。


 両手をハルバードの長い柄に触れると、一筋の閃きで、無限の軌跡を描いた。


「■■」


 360度、全方位のレギオンホーネットが散った。


 これが剣ではなく、ハルバードの威力。


 剣よりも長い射程、広い攻撃範囲、持続する連撃性、柄頭も使えば、前後左右反対側も即座に攻撃できる。


 多対一なら、剣よりも長物のほうが遥かに有利だ。


 50体、100体、200体、レギオンホーネットの犠牲者は増え続け、【飛んで火にいる夏の虫】ということわざを体現していた。


 死体は残らずリリスの影に呑まれて、やがて、周囲には一体のレギオンホーネットもいなくなった。


「さてと、あとはお前だけだな」

「■■■■■■■■」


 家臣を殺された怒り、ではなく、小癪で矮小な生き物への苛立ちを現すように、エンペラーホーネットは六枚の羽根をこすり合わせた。


「■■■■■■■■■■■■」


 危険レベル71。

 強さは勇者級、あるいは、数万人規模の軍団級と言われ、一国を滅ぼすと伝えられる災害獣が、俺めがけて突撃してきた。


 六枚の羽根で激震する空気越しに伝わる圧力、それを振り払うように、俺はハルバードを振るいながら駆け出した。


 城壁も一撃で薙ぎ払いそうな脚の一本が、容赦なく振り下ろされた。


 その動きに合わせて、俺はカカトで地面を踏みしめた。


 それから膝、股関節、背中の力をバネのように開放して、肩、肘へと伝えたエネルギーを、手首からハルバードへと乗せ、水の刃を振り上げた。


 脚とハルバードが衝突した瞬間、ジュィィイイン、という、聞いたことのない音がした。


 これが、削り斬るということなのか、不思議な手応えの後に、エンペラーホーネットの脚が宙を舞い踊った。


「■■■■■■■■」


 伝説の金属、アダマントにすら匹敵する甲殻を切断され、女帝は錯乱した。


 これは何かの間違いだとヒステリーを起こすように、反対側の脚を振り上げ下ろしてくる。


「破ッ!」


 また、その動きに合わせて、刃を衝突させる。


 二本目の脚が地面を転がり、滑っていく。


 動揺するように、ギリギチと全身の甲殻を唸らせながら、エンペラーホーネットは背後へ飛んだ。


 距離を取ってから、尻の針を突き出す。


「■■■■■■■■」


 刹那、針が矢のように飛び出した。

 それも、一発ではなく、立て続けに。


 遠距離戦なら負けないと思ったのか、でも、それは通じない。


 針弾幕に向かって疾駆しながら、俺はハルバードを巧みに振るい、針弾を受け流していく。


 空ぶった針弾は、地面や壁を抉り、深い破壊の痕を刻むも、肝心の俺は無傷だった。


 ならばと、エンペラーホーネットは広い部屋を利用して、天井へ飛び上がった。


 鳥と違って、虫の羽根は360度全方位への零秒加速が可能だ。

 空を変則的に飛び回りながら、俺を狙ってくる。


 子供たちが巻き込まれないよう、俺はできるだけ子供らから距離を取る。


 それから、エンペラーホーネットは矢継ぎ早に針弾を放ってきた、

 一発一発が、城壁を紙切れのように貫くであろう針弾に、けれど俺は冷静でいられた。


 水の精霊ウンディーネの加護を受けている俺は、足の裏から水を噴射すると、空を飛んだ。


「360度の三次元飛行が自分の専売特許だとでも思ったか?」


 あらゆる方向に水を噴射することで、俺もまた、鳥以上に空を支配することができる。


 自由に空を飛びながら、針弾をハルバードで受け流しながら、エンペラーホーネットを追い続けた。


 これじゃあ、どっちが捕食者かわからない。


 そして、皇帝としての矜持か、ただのやぶれかぶれか、遠距離戦でも勝ち目がないと悟ったエンペラーホーネットは、最終手段に出た。


 クワガタのように長い大アゴを開くと、その巨体をまるごとぶつけるように、まっすぐ突貫してくる。


 赤い口を広げて、喰らいつこうとする怪物に、俺は言ってやる。


「捨て鉢になるなよ」


 水の噴射を操作して、飛行軌道を逸らした。


 俺はエンペラーホーネットの顔から額へと狙いを定めて、ハルバードを突き出した。


 額に埋め込まれた人間のような顔を、ハルバードの穂先が貫通した。


 そのまま、体内で水の力を解放すると、口と目から水流が間欠泉のように噴き出して、六枚の羽根が動きを止めた。


 左右に両断された人間の顔が、お面のように硬直して、砕け散った。


「        」


 災害獣の一体、エンペラーホーネットは、無言のままに、あっけなく墜落した。


 俺は、水を噴射しながら、ゆっくりと地面に降り立つ。


 けれどその途中、エンペラーホーネットの身に起きたことに、目を疑った。

 

 見上げるような巨体が光の粒子に変わり、みるみる圧縮されていく。


「な、なんだ?」

「エンペラーホーネットが、宝器になるのよ」


 そう言ったのはリリスだった。

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