第15話 VSエンペラーホーネット
繭がひび割れ、暗い亀裂の奥から、禍々しい刃が這い出した。
メリメリと不気味な音を響かせながら、肉を削り落とすノコギリのような六本の脚が、そして蜂というよりも、むしろクワガタのようなアゴが覗く。
顔は蜂のようでいて、額には、何故か人間の女性を彷彿とさせる顔が埋まっている。
次の瞬間、ソレはずるりと、一気に生まれ落ちた。
ズシャンッ。
と水音混じりに地響きを立てて、エンペラーホーネットは地面に着地した。
その威容に、俺はただ圧倒された。
クマのように大きなレギオンホーネットなんて足元にも及ばない。
二階建ての建物の中身が空っぽでも、この巨躯は収まらないだろう。
体は粘液で濡れている。
光沢を帯びた暖色の甲殻が、マグマのように発光しながら蠢くと、覚醒は突然訪れた。
「■■■■■■■■」
六枚の羽根を一気に広げて、四肢ならぬ六肢を伸ばして、エンペラーホーネットは産声を上げた。
レギオンホーネットたちが、女帝の誕生を祝福するように、いっそう激しく羽音を鳴らし、ぎちぎちと顎を鳴らした。
そして、数体のレギオンホーネットが突撃した。
その意味に、俺は目を疑った。
「仲間を、食べてる?」
エンペラーホーネットは、ノコギリ状の脚でレギオンホーネットを挟むと、頭からムシャムシャと食べ始めた。
なのに、レギオンホーネットは抵抗しなかった。
他の個体も、まるで次に食べてもらうのを待つように、近くでホバリングしている。
文字通り、女帝のためなら命を捧げる。
狂信にも近い忠誠心に、俺は怖気が止まらなかった。
全身の皮膚が粟立ち、奥歯を噛みしめると、背後からリリスが緊張感のある声を漏らした。
「あれが、蜂の習性よ。蜂は、個にして群。群全体で一つの個なの。人が自分の命を惜しむのと同じラインで、彼らは群れの命を惜しむ。自分の体は群れを維持するための消耗品と同列。全ての個体が、群れの存続のための最適解を零秒で実行する。だからこそ、強い。けど」
一拍置いて、リリスは嘲笑した。
「そこには信念も情熱もない。ただの思考停止。だから虫は成長しない! いくわよダーリン! これが、正真正銘、勇者サトリの初陣よ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
身を捧げた家臣を食い尽くすと、エンペラーホーネットは羽音で咆哮を上げた。
額に埋め込まれた女性の顔がまぶたを上げて、ガラス質の瞳がぎょろりと俺を見据えた。
怖い。
本当に怖い。
不気味で、醜悪で、凶暴そうで、人の倫理が一切通じない、バケモノ。
だけど、こいつが解き放たれたら、大勢の人が、今の俺以上に怖い想いをする。
そう考えると、闘志が恐怖を上書きした。
「わかった! それでリリス、どう戦えばいい?」
「エンペラーホーネットの外骨格の強度はアンオブタニウムを遥かに超えるアダマント並、生半可な魔法は通じないわ。レガリアを使って!」
「つまりブレイドだな!」
「駄目だよハニー!」
リータが叫ぶ。
「残念だけど、ボクのブレイドの剣身は実体のない炎。相手に防御を許さない反面、こっちも防御ができない。アダマント級のノコギリブレード六本相手に、それは致命的だよ!」
言われて、あらためてエンペラーホーネットの禍々しい姿態に目を向けた。
飛び立とうと、地面に突き立てた六本の脚は、表面から凶悪な刃を無数に生やしている。
一撃でも喰らえば、内臓ごとこそぎ落とされそうだ。
「じゃあ、どうすれば」
「サトリ殿」
水の精霊であるディーネが、前に進み出た。
「ここに来るまでの戦いぶり、そして、人々のために戦おうとするその姿勢、感服致しました。自分は、サトリ殿のことを深く尊敬し、お慕いしております!」
「こ、こんな時にどうしたんだよ急に」
お慕いする、なんて言われると、照れてしまう。
なのに、ディーネは俺の手を握って、熱っぽい視線を向けてきた。
「サトリ殿! 貴方に、自分のレガリアを受け取って欲しいです!」
ディーネの手から、俺の手に、涼やかな力が流れ込んできた。
冷たくて心地よい清涼感が俺の全身を満たして、右手から溢れた。
踊り子の用だった衣装が、白い衣装に変わっていく。
白いズボンと上着、青い襟に青いリボン、それは、ディーネのセーラー服を、男性用に作り替えたような姿だった。
そして、右手には、一本のハルバードが握られていた。
ハルバードとは、槍、斧、鎌を混ぜたような長物だ。
槍の穂先の根元に斧の刃と、鎌のようなカギヅメが生えている。
三種の刃からは水が生じて、それぞれが、超高速で循環を始めた。
「あらゆるものを水の刃で削り斬る、これが我がレガリア、【ウンディーネハルバード】であります!」
二つ目のレガリアに、俺は軽く感動を覚えた。
ウンディーネハルバードから感じる力強さは、イフリータブレイドに決して見劣りしない。
それは、エンペラーホーネットを見ればわかる。
さっきまでは、あんなに不気味で恐ろしかったのに、ハルバードを握った途端、一回り小さく見えた。
禍々しい外見も、ただ気持ち悪いと感じるだけだ。
今なら、ホウキで蜂を追い払うように対処できそうだった。
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