第14話 VSモンスターテイマー

「私の可愛いクイーンホーネットの命と引き換えに産んだ次代の女帝、エンペラーホーネットの繭だ。アレが成虫になるには、多くの餌が必要なんだ。もっとも、子供は奴隷商人に売って金を稼がせてもらっている。こいつらはレギオンホーネットの毒で眠らせているが、じきに市場へ卸される。エンペラーホーネットの繭はまもなくかえる。そうすれば私はこいつを使って人類を俺の働きバチにしてやる!」


 悪だ。

 酷く単純に、俺はそう感じた。


 クレイズ王やヴェスター王子、奴隷頭、先輩奴隷たち。

 悪い人はたくさん見てきた。


 でも、その中でも、この人は特別に悪い。


 マイテも、確かに周りから避けられた、という嫌な目にあったのかもしれない。

 けれど、その報復が殺人に奴隷化はやり過ぎだ。


 俺は、ブレイドを握りしめながら、敵意をこめて尋ねた。


「よく喋るんだな」

「ああ。私のような悪役は自慢できる相手がいないからな。それに、悪役がぺらぺらと手の内を喋るときは、勝利を確信しているときと相場が決まっているけど、もう一つ、他の理由もある。不思議だよな。フィクションなんかだと、悪役はさっさと主人公を殺してしまえばいいのに、いつまでもだらだらと話している間に主人公の仲間が駆けつけてきて負けたりする。まぁ、あれは創作上の、作者の都合だから仕方ないか。でもこれはフィクションではなく現実だ。さぁ小さな英雄君、あらためて聞こう。私のような悪役がペラペラと手の内を喋るときは、どんな時だと思う?」


 ――何を企んでいるんだ?


 少し考えるも、俺は思いつかなかった。


 それだけで、なんだか負けた気分になって、少し悔しかった。


「それは……」

「答えは、時間稼ぎをするためだよ!」

「サトリ殿、後ろから来ます!」


 ディーネの言葉に振り向くと、俺らが入ってきた入り口から、無数のレギオンホーネットが雪崩れ込んできた。


 壁や天井が、みるみる巨大蜂の群れに覆いつくされていく。


 無数に重なる羽音で部屋は満たされ、逆三角形の特徴的な顔が、俺を包囲してきた。


 その圧力に、つい気圧されてしまった。


「ははは! 残念だったな! レギオンホーネットは特殊な電波で半径100キロ以内の味方と交信ができる。君が長々と私の話を最後まで聞いてくれたおかげで、私の勝利は確実なものとなったよ。ではさようならだ、小さな英雄君」


 マイテが指を鳴らすと、レギオンホーネットが怒涛の勢いで殺到してきた。


「ハニー、こういう時は一点突破だよ!」

「そうか!」


 リータの意図をすぐに読んで、俺はブレイドを前方に構えたまま、背後に水流を放った。


 ジェット噴射した水圧で、俺は矢のような速度で、地面を水平に飛んだ。


 左右、背後、上のレギオンホーネットは無視して、ただ眼の前の敵にのみ集中する。


 そして、俺の想いに応えるように、ブレイドの炎は勢いを増した。


 爆音と聞き間違うような轟音を上げながら前に噴き出す炎は、レギオンホーネットを一瞬で焼き殺して、俺は包囲網を貫通した。


 背後では、目標を失ってドーム状に固まったレギオンホーネットたちが互いに衝突しあっていた。


「喰らえ!」


 巨大な蜂ドームに、左手をかざすと、俺は最大出力で火炎魔法を放った。


 刹那、目の前には俺の身長ほどもある巨大な魔法陣が浮かび上がり、炎の津波が噴き上がった。


 今までのように威力を抑えたものじゃない。


 炎の精霊イフリータの加護を思う存分に込めた一撃は、容赦なくレギオンホーネットたちを飲み込み、一瞬にして灰燼へと帰した。


 慌てて飛び上がり、難を逃れたのがまだ何体もいるけれど、八割がたは片付けただろう。


 確かな手ごたえに俺がガッツポーズを作ると、マイテは拍手を打ち鳴らした。


「これは凄い。その年でこれほどの威力を出せるとは。どうやら勝ち目はないらしい。少し惜しいが、私は逃げるよ」


 言葉のわりに、妙に余裕しゃくしゃくで、少しも悔しそうじゃない。

 一体、なんなんだ?


「……逃がすと思うか?」

「いや、君は私を逃がさざるを得ない」


 マイテの口角が、ニヤリと上がった。


「残念ながら、レギオンホーネットはまだいくらでもいる。私を殺し、私の洗脳が解ければ、奴らは本能のまま、その子供たちを一斉に食べ始めるだろう」

「なっ!?」

「私を殺すのはレギオンホーネットを殲滅した後。もっとも、そんなことをしている間に私は逃げるよ。言っておくが殺さず拘束も無理だ。私の意識がある限り、いつでもレギオンホーネットを操り子供らを殺せるのだからね」

「え……殺さずに拘束って……」


 マイテの言葉で、俺はリリスの授業を思い出した。

 相手を殺したくないときは、確か。


「ではさらばだ、小さな英雄君――」


 俺が放った高速の水流を浴びて、マイテの言葉は途切れた。


 マイテは激流に押し流されて、そのまま壁に叩きつけられる。それでも、俺は水圧を緩めない。


「ゴボゴバ! ごぶぉ! 何をし、ぶば! ゴボゴボゴボ!」


 マイテは激流の中で溺れ、もがき、パニックに陥っていた。


 それでも、俺は水圧を緩めなかった。まだ緩めなかった。まだまだ緩めなかった。


 10秒、20秒、30秒も過ぎて、マイテがピクリとも動かなくなってから、俺はようやく、水流を止めた。


 ずぶ濡れのマイテが、壁からはがれてベチャリと落ちた。


 白目を剥いて、手足を痙攣させて、口と鼻からドボドボと水を吐き出しながら、マイテは起き上がる様子がない。


 背後のリリスたち、そしてディーネへ振り返りながら、俺は尋ねた。


「水属性の使い方って、これでいいんだよな?」

「はい、その通りであります!」


 ディーネは明るく笑った。

 



 でも、その笑顔を邪魔するように、悪寒が降り注いできた。


「え?」


 見れば、生き残ったレギオンホーネットたちも、一斉に天井を仰ぎ見ていた。


 天井と一体化した眉が、揺れている。


 まさかと思うも、けれどマイテは言っていた。



 『エンペラーホーネットの繭はまもなくかえる』


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 本作を読んでくれてありがとうございます。

 本作以外にも、

【冒険者ギルドを追放された俺が闘技場に転職したら中学時代の同級生を全員見返した】

【冒険者王】

 という作品を投稿しており、こちらもバトルざまぁ系です。

 暇つぶしにどうぞ。

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