第13話 レギオンホーネットの巣

 腰のブレイドを引き抜くと、グリップから炎が噴き出して、剣身を作り上げる。


 剣身と言っても、鋼の剣のように形は整っていない。


 まっすぐ炎が噴き出し続けているようで、どこが先端かよくわからない。


 でも、その迸る炎の勢いは、常に周囲を威圧しているようで、頼もしくもある。


「■■■■■■」


 無数の羽音を鳴らしながら、レギオンホーネットたちが襲い掛かってくる。


 俺はブレイドを振るい、迫るハチミツ色の外骨格を一撫でしてやった。


 紅蓮が視界を通り過ぎたとき、黒く炭化した塊が視界の下へ消えた。


 草むらには、黒い灰が広がっている。


 流石は、アンオブタニウム製の宝剣を熔かした剣だ。


 ブレイドの威力に、俺は息を呑んだ。


 でも同時に、恐ろしくもある。

 ブレイドは、あまりにも強すぎる。


 この威力に頼って、ブレイドの力を自分の力と誤認して気が大きくなって油断すれば、いつか足をすくわれるかもしれない。


 そうやって俺が自戒の念を抱いていると、リリスが声をかけてきた。


「ダーリン。レギオンホーネットの巣よ」


 顔を上げると、森の中に不自然な小山があった。


   ◆


 丘のように見えたモノ、まるごとハチの巣だったらしい。


 洞窟のように見えた穴へ突入すると、中には、いわゆるダンジョンが広がっていた。


 壁や天井が発光していて、真昼のように明るい。


 そして、巣全体から、唾液腺を刺激するような甘い香りがする。


 通路の奥から際限なく現れるレギオンホーネットに岩弾を撃ち続けて奥へ進むと、突然広い空間に出た。天井も高くて、きっと10メートル以上あるだろう。


 でも、俺が目を奪われたのは、別の物だった。


「これは……」


 そこには、黄金の湖があった。


 壁や天井よりも強く、けれど神秘的な光を帯びた湖に、リリスたちが表情を変えた。


「ふふ、ダーリン、これ、ぜぇんぶレギオンホーネットのハチミツよ」


 リリスに続いて、リータも顔をほころばせた。


「レギオンホーネットのハチミツの品質は世界最高。王族の口にだって滅多に入らないんだから」

「そんなに凄いものなんだ……」


 ハチミツなんて、奴隷の俺からすれば、幻の食べ物だ。その中でも最高品質ともなれば、その味は想像もできない。


 食べてみたい。


 俺が甘い欲求に駆られると同時に、リリスは言った。


「というわけで、全部もらっとくわね」

「え?」


 言うや否や、黄金の湖は、まるで底が抜けたように【かさ】が減っていく。


 水位ならぬハチミツ位がみるみる下がっていって、ついには崖が生まれてしまう。


 視界の遥か先に、乾いた底が見える。


「ふふ、毎日食べても何千年分あるかしら」


 他の五人も、みんな嬉しそうだった。


 メイド服姿のノームは、これでおいしいハチミツ入りクッキーを焼くと言っている。


 それを聞くと、俺もかなり楽しみになってくる。


 でも、不意にヴァルキリーが顔色を変えた。


「ん、サトリ、奥から生きた人間の気配を感じるわ」

「え!?」


 驚いた俺は、慌てて湖の岸を回って、巣のさらに奥へと進んだ。


 湖の部屋の壁面に別の道を見つけて駆け込んだ。


 奥には、さらに別の、巨大な空間が広がっていた。


 そこは不気味な空間だった。


 壁一面に、牛も収容できそうな巨大な穴が、無数に開いている。それこそ、ハチの巣のように。


 その穴、一つ一つに、巨大な幼虫や卵が詰まっている。


 そして、床には数えきれないほどの子供たちが倒れていた。


 みんな、死んだように眠っている。


「よかった! まだこんなに無事だったんだ!」


 リリスの言う通り、レギオンホーネットは、巣に運んでから人間を食べるようだ。


 でも、なんで子供ばかり?


 と俺が疑問に思いながら駆け寄ろうとすると、第三者の足音が割り込んできた。


「おやおや、随分と可愛い英雄じゃないか。一人で勇敢なことだ」


 中年男性の声に顔を上げると、部屋の奥に、白いローブをまとった中年男性が立っていた。


 長い髪を背後でまとめて、けっこうガタイがいい。


 傭兵崩れ、という印象だ。


 一人? あー、リリスたちは今、霊体化しているから見えないのか。


「貴方もレギオンホーネットに捕まった人ですか?」

「捕まった? 馬鹿を言うな。連中は私の忠実な駒だよ」

「駒? じゃあまさかお前が!?」

「察しがいいな。私はモンスターテイマーのマイテ。レギオンホーネットの主だ!」


 モンスターテイマー。ヤドカリクンの中で受けた授業で聞いた。


 確か、モンスターを意のままに操る技術を持った人だったな。


 でも、操れるモンスターの強さは、テイマーの力量に比例するはず。


 危険レベル30のレギオンホーネットを操れるなんて、この人、凄いんじゃ……。


「ど、どうしてこんなことをするんだよ」


 上手く追及の言葉が出なかったけど、自覚があるからか、マイテはすぐに察してくれた。


「すべては復讐のためだよ。私はね、元は一流のモンスターテイマーとして、ちょっとは名の知れた存在だったんだ」


 やっぱり、腕は一流なんだな。


「だが、虫を専門に操る私を、世間は気持ち悪いと避けた。私よりも技量の劣るモンスターテイマーが多くの友人や女に囲まれている中、私はいつも孤独だった」


 マイテの境遇は、少し可哀そうだと思うも、それ以上に、闘志が滾った。


「だからって、レギオンホーネットを操って村を襲うのはやりすぎじゃないか。今までどれだけの人が死んだと思っているんだ?」

「世間の連中は私を差別するのに、何故私は世間の連中を差別してはいけないんだ? 世間が私を虫野郎と差別するなら私も差別しよう。人間など、虫の餌だ!」


言い切ってから、マイテは得意げに語り始めた。


「ここまでこぎつけるのには苦労したよ。いくら私でも、女王蜂であるクイーンホーネットをテイムすることはできないからな。クイーンホーネットの幼虫をテイムしてから成虫に育てたんだ。それから、周辺の村や町から人間をさらって、皇帝の餌にするんだ」


 言って、マイテが手を指した方を目で追って、俺はぎょっとした。


 天井と一体化して気づかなかったけれど、マイテの頭上には、直径数メートルの、巨大な繭があった。

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