望郷と初恋の物語

 小さな島で生まれ育った恋仲の男女が、高校進学のために島を出て別れ別れになるお話。
 ピュアで切ない王道の恋物語です。全編を通じてどこかノスタルジックというか、読んでいて胸がきゅうっとなるような、独特の雰囲気の盛り上げ方がすごい。丁寧に組み立てられた各種の設定、というか道具立ての巧みさだと思います。自分は小さな島に生まれ育った経験はないのですけれど(田舎ではあったもののここまでではなかった)、それでもしっかり伝わるし想像もできる、この丁寧な語り口が魅力的でした。
 例えば、小中学合わせて生徒児童が13人しかいないこと。ここまでの田舎というのはきっと珍しくはあるのですけれど、でも割合として珍しいだけで、フィクション的な意味での〝特別〟ではないんですよね。ふたりだけの思い出という意味での特別ではあっても、現実として不思議だったり奇跡だったりすることはない。序盤のまだ幼い彼らの足跡、初々しい恋模様はきっと誰にでもありえた普通の恋の積み重ねで、だからこそ伝わるというか感じられるというか、なんか脳の奥の方から勝手に湧いてくるみたいなこの甘酸っぱさ! さっきも言った道具立て、クローズアップする詳細の取捨選択が実に巧みで、例えば序盤であれば「グラウンドの端っこ」「停泊場」「オリオン座の下」とか、力のある強い情景を自然に投げつけてくるのが最高でした。舞台を島にした意味がはっきりわかるというか、絵的なイメージと彼らの心情が、しっかり結びついて胸に刻み付けられる感じ。
 非常に甘酸っぱく仲睦まじい、初々しい恋の様子が描かれているのですが、当然物語はそれだけでは終わりません。この先はお話の筋に触れるためネタバレを含みます。
 中盤以降、相思相愛のふたりの前に立ちはだかる障害。高校進学のためには島を出る必要があり、どうしても離れ離れになってしまうのですが、でもお互いいつかもう一度会おうと交わした約束。もっとも、ここまでは最初からわかっていたことで、だから本番はその先です。
 そこからの畳み掛けるような苦難というか悲劇というか、ふたりを引き裂くことになる大きな運命の、その抗いようのなさが強烈でした。まごうことなき悲劇であり、そしてそれを乗り越えるからこそ光る恋。無条件に良いです。恋愛小説に求めるものをしっかり提供してくれる、この堅実さがとても好みでした。
 一番印象深い、というか単純に好きなのは、やっぱり舞台です。舞台設定のディティールが、物語そのものの強さを裏打ちしているところ。小さな島。そしてタイトルにもなっている『ひんぎゃ』。自分自身はそこに過ごした経験もないのに、でも郷愁を誘う風景としてしっかり胸に食い込んでくる、切なくも力強さのある作品でした。