変身

遊馬海里

変身

目を覚まし時計を見た。

時計の針は八時を回っており、それは僕の学校への遅刻を意味していた。

僕はベットを飛び起きた。その反動からかベットは大きく軋みミシミシと音を立てて壊れてしまった。

もう生まれてから十二年。それなりに時間も経っていたから老朽化で話は片付けられる。

そんなことよりも早く学校に行かなければ、僕は着の身着のままリビングへと行くも、飛び込んで来た景色に言葉を失った。

いつもならお母さんはお弁当を作っていてお父さんは珈琲を啜ってテレビを見ている。

けれど今日は違った。

いつもの二人の立ち位置には大きな豚が二頭いたのだ。僕は驚いた。

こうしちゃいられない。すっかり学校のことなんか忘れ、衝動的に玄関の扉を開けた。


目の前には昨日とはまるで違った世界が広がっていた。

朝家の前を通ると毎回新興宗教へと勧誘してくるHさんはキリンに。道ですれ違う度に大声で挨拶を強要してくるKさんはシマウマに。一度も顔を見た事のなかった引きこもりのMくんはナマケモノになっていた。

こうなると街中がどうなっているのか気になったので僕は外を歩いてみることにした。


意気揚々と人の居なくなった街を歩いていると視線の先にライオンの姿が見えた。ここでひとつの疑問が浮かび上がった。果たしてこの動物たちは自我があるのかということだ。これまでのことを振り返る限り街の人が動物に変身していることは明らかだけどそこに人間の頃の自我があるかと聞かれると分からなかったのだ。

そんなことを考えるよりも先にライオンは僕に向かって走り出した。

もう駄目だ。そう思って目を閉じたけれど一向に食べられる気配がない。それどころかライオンは耳元でしつこく吠えている。

ここで僕は理解した。あぁ、こいつは生徒指導部のAだと。Aは遅刻をした生徒がいるとその生徒の通学路まで駆けつけ事故に巻き込まれていないか、犯罪に巻き込まれていないかを確認し、もし遅刻が過失だった場合には耳元で大声で注意をするんだ。

そうと分かったからには怖いものなど何もない。


僕はそれから街を一通り歩いて帰路に経った。人のいない世界はそれなりに楽しかったけれどそろそろ真面目に事を考えなければならないと思ったからだ。

長旅を終えたような達成感に包まれた僕は玄関を開けていつものようにただいまと言った。

耳元でブゥと鳴く声が聞こえた。

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変身 遊馬海里 @IRIMAKAIRI

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