第八走 暇を持て余す

「暇だな」

『暇ねえ』

 厩舎に隣接する広間で朝の運動――軽く汗を流す程度の調整――を終えた二人は、途端に手持ち無沙汰になった。


 フィンに宿で待っていて欲しいと依頼されていたため、その通りにしているのだ。この世界について何の知識もない二人なので、気軽に街に繰り出すことも出来ない。迂闊に出かけようものなら、入り組んだ|城塞都市(このまち)の構造上、迷子になってしまう公算が高かった。


 昨日のうちにスキルの検証をあらかた済ませてしまったこともあり、二人は完全に暇を持て余すことになってしまったのである。


「しりとりでも、する?」

『それ、楽しいの?』

「別に楽しくはない」

『じゃあやらない』

「ですよねー」

 歌でも聞きたいところだが、電池の消費を抑えるため電源は切ってある。暇つぶしのために貴重な電力を使いたくはない。


「なあ、ロッジ君。何か手伝うこと、ない?」

 仲良くなった馬丁の少年に声を掛けてみる。


「とんでもないです! お客様にそんな真似させられません」

「だよね、上にバレたら大目玉よね」

 先ほど、支配人らしき男に怒鳴りつけられていたのを思い出す。


 他の馬の世話に取り掛かる少年を見ながら、ひっそりとクロエが呟く。


『可哀そうに……あんなに頑張ってるのに』

「ほんとそれ。今時いないよな、あんな良い子」

 ロッジ少年の働きっぷりはとんでもない。厩舎にいる一〇頭以上の馬の世話をたった一人で行っているのだ。しかもその仕事っぷりは丁寧そのもの。手際もよくてこちらが感心させられてしまうレベルだ。その上、皿洗いなどの厨房の手伝いさせられているのだ。


 正直言って働き過ぎである。


「じゃあ、クロエ。恋バナでもする?」

『修学旅行じゃあるまいし……そもそも、あのレースに出てた誰それ号がカッコいい、みたいな話されて面白いの?』

「いや、それちょっと興味あるかも。繁殖牝馬に聞いた! イケメンGⅠ馬ランキングとか絶対、面白いでしょ」

『別にいいけど……あ、でも、ちょうど来たみたいよ』

 クロエは言いながら、長い耳を逆立てる。


「じゃ、行くか」

 フィンを出迎えるべく、ユウマは手綱を取る。


「これはどういうつもりだ!」

 そして厩舎を出てみればフィンが、ホテルの支配人と門番を叱責しているところだった。


「賓客として遇せよと指示したはずだ。ウィンザーク家の顔に泥を塗るつもりか!?」

「申し訳ありません!」

「お客様が馬と一緒に泊まりたいと仰られまして」

「ならば、一緒に泊まっていただければよかっただろう!」

「んな無茶な」

 あまりの無茶ぶりにユウマは笑ってしまった。


「ユウマさん! 昨日は申し訳ありません。こちらの不手際でご迷惑を」

「いやいや、馬小屋に行きたいって言ったの俺のほうだから。ルール破って宿泊なんてとんでもない。逆に申し訳なくて休めないよ」

「しかし、大恩ある客人を馬小屋に泊めさせるなど許されません!」

「まあまあ、落ち着いて」

 激昂するフィンを宥めながら、厩舎近くの広間へと案内する。いつまでもホテルの真ん前に居たら迷惑だ。


 ホテルの従業員たちが走ってきてテーブルや椅子、軽食類がセッティングされる。なお、一階にある部屋のベランダ部分を改装して、クロエも泊まれるようにしてくれるらしい。昨日のうちにやって欲しかったサービスだ。


「この度はとんだ失礼を致しました。本当に申し訳ありません」

「気にしないで。それより、その後はどうなったの?」

「ユウマさんのおかげで無事、父上とお会いすることができました」

 フィンが代官を務めている国境付近の町ウィンポートでトラブルが起きたらしく、その報告のためにウィンザークパレスへ向かっていたそうだ。


「こっちに来ちゃって、大丈夫なの?」

 代官自ら報告に――しかもまともな護衛すら付けずに――向かわなければいけないほどのトラブルだったのだ。当事者であるフィンが抜けてしまって問題にならないのだろうか。


「ええ、あちらにはハルクがおりますから」

 ウィンポートの運営は、ハルクを筆頭とした伯爵家の家臣団が行っているそうだ。フィンは、お目付け役というか、伯爵家の人間という象徴的な存在らしい。


 込み入った話のようなので詳しくは聞かず、流しておく。


「改めまして、ユウマさんに感謝を。こちらがお礼となります」

 フィンはそう言って、カバンから革袋を取り出す。昨日、前金としてもらったものよりも遥かに大きいものだった。


「約束より、多い気がするんだけど……」

「ウィンザーク家の家人と重臣を救ってくださったお礼です。どうぞお納めください」

 この世界の貨幣価値はよく分かっていないが、腐ってもお貴族様からのお礼である。相当な大金なのだろう。怖いので中身は確認せず、懐にしまう。


「ところでユウマさん。折り入ってお願いしたいことが……」

 フィンはそう言って、一枚の書状を取り出した。


「これは?」

「こちらは冒険者ギルドへの推薦状と指名依頼書になります」

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騎兵転移 メメタンガス @omulong

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