第七走 傍から見た感じ
「軽っ、あれ?」
ユウマは言いながら首を傾げる。
鞍を下ろし、試しに片手で持ってみて確信する。乗馬用の鞍は五キロ程度。この世界のそれは素材が違うのか幾分か重く作られていた。そこに鐙なども含めると片手で持つにはきつい重量だ。しかし、ユウマには普段の半分かそれ以下の重量しか感じられないのだ。
「なんだ……これ」
とりあえず戻すために離れる。
腕にかかっていた手綱が外れる。
「うおっと」
途端に落としそうになり、両手で支える。持ち直し、手綱を掴む。
「軽くなった」
『何やってるの、さっきから』
相棒からの呆れたような声に、ユウマは反論する。
「いや、違うんだよ。重さが全然違うんだよ」
言いながらユウマは鞍を片手で振り回してみせる。
「あ、あの時も……」
不意に、ゴブリンとの戦いの事を思い出す。
ユウマは太刀を使って戦った。時代劇もかくやという動きで何度も振るい、ゴブリンを倒したのだ。
しかし、太刀の重さは一キロ以上もあり、公式野球の金属バットよりも重いのだ。そんな重量物を片手で骨ごと断ち切るような速度でぶん回せるはずがない。
『なるほどね……確かに、おかしいわ』
「他にも不可解な箇所はあったよ。遠くにいたフィンやゴブリンを見分けられたんだ。豆粒ほどの大きさしかなかったのにさ」
あの時は、ゴブリンの特徴である緑の肌色はもちろん、張り出した目玉や鷲鼻、乱杭歯などまで判別できていた。元々視力は悪いほうではないが、サバンナに住む遊牧民でもあるまいし、あまりにも視えすぎである。
『私も異様に体が軽かったわね。誰も乗せていないみたいに――ううん、むしろ乗せていない時よりも速く走れた』
「俺も、
『そういえば……これじゃ、まるで……』
「まるで?」
『……ううん、何でもない。とりあえず、私たちが触れ合っている間に起きる不思議現象は言葉が通じるようになる、ってだけじゃないわけね』
「ああ、よく分かんない力が働いて、俺たちは強化されている……」
『これがユウマの言ってた転移ボーナス? チートってやつ?』
「そうだとしたら、かなり使い勝手が悪そうだな」
手綱を離せば普段の感覚に戻ることから、ユウマたちには、一定の条件下――接触または騎乗中――でなければ発動しないスキルが付与されていると考えていいだろう。
「なあ、クロエ……夕飯までまだ時間もあるし、もう少し確認してみていいかな?」
二人が落とされたのは、モンスターが著量跋扈するファンタジー世界である。この危険地帯で生き残るためには、自分たちの力を把握することは最優先課題と思っていいだろう。
『もちろん、いいわよ……ただ、その前に、体拭いてくれない? ちょっと冷えてきちゃった』
「あ、ごめん! すぐにやります!」
ユウマはそう言うと、黒くしなやかな馬体にタオルを押し当てるのだった。
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,ハiヽ.. ∧,,∧
ノ"・,,'' ヽミ(・ω・` )
(。,,/ ) ヽミ ⊂:::::::)⌒ヾミミミ彡
ノ し´ )
( 、 ..)___彡( ,,.ノ
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// \Y .. 〆 .い
(ノ くく //
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厩務員の朝は早い。午前二時に起き、馬に餌を与え、小屋を掃除し、健康状態のチェック、ブラッシングなどのお手入れを行うのだ。
競馬関係者ほどではないにせよ、馬術部員だったユウマも、日の出と共に起きてこの世界の相棒にして命綱であるクロエの世話を始めている。
「うん、特に疲れも残っていないみたいだな」
『体をくっつけて寝たのがよかったのかしらね……ちょっと、恥ずかしかったけど』
「何か言った?」
『ううん、何でもない』
昨日の検証の結果、ユウマたちは異世界転移ボーナスを<ユニット>と名付けた。
騎乗状態にあるいは触れ合っている間、お互いの能力を足し合わせた単一の存在――ゲーム風に言うなら1ユニット――として扱われるのではないかというものだ。
仮に二人のステータスがこうだった場合、
――――――――――
ユウマ
STR:10 VIT:10
AGI:10 DEX:100
INT:50 MND:50
スキル 人語
――――――――――
クロエ
STR:50 VIT:50
AGI:100 DEX:10
INT:10 MND:10
スキル 馬語
――――――――――
すると、スキル発動中は両方のステータスが足し合わされ、人語も馬語もしゃべれるバイリンガルに変身するのだ。
――――――――――
発動中
STR:60 VIT:60
AGI:110 DEX:110
INT:60 MND:60
スキル 人語、馬語
――――――――――
こんな能力が働いていると考えれば、二人が会話を交わせることも、騎乗している時のほうが速く走れることにも、一応の説明が付く。ただし人語に関しては体の構造上、クロエでは発声することができないので聞き取りしかできない。そのため馬語が話せるユウマとしか会話が成立しないのである。
「暫定だけど、回復力なんかもユニットを組んでる時のほうが上がるっぽいな」
『そうね、昨日は結構疲れていたけど、体が軽いもの』
言いながらクロエは水を飲む。今でこそ、バケツに顔を突っ込んで飲んでいるが、いずれバケツをコップのようにして飲み始めるかもしれない。
『何、にやにやしてるのよ』
「いえ、何でもありません、サー」
ユウマは、馬丁の少年に声を掛け、朝食を受け取りにホテルへと向かうのだった。
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ホテルの厩舎には隣接する広間があり、そこは預けられた馬たちのちょっとした運動場として利用されている。
「……ユウマさん、息ぴったりですね」
馬丁の少年ロッジは、手綱を引きながら口を開けば、隣を歩く青年が振り向いた。
「まあ、付き合いも長いからね」
異国のものと思しき不思議な衣装――しかし、かなり上等な品であることは分かる――を身にまとった青年は、そう言って微苦笑する。
ロッジは朝食前の時間帯、厩舎で預かっている馬たちを、この運動場で散歩させるのが日課になっていた。
愛馬の面倒を自分で見るという宿泊客はそれなりに見てきたが――そういったお客さんは大抵、腕が良い――この人は別格だと思った。
馬という生き物は非常に賢く繊細だ。しかし同時に自由奔放な、子供めいた無邪気さを持っている。だから、こうして手綱を引いている姿を見るだけで、主人の腕前や馬との信頼関係が浮かび上がってくるのである。
先ほどから、ユウマなる人物は愛馬クロエ号と少しも歩調を乱すことなく、散歩を続けていた。それはまるで式典で見かける『一流部隊の行進』のようであり、しかし行進時に見られる緊張感が一切ないのである。
人馬共に自然体で歩いているだけなのに、余人には入り込めない絆のようなものさえ感じられて、ロッジは嬉しくなるのだ。
ロッジは馬が好きだった。人間よりも好きだった。馬は信頼を裏切らない。元来、臆病な草食動物である彼らが、人間に従い、戦場で共に戦ってくれるのは主への献身のためなのだ。主人の足となるべく野生を捨て、懸命に尽くすその姿の何と美しいことだろうか。
人間は違う。どれだけ尽くしても簡単に裏切る薄汚い生き物だ。満面の笑みを浮かべながら、裏で拳を握っている、そんな醜悪な性質を持っている。
だからロッジは、幸せそうな馬を見ると嬉しくなる。親が笑顔の子供を見ると自然と笑顔になるように、ロッジもまた幸せを分けもらえるのだ。
――どこのお貴族様なんだろう。
ロッジはそんな風に思った。帯剣し、上等な衣装を身にまとい、そして何よりこれほど立派な馬を保有している。貴族の中でもかなり上位に位置する人なのだろう。
それでいて、平民であるロッジにも、とても気さくに話しかけてくる。何度か頼み事をされているが、その度に感謝してもらえる。いや、光栄なのだが、非常に困るのも事実だった。何せ相手は王侯貴族である。ちょっとしたミスで首が飛びかねない。職業的だけでなく物理的にも、だ。
――まあ、この人が無体を働くことはないだろうけど。
彼は、馬をとても大切する人だった。馬を大切にしているからといって、悪い人じゃない保証はない。しかし、少なくとも領都一の高級ホテル<黄金の鎧亭>まで来て、馬が心配だからと馬小屋に泊まりこむ御仁がお人好しでないはずがなかった。
「あ、先に上がるね。お仕事頑張って」
お貴族様はそう言って、ロッジの肩を叩くと厩舎へと消えていった。
「……変な人だなぁ」
「ロッジ! いつまでちんたらやっている! さっさと終わらせて皿洗いを手伝わないか!」
そんな風に思っていると、支配人が運動場へと怒鳴り込んでくる。
驚く馬を宥めながらロッジは「すいません」と頭を下げた。怒るのは構わない。しかし、馬が繊細な生き物だと言う事をもう少し理解して欲しい。宿泊客が多くて大変なのは分かるが、預けられた馬の数だって多いのだ。きちんとお世話をしてやらなければ体調を崩してしまう。
「ユウマさんみたいな人が主人だったら、きっと働きやすいんだろうな」
ロッジは小さくため息を吐くと、馬を厩舎へと戻すのだった。
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