第六走 スキル検証

 街道を進む事、二時間。遠く丘の上に立つ、石積みの城壁が見えてくる。


「あちらが領都ウィンザークパレスです」

 フィンがそう言って丘を指さした。


 ウィンザークパレスは、ウィンザーク伯爵家が納めるウィンザーク領の中心地だ。街の象徴であるウィンザーク城がそのまま街の名前として定着してしまったようで、つまり街まるごと『ウィンザークさんのおしろ』ということになる。ゲシュタルト崩壊しそうだ。


 そんな親しみやすい名前とは裏腹に、二人の前に聳え立つ城壁は、無味乾燥とした灰色だった。城門を守る左右の塔には、それぞれ色鮮やかな旗が掲げられており、そこだけが浮かんで見えた。

 右側の塔にあるのが、深紅の布地に王冠を被ったグリフォンが金糸で刺繍されたもので、左側の塔には緑に黄色の二重の盾という意匠が施されていた。


 前者がこの国――ロンド王国――の国旗であり、後者がウィンザーク伯爵家の紋章だそうだ。


「おかえりなさいませ、フィン様……なぜ、御者台に? この者は……」

「色々あってね。悪いけど、急いでいるんだ。通してもらってもいいかな?」

 城門には十台ほどの馬車が並んでいたが、ユウマたちはフィンのおかげでフリーパスだった。


「分かりました。先導いたします」

 門番の男が二重盾の旗を掲げて先導する。もう一人が御者台に乗り込み、フィンは馬車の中に引っ込んでいった。


「すまないが、こちらの方に宿を手配してくれ。大事な恩人だ。くれぐれも粗相のないように」

「ハッ、承知いたしました」

「それではユウマさん、しばしお暇いたします。お礼や報酬の支払いなど、後日、改めてお宿に伺います。申し訳ありませんが、しばらくお待ち頂ければと」

「あ、はい。お気になさらず」

 ユウマが答えると、馬車は去っていった。心細さを感じていると、門番の一人が声を掛けてくる。


「ユウマ様、ご案内させて頂く、クレオと申します。お宿に案内させて頂きます。どうぞ、こちらへ」

「……あ、ありがとう、ございます」

 城門を潜り抜ける。


 通りには、レンガ造りの家々がびっしりと並んでいる。軒先にはぶら下がった鉄の看板、歩道と車道は並木に沿って隔たれ、露店から甘い匂いが漂っている。


 町は人々の活気で満ちていた。露店商の呼び声や、子供たちの笑い声やらで溢れ返っている。


「本格的ファンタジーだわ」

『すごい綺麗な街並みね……あ、あれは何かしら』

 どこか夏祭りの会場めいた熱気のせいで、浮かれてしまいそうになる。


「ま、まあ、城塞都市の名は伊達じゃないってことかな」

 フィンの話によれば、領都ウィンザークパレスは王国南部の国境線にほど近い場所にあるそうだ。いわゆる城塞都市というやつで、建国時以来、隣国ブリッツ王国との戦いでは主戦場となることもあるため、街全体を強固な城壁で囲っているのだという。


 確かに、建物同士はぴったりとくっついているし、窓は防犯のためか一階部分は鉄格子が嵌められている。出入りのドアを釘で打ち付けてやれば即席の防壁に早変わりするのだろう。


『迷路みたいね』

「確かに」

 見知らぬ街を眺めながら右へ左へ、街中に作られたもう一枚の城壁を潜り抜ける。通りも微妙に曲がっていていつの間にか方向感覚を狂わされてしまう。いつの間にか真ん前にあったはずの城が右にずれていたりする。土地勘のないユウマたちが、この場で放り出されてしまったらすぐに迷子になるに違いなかった。


「こちらがご用意しましたお宿になります」

 門番が振り返る。


 ユウマは、クロエの背から降りると手綱を抑える。

『<金色の鎧亭>?』

 看板に掛かれた文字を、クロエが不思議そうに読み上げる。


「俺はともかく、なんでクロエまで字が読めるんだろうね」

『そういえばそうね……助かるけど』

 異世界転移にあたり、自動翻訳的なスキルが付与されるというのはよく聞くが、なにも動物にまで与えなくてもいいのではないかと思った。贅沢を言うつもりはないが、翻訳スキル代わりに、別のスキルを割り当ててくれたらと思わなくもない。


「お待ちしておりました、ユウマ様。早速ですが、お部屋にご案内させて頂きます」

 宿から出てきた支配人らしき男性がドアを抑え、笑みを浮かフィン。


 ドアは大きいが、馬が通るにはいささか狭すぎた。


「あー、すいません。この子も泊まれますか?」

「ええ、もちろんでございます。ホテルの裏に、専任のお世話係がいる馬小屋をご用意してございます」

 ちょうど裏からやってきた馬丁の少年が手綱を引き取ろうとする。


 ユウマは反射的に手を引いた。


「こら、黙って手綱を取ろうとする奴があるか」

「す、すいません、支配人」

 支配人が叱責すると、少年はしきりに頭を下げ始める。


「すいませんでした、お客様。改めまして、お馬をお預かりさせてください」

「はい、責任をもってお世話させて頂きます」

「いや、そうじゃなく……」

 ユウマはクロエと、ホテル――ドア越しに見える毛足の長い絨毯の敷かれた豪華なロビー――とを見比べた。


『どうしたの、ユウマ?』

「……すいません、俺も馬小屋に留まらせてもらっていいですか?」


――――――――――――――――――――――

  ,ハiヽ..    ∧,,∧

 ノ"・,,'' ヽミ(・ω・` )

(。,,/ )  ヽミ ⊂:::::::)⌒ヾミミミ彡

    ノ     し´   )

   ( 、 ..)___彡(  ,,.ノ

  //( ノ     ノ.ノ (

 //  \Y  .. 〆  .い

(ノ     くく  //

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「ほい、脚あげて」

 馬具を外し、テッピ――バールに似たお手入れグッズ――を使って蹄に溜まったゴミをほじくり出す。


 蹄鉄が緩んでないか入念にチェック。次の脚を掃除する。


『……馬鹿ねえ』

「なんだよ、馬に馬鹿って言われるのは腹が立つな」


『私の世話なんて任せておいて、ホテルで休んでればよかったのに』

「相棒を一人にしておけないだろ?」

 クロエの大きな瞳が、ぱちくりと瞬きをする。


『ふふ、ほんと馬鹿』

 ユウマは、紹介された高級ホテルを諦め、馬小屋に泊まらせてもらうことにした。馬丁の少年が信頼できなかった、というよりは、一人だけ贅沢するのが後ろめたかったのである。


 転移前、意思疎通ができなかった頃ならいざ知らず、ユウマはクロエと会話を交わした。そして彼女に人間のそれと何ら変わらない知性が宿っているのを知った。命がけでゴブリンと戦い、助けられた。


 目の前に迫ってくる業火を思い出して、未だに手が震えてしまうくらいだ。雑魚モンスターの代表格であるゴブリンでさえ、あんな攻撃をしてくる世界である。もしもクロエの存在がなければ、ユウマはフィンを助けられなかったし、なんならゴブリンたちの手に掛かって死んでいたに違いない。


 あの時からユウマは、クロエを動物扱いするのを止めた。異世界転移という超常現象に共に立ち向かう戦友だと思うことにしたのだ。


 異世界転移一日目にして、安全な場所で休めるのは全てクロエのおかげである。そんな状況で、狭い馬小屋に閉じ込められるクロエを尻目に、高級ホテルでディナーだぜわっしょいなんて喜べるはずがなかった。


「ほい、終わり――うぶっ」

「ぶるる!」

 ユウマは言って、尻を叩く。するとすかさず尻尾による手痛い反撃を受ける。


「やったな、お前」

「ぶる? ぶるる?」

 ユウマは言いながら、バケツに入ったぬるま湯――馬丁の少年に用意してもらった――にタオルを浸す。


「それに色々と話したいこともあるし」

 固く絞って顔を拭く。


『――ねえ、ごめんってば』

「へ?」

『ちょっとからかっただけじゃない、怒ったからって変な言葉で喋るの止めてよ、びっくりするじゃない』

「いや、別に怒ってないし、特に変なこと、言ったつもりしてないけど」

『うそよ、だってベラベラベラって私のわかんない言葉使って』

「クロエ、ちょっと待ってくれ――今から実験する」

 ユウマはそう言って、クロエから手を離した。


「この言葉分かる?」

「ぶる、ぶるる?」

 もう一度、鼻筋に触れる。


「分かるか?」

『だから、その言葉、不安になるから止めてって……』

「やっぱりか……」

『え、なに?』

「触れ合っている時しか、言葉が通じないらしい」

『うそ、でしょ?』

「手、離すぞ? ……通じるか」

「ぶるる」

 クロエは嘶き、目を伏せる。どことなく沈んだ様子のクロエ、ユウマはそっと鼻筋を撫でながら言う。


「まあ、なんだ……言葉が通じてる時点で奇跡だったんだよ」

『そう、よね……本来、馬と人は分かり合えないものだもの。これが普通なのよね……うん、仕方ないのよ! で、でも変よね、ホテルの前で降りた時は喋れていたじゃない』

「そういや、そうだな……なあ、今からちょっと試してみてもいいか?」

 ユウマはお手入れを中断し、タオル越しにクロエに触れる。


「聞こえる?」

「ぶるる」

 基本的には直接、触れ合っていないとダメのようだ。しかし、そうなると騎乗していた時に言葉が通じるのはおかしいことになる。


「これで分かるか?」

『うん、大丈夫』

 手袋をはめた状態で触れても問題はない。更に背中を押しあてる、ズボン越しに足で触れる、靴越し、いずれも言葉が分かる。


 次に、鞍を乗せた状態で触れる。


「ぶるる」

「ダメか……ちょっと乗るぞ? 今度は、どうだ?」

『あ、うん、今は分かるよ』

 一度、降りて今度はテッピ――蹄のゴミを落とす馬具――を背中に当てる。当然、伝わらない。しかし、脚を上げさせ、蹄に当てると言葉が通じるようになった。


 念のため、馬丁の少年に馬具を借りて検証する。鞍やハミ、手綱を付けて確認。手袋をはめた状態で同様のテスト。ついでにテッピやブラシ、タオルなどのお手入れ用品も借りる。馬具とテッピは通じたが、ブラシやタオルは通じない。


「通じるのは、直接触れた場合。服や手袋なんかは関係なし。馬具または馬専用のグッズかどうか。借り物かどうかは関係なし。正しい使われ方を時のみ発動する」

『なるほど……でも、何で借りてまで実験したの?』

「例えば日本から持ってきた馬具じゃないとダメだと困るだろ。騎乗中は基本的に鞍や鐙、手綱越しでしか触れていないから」

『確かに三つとも壊れたら終わりね』

「そうそう壊れるものじゃないけど、万が一を考えるとな……なあ、クロエ。もうちょっと試してみてもいいか?」

 ユウマはそう言うと鞍を外し始めるのだった。

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