8月15日

綾野智仁

1945年8月15日

 日本が初めて戦争に負けた日。

 国家としての自立を失った日。

 戦争という悲劇が終結した日。



 小学校低学年のころ、今は亡き祖父に「戦争にはどうやって行くの?」と尋ねたことがある。幼い俺の漠然とした疑問に祖父は答えてくれた。


 その日、祖父は地元の中学校で運動会を見ていたそうだ。そこへ自転車に乗った郵便配達員がやって来て召集令状を手渡した。「ついに来たか」と、祖父は思ったそうだ。



「戦争って人が死ぬんでしょ?」



 俺は無邪気で残酷な質問を続けた。このとき、祖父はどんな気持ちで俺を見ていたたのだろう。



「死んだよ。沢山」



 自分から尋ねておいて、『死んだよ』という言葉に強い衝撃を受けたのを覚えている。


 いつも柔らかな笑みを湛え、皺だらけだが温かい手で頭をなでてくれる祖父。その祖父が幾つもの『死』を見ていることが信じられなかった。



「人を殺したことがあるの?」



 とは、怖くて最後まで尋ねることができなかった。優しい祖父の口から「人を殺した」という言葉が出るのを本当に恐れていたのだと思う。



×  ×  ×



 小説を書いていて、たまに想像することがある。過去から戦時中の人が来て、俺の肩を叩きながらこう言うんだ。



「一緒に戦ってくれ!!」


「一緒に日本を守ってくれ!!」


「一緒に来てくれ!! 頼む!!」



 日本が辿った悲惨な末路を知っている俺は二の足を踏む。



──飽食を知る俺は極限下の飢えになんて耐えられない。


──安全な生活を知る俺に殺し合いなんて無理だ。


──健全な文化に育まれた俺は殺伐とした世界で生きていけない。



 俺を迎えに来た人はウンザリする。飽食、安全な生活、健全な文化……これらのいしずえを築いたのは戦争経験者たちなのだから。


 俺は先人が残した恩恵は喜んで享受するくせに、戦争という国難には立ち向かわないと言う……そんな自分を打ち消したくて小説を書いている。



×  ×  ×



 見知らぬ異国の空の下で日本の安寧と未来を信じて戦い抜き、そして戦死された人たち。


 全てを焼き尽くす爆弾が投下されても、必死になって日本を守った人たち。


 全ての英霊の御霊が安らかならんことを切に祈っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

8月15日 綾野智仁 @tomohito_ayano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ