赤い夕陽とこわいおじさん
けんこや
赤い夕陽とこわいおじさん
長いこと病気で伏していたお姉ちゃんがようやく起き上がることが出来るようになったので、きみ子はとても嬉しく思いました。
きみ子はこのところずっと公園で、一人で遊んでいました。
砂場で、こんもりとしたお山を作って、たくさんの小人たちがそのお山のお城を動き回るのを頭の中で思い描いてばかりいたので、お姉ちゃんが一緒に遊んでくれると思うと、嬉しくてたまりません。
でもその公園には時々変なおじさんが来るのです。
みすぼらしい、ぼろぼろの汚い服を引きずるように身に着けていて、髪の毛もひげもぼさぼさ。その肌もすっかり黒ずんでいて、どんな顔をしているのか全く分かりません。そしていつも公園の隅の決まったベンチに座ってぶつぶつと独り言をつぶやいくのです。
きみ子はそのおじさんが怖くて仕方ありませんでした。
そのおじさんが公園に姿を現すだけで、きみこは怖くなって、いつも泣いてしまうのでした。
でも、家に帰ってお母さんにそのおじさんのことを話すと、お母さんは決まって「そのひとはきっとかわいそうな人なのよ」と、やさしく言います。
きみ子にはお母さんの言う「かわいそうな人」の意味はちっともわかりません。こわいおじさんはただただ、きみ子を怖がらせるこわいおじさん以外の何者でもありませんでした。
その日も、きみ子が公園であそんでいると、そのおじさんがやってきました。
今日は久しぶりに姉ちゃんと一緒なのに、嫌だな、と思うやいなや、すぐに怖くなって泣きたくなってしまいました。
でも、今日はせっかくお姉ちゃんと一緒なのだから、泣くまい泣くまいと思いました。泣いたら、お姉ちゃんは遊ぶのをやめてきみ子をお家につれて帰ってしまうと思いました。一緒に遊ぶことができなくなってしまうと思いました。
怖いおじさんはいつものようにベンチに座ってぶつぶつと独り言をつぶやいています。
きみ子はおじさんの方を見ると泣いてしまうと思ったので、できるだけ見ないようにおじさんに背中を向けていました。それでも、ぶつぶつとつぶやいているおじさんの声が聞こえるだけで怖くて怖くてたまらず、ずっとお姉ちゃんの方を見ていることにしました。
と、お姉ちゃんはその怖いおじさんの方をもの珍しそうに眺めています。そしてきみ子に「あのおじさん泣いてるよ。」といいました。
きみ子は姉の言うことを聞こえないふりをしました。
姉は再び「何で泣いてるのかな」と言いました。
言いながら、姉はきみ子とあそんでる砂場を抜け出しておじさんの方に近寄っていきました。
きみ子はとうとう我慢できなくなって、泣きだしてしまいました。
お姉ちゃんがあのおじさんに連れて行かれちゃうと思いました。
お姉ちゃんはおじさんのそばに寄ると振り返って笑い、「きみちゃん、このおじさんがいっしょにけんけんぱをしようって。」と言いました。
きみ子はわんわん泣きました。だめだよだめだよと大声で叫びました。二人にはきみ子の声はちっとも聞こえていないようで、けんけんぱをはじめました。きみ子は砂場から大声でお姉ちゃんのことを呼びました。でもお姉ちゃんは全然こっちを見てくれません。気が付くと太陽が沈み始めていて、真っ赤な夕日になってしました。お姉ちゃんとおじさんの影がみるみる長く伸びて、きみ子を飲み込もうとしました。きみ子はありったけの声を張り上げて、お姉ちゃんのことを呼びました。そのうちに空一面が真っ赤に染めあげられ、辺りが黒く黒く、まるでオイルのような真っ黒い影に塗りこめられてゆきました。そしてお姉ちゃんとおじさんの姿もその黒々とした影の中に溶けるように隠れてしまい、見えなくなってしまいました。
きよこは砂場を抜け出して、泣きながら公園の出口に向かって一目散にかけだしました。後ろの方で、おじさんとお姉ちゃんの「けんけんぱ」のはやし歌が聞こえていました。なぜだかわかりませんが、いつもと違って公園の出口がずっと遠くにあるような気がしました。
やっとの思いで公園を抜け出すと、夕焼けの町の中を家に向かってまっすぐに走りました。
家につくと、真っ先に台所のお母さんのところに言ってぎゃあぎゃあ泣きました。
それから「おねえちゃんがへんだよっ、おねえちゃんがへんだよっ」と大声で何度も何度も叫びました。
お母さんはいつもの優しい顔で、喜美子の頭を優しくなでました。それから、「よしよし、大丈夫よ。お姉ちゃんはもうお部屋に戻ってるわよ。」といいました。
きみ子はきょとんとしました。
泣き声を聞きつけたお姉ちゃんが台所にきて、やっぱり具合が悪くなって先に帰っちゃったの、ごめんね。と、申し訳なさそうに言いました。
きみ子は、なにかの怖い夢を見たんだと思いました。
後でお姉ちゃんが、お母さんから、きみ子を公園をおいて先に帰ってきてしまったことで怒られていました。
お姉ちゃんはきみ子にごめんねと、もう一度謝りました。でもきみ子にしてみれば先に帰って来てしまったのは本当は自分のほうなのにな、と、申し訳ないような気持ちだったので、心の中で「おねえちゃん、ごめんね」と言いました。
その晩は久しぶりにお父さんが帰ってきて、おおきなケーキをごちそうしてくれました。
明くる日から姉は高い熱を出しました。
それから三日後の早朝に、姉は七つで亡くなりました。
赤い夕陽とこわいおじさん けんこや @kencoya
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