第15話「嫌なハム」

「よし、どうにかなったな」


 エリス達を手を組んで、銀メッキの武器やら簡易的な魔法のアイテムを作る仕事はなかなか儲かる。すでに俺は幾ばくかの利益を得ている。


「さて……」


――銀メッキの軽メイス<上質>×3――

――銀メッキのフレイル<普通>×2――

――+0のダガー<普通>×1――


 +0とは、魔法だけが掛かっている状態の品である。その他には何のメリットもなく、ただ銀でさえ通じない相手に有効な武具だ。


――銀メッキの盾<普通>×3――


 無理をして数多く作る鍜冶をすると失敗する可能性も高まるが、今回はかなり上手くいったようだ。錬金術師であるコリンズや、魔術師であるメリアの助けもあった事も影響している。


「じゃあ、エリス」

「ああ、しっかり届けに行ってくれ」

「おう」


 俺はそのまま荷物を「納め」つつ、その足を教会の方面にと伸ばす。以前に俺が蘇生の儀式を受けた聖堂だ。


「……?」


 曇天の中、途中で大通りを歩いていた俺は、何か人々の表情に不安の色が混じっている事をこの目に止める。


――魔王が王様の目の前に現れて、何かを要求したらしい――

――この街から人間が出ていくようにと言ったんじゃないか?――

――そうとも聴いた――


 魔王、この街の外れにあるカルマンの遺跡の、それの地下深くにいるとの噂である強力な魔物。王様のお触れにより幾多の冒険者がこの魔物を退治すべく遺跡に潜ってるが、未だに退治出来たという話は聴かない。


「本当にいるのかどうかすら、俺には解らないけどな」


 その魔王を討伐する可能性が最も高いのがあのミネルバさんを初めとする訓練所の指折りである。いずれは彼女達が魔王を倒せるであろうとのもっぱらの噂だ。


「まっ、そんなことよりも」


 どちらにしろ今の俺にとっては雲の上の話である。今は教会にこの対アンデッド用の武具を納める方が先決である。




――――――




 黒い厚雲は全く晴れる気配はなく、どこか蒸し暑い日である。それにも関わらず教会の裏手では何人かの僧侶達が武術の訓練を行っている。


「ご苦労な事だ……」


 俺はそのまま教会の門を叩き、出てきた僧侶に教会の武具管理の代表者とやらへ取り次ぐように伝える。そのままその若い僧侶は教会の奥へと入り、しばらくした後にでっぷりと太った司祭がその姿を現した。


「遅かったではないですか、ええ?」

「あっ、すみません……」

「フン……」


 何かその司祭はハムの束を小脇に抱えたまま、ジロジロと俺の顔を睨み付ける。その豚を連想させる彼の小さな瞳に、俺は軽い不快感を覚える。


「さあ、とっとと荷物を出したまえ」

「はい」


 俺はその男に促されるまま、その場に依頼された対アンデッド用の武具を現させた。その武具を一瞥した男は、一つ舌打ちをしながら。


「あーあ、大した武器ではないなあ、ええ?」


 嫌みを言い放ち、そのまま自身の口にと手に持ったハムを突っ込む。


「これでは、完全な報酬は出せないな」

「そ、それは困る……」

「フン、何が困るだ」


 ク、チャ……


 そのまま男はハムを食べる音を響かせつつ、俺の足元に数枚の金貨をばらまいた。


「ほら、報酬だ拾え」

「……」

「私からの情けだよ、本来ならこの金額は勿体ない位だ」


 その、人を馬鹿にした態度に俺は怒りを覚えながらもどうにかその感情を抑え、そのまま地面にと散らばった金貨を拾い集めようとする。その時。


「アシュ!?」


 教会の脇からやって来た少女、レイチェルが俺のその姿を見て驚いたような声を上げる。


「ブッフェル司祭!!」

「おお、何だね麗しのレイチェル?」

「これはどういう事ですか?」

「フン」


 レイチェルの詰問にも、そのブッフェルという男は不快げにその顔をしかめたまま何も言わず、ただその肥満した脚で地面に散らばる金貨を踏みつけ始めた。


「このような下々の者、礼儀を払う必要もない」

「ブッフェル様、いくら法王庁の人間とはいえ、やっていい事と悪い事が……」

「ん、レイチェルよ」


 そのままブッフェルという男はレイチェルのその顔をジロジロと、穴が空くほどに見つめたまま、軽く舌舐めずりを行いながら、その肉襞だらけの顔に、陰湿な表情を浮かべて見せる。


「君が、この未来の夫である私に逆らうとでもいうのかね?」

「……!!」

「フフ、まあいい……」


 明らかに戸惑いの色を浮かべるレイチェル、その彼女の顔を見つめていたブッフェルは軽くひきつるような笑い声を上げた後、その肥満体を押し込むように教会の大門へと滑り込ませようとした。


「その金貨を貰ったら、さっさと帰るんだな、俗の者よ」

「……」

「ハッハッ……!!」


 その言葉にも俺は何も答えない、もちろんこの聖職者とは思えない男に対する怒りは俺の心の中にあるが、それ以前にその小さな身体を震わせている彼女、レイチェルの様子が気になったのだ。


「……あのさ、レイチェル」

「ごめん、アシュ」


 うつ向いたままのレイチェル、彼女はそのまま自らの腕でその顔を覆うと、小さな声で。


「今は、何も言わないで」

「……」


 推測するに、あの男がレイチェルの結婚相手なのかもしれない。そう思うと俺はレイチェルの境遇に同情せざるをえない。


「まあ、俺がどうこう出来る問題ではないけどな……」




――――――




「今日は盛況だな、エリス」

「まあ、な……」


 このエリスという女、お世辞にも接客態度は良いとは言えないが、それでも店に来る客が多いということは人気がある店なのだろう。


「そういえば、このエリスが何の為に雑貨屋をやっているかも俺は知らないな」


 彼女の魔法戦士としての腕前ならば、冒険者一本でもやっていけるはずだ。もちろんプライベートな事に首を突っ込む事はしないが。


「すでに、レイチェルのプライベートに首を突っ込んでいるからな……」




―アシュの借金、残り42000+2000<利子>――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スキルで製作鍛冶屋のアタック!! 早起き三文 @hayaoki_sanmon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ