第14話「レイチェル」

「あ、あのお菓子買って、アシュ!!」

「はいはい……」


 とはいえ、さすがに今のこのタイデルの街は魔王討伐のお触れが出ている最中である。大通りに出ている屋台の数それほど多くはない。


「この前の祭りの五分の一以下だな……」

「アシュ、もうすぐレストランに着くわよ?」

「だとしたら、あまり食べないようにな」

「ケチ!!」

「いや、そうじゃなくてだな……」


 もちろん俺はそのレイチェルが行く予定のレストランの事を、どうせそこでバカスカ食べるのだろうと言っているのだが、どうにもこのレイチェルは俺の言うことを聴かない。


「ね、ねアシュ」

「何だよ……」

「この服、どうかな?」

「どうもなにも……」


 可愛い事は可愛い。彼女の黒髪に白いワンピースが良く映え、それに加えて彼女がその身に付けているネックレスの赤が良いアクセントになっている。


「可愛いよ、レイチェル」

「へへっ……」

「服が」

「……もう!!」


 そのままレイチェルは自分が食べていた団子を一気に頬張りつつ、そのまま大通りの中で身体を一回転させてみせた。


「そんな事言うなら、アシュのその服センスが無いと言っちゃう!!」

「まあ、普段着だからな」

「折角のレストランだというのに、入れないかも」

「別に今日行くつもりはなかったよ……」

「はいはい、悪かったわね」


 そう俺はレイチェルと受け答えをしつつも、やはり何か妙な感じを彼女から感じてしまう。どこかよそよそしいというべきか……


「さ、レストランに着いたわよアシュ」

「へいへい……」

「ほら、もっとシャンとしなさいよ!!」

「全く、このお転婆僧侶は……」

「何か言ったー!?」

「何でもありません!!」




――――――




「はあ……」


 そのレストラン「居眠りドワーフ亭」は俺にとって居心地が悪かった。


「そんな服装で来るから、アシュ」

「来たくて来たわけじゃない!!」

「あ、そうだった」


 そう言いながらケラケラと笑い声を上げるレイチェル。その彼女はどうにかこのレストランの雰囲気に馴染んでいたが、俺の場合は所々汚れがある作業用の衣服であったが為に、店員から白い目で見られていたものだ。


「あのスパゲティ、美味しかったわ」

「清貧の題目はどうした、僧侶さんよ?」

「うっさいわね、アシュ……」


 正直、俺が店の食べ物の事についてイラついているのは、この俺が雰囲気的に全くの場違いであったが為に出された料理の味が解らなかった事もある、が。


「しかし、高い店だったな」


 結局は店の食事代を全て俺が払ったこと。それがそのまま「借金王」である俺の気分を重くさせている。


「借金持ちにたかるなんて、どういう神経だ……」

「ごちそうさま、アシュ」

「……フン」


 もしかすると彼女はとどのつまり、タダ飯を食べたかった為かも知れない。そう思うと俺の気持ちが何かささくれてくる。


「まあ、あたしは誰と来てもよかったんだけどね」


 その意味深なレイチェルの台詞、その後に何か無口になった彼女の事を気にしながらも、俺は口直しにそこらの屋台で売っていた飲み物を買い、そのまま俺はその紅いジュースにそっと口を付けた。


「あのね、アシュ」

「……何だよ、レイチェル?」

「あたしね」


 その時、教会の正午を知らせる鐘の音が鳴り、しばしのあいだ俺達の間に静寂が訪れる。


「結婚するんだ」


 鐘の音が終わった後の太陽はなおも高く、暖かな日光を俺達にと注ぐ。


「嫌な政略結婚なの」




――――――




「だから、誰でもよかったか……」


 俺には女心というものが全く解らぬ。政略結婚を行うまえに何か、いわゆる「デート」をしたかったのだろうと想像する事は出来るが。


「それでも、何で俺なんだよ……」


 確かに知らない仲ではない。だからといって男女の関係では勿論ない。その素振りもない。


「他に、相手がいなかったのかな?」


 確かに彼女は僧侶である。同じ教会には聖職者、堅物の男しかいなかったのかも知れないと俺は思う。


「……はあ」


 何か腑に落ちない気分になりながらも、俺はエリスの店先で鍜冶のスキルを振るっている。


 キィン……


――銀の鋲付き革鎧<良質>×2――


「……傭兵向けの鎧ではあるが、アンデッドと戦う聖職者向けでもあるか」


 だが、やはりあのレイチェルの事が気になって作業に上手く身が入らない。そんな事では鍜冶屋などやっていけないとは思うが。


「……」


 エリスの店に冒険者風の男女が入ってくる。雑貨屋である彼女の店は、その手の職業の人間には人気があるらしい。確か魔法の品も取り扱っていると、その当の本人であるエリスから聞いている。


「アシュ、いるか?」

「……?」


 その時この店先にバーン、馴染みの戦士である彼がその姿を表す。


「どうした、バーン?」

「いやなに、大した用ではないんだが」

「何だよ……?」

「レイチェルちゃんの事な」


 そう言って、バーンは何かその頭を掻きながら口ごもっていたが。


「ありがとうな」

「……」


 彼がレイチェルの事をどう思っているのかは解らない、彼女が政略結婚をする事を知っているのかどうかもしらない。そのまま俺が黙っていると彼バーンは。


「依頼があって、彼女に付き合えなかったんだ」


 と、何かを弁明するような言葉を口にした。


――アシュの借金、残り46000+2000(利子)――

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