第13話「特需」
「第二階層の浄化政策?」
「ええ、そう」
久しぶりに俺の様子を見に来たミネルバさん。簡素で飾り気のない衣服に身を包んだ彼女は、自らの亜麻色のロングヘアーをもてあそびながら、そう話を続ける。
「教会が主導で、あの地下監獄地帯のアンデッド達を一掃する計画のようね」
「そんな事をしても、迷宮変動で元に戻ったりしないか?」
「私もそう思うけど……」
――革鎧<上質>×1――
俺は自分用の革鎧を作りながら、そのミネルバさんの言葉に同意する。そんなに上手い話はないと思うが。
「でも、それはもしかすると表向きの話かもしれない」
「と、言うと?」
「アンデッドが落とす素材、治癒魔法の良い触媒になるし、錬金術ギルドにも高く売れるのよ」
「金儲けか」
あの強欲な寺ならばさもありなん。俺はそう胸の内で呟くと、そのまま小さく忍び笑いを漏らす。
「確か、外部の冒険者も募集しているという話だったな?」
「あら、あなた行くの?」
「どうしようかな……」
とは言うものの、アンデッドとは手強い相手だ、場合によっては通常の武器が通用せず、銀か魔法の武器でないと仕留められない相手も存在する。
「どっちにしろ、一人では到底無理だけどな」
「当たり前じゃない……」
「最近、エリスの店で俺の作った武具を取り扱ってくれてるし」
その彼女エリスに言わせれば、俺に武器を作らせた方が他の仕入れルートよりも安くつくとのこと。
「ま、しばらく様子をみるさ」
「借金、なるべく早く返してね」
「へっ、言ってろ」
ミネルバさんはそう最後にチクリと嫌みを言った後、軽く笑いながらエリスの店の前から立ち去っていく。
「はいはい、借金借金ね……」
「アシュ、話は終わったか?」
「なんだい、エリス?」
「会わせたい相手がいるんだが」
「相手……?」
エリス、エルフ族の魔法戦士である彼女はそう言うと、そのまま店の奥から二組の男女を俺に紹介する。
「紹介しよう、コリンズにメリアだ」
そのエリスの紹介と共にコリンズ、一見学者風の男が俺に頭を下げ、それに続いてメリアという女、恐らくは魔術師と思われる女が軽く会釈をしてみせた。
「コリンズは錬金術師を務めている」
「錬金術……」
その言葉を受けてコリンズとやらはその顔に笑みを浮かべ、その青髪の、小さな眼鏡を掛けているその男は。
「コリンズです、このエリスさんの店に出入りしております」
と、自分から軽い自己紹介を始めた。
「こっちのメリアは付与魔術師、道具に魔力を持たせる仕事をしている」
「よろしくね、アシュちゃん」
メリアという女、何か露出度が高いローブのような衣服を身に纏ってはいるが、どうやら歳の頃は俺よりも上であるようだ。俺が彼女を見つめ返す中、彼女はその豊かな黒髪を揺らしつつ、俺に対して艶然と微笑んでみせる。
「アシュ、実は教会から武具製作の依頼が来てな」
「依頼?」
「銀か魔法の武器、それを出来るだけ作って欲しいとの事だ」
「銀か魔法……」
「おおかた、例の第二階層浄化の為に使用するんだろうな」
そんなとこだろう、とは俺も思う。しかし銀はともかく魔法の武器は門外漢だ。俺はその意を彼女エリスに伝えると。
「その為のコリンズにメリアだ」
「なるほど」
「コリンズは錬金術で銀を作れるし、メリアは武具に魔力を与えられる」
「そして、俺が元となる武具を造り上げるという訳か」
「そういう事だ、アシュ」
あんた、エルフの癖になかなか商売上手だな、と俺の喉までその台詞が出かかったが、その言葉をスンと飲み込み俺は作業台の脇にと置いてあるソーダ水を自らの喉にと通す。
「どうする、アシュ?」
「ん?」
「このまま私たちと一緒にこの話に乗るか、それとも止めるか」
「ああ、別に考える事じゃない」
ソーダ水を飲み込んだ俺はそのまま、残りのワーグの皮を利用したブーツを作ろうとする。その為の素材を出しながら俺は。
「乗った、いい儲け話になりそうだ」
と、言いながら軽く微笑み、そのままブーツ作成の手順を開始する。
「アシュ、そのブーツをだけど」
「何だ、ええとメリア……」
「早速、魔力を与えてみない?」
「出来るのか?」
「魔術師レベル1の魔法なら、この場でも」
「へえ……」
だとすると、どんな魔法がいいだろうか。もちろんブーツは足に履く品物であるからにして。
「素早くなれる魔法、あるか?」
「韋駄天、そういう魔法があるわ」
「じゃあそれをお願いだ、メリア」
「任せて」
彼女メリアは髪をかきあげつつに軽く俺に対して頷き、そしてそのまま自身の懐から何か、小さな羽みたいな物を取り出す。恐らくは触媒だ。
「では……」
その俺の鍜冶、それをエリスもコリンズも、そしてメリアも興味深々といった風に眺めている。そのギャラリー達の視線を無視し、俺は意識を指先に集中させると。
ボゥム……
――革のブーツ<上質>×1――
まあ、上出来だ。それに慣れ始めた革製品の作成である。
「風のごとき羽よ……」
その出来立てホヤホヤのブーツにその指を触れさせながら、女魔術師メリアは何か呪文を唱え、そして彼女が一気に息を吐くと。
カァ!!
「おお……」
ブーツが微かに、淡く発光を始めて魔力が宿った事を知らせる。
――韋駄天のブーツ<上質>×1――
そのブーツに掛けられた魔力は、履いた人間の素早さを上げる魔法であるようだ。
「ん?」
一瞬、俺はなぜ見ただけでブーツの魔力が解るのか疑問に思ったが、恐らくはメリアから聞いていたからであろうと、自分を納得させた。
「あの、アシュさん」
「ん、何だコリンズ?」
「何か鉄のダガーでも、作ってくれませんか?」
「あ、ああ……」
そのまま俺は鉄のダガーを作成し、その短剣を作業台の上にと置く。出来は普通だ。
「では、錬金術魔法を掛けます」
「錬金術魔法、なるほど……」
丸眼鏡のコリンズのその言葉、それを聞いた俺は何かを納得して、そのまま彼の好きなようにやらせてみる。
「パニエ、チャア、ドルア……」
そのコリンズの術が唱えられると同時に鉄のダガーのその色が変化を始め、そのまま鈍い輝きを発するようになる。恐らくは銀を造ろうとしているのだ。
「便利なものだな、コリンズさん」
「そうでもないぞ、アシュ」
「何だ、エリス?」
「この金属変成の錬金術魔法はな、触媒として銀を使うのだ」
「何だよ、それじゃ意味がないだろうが?」
「だが、あらかじめ出来ている品を変えるときは、こっちの方が便利な場合がある」
そうこうしている内に先程俺が作ったダガーは鈍い銀となり、その脇でコリンズさんは偉そうにその腕を組んでいる。
「銀メッキのダガー、一丁上がりです」
「何だぁ……」
「何か、アシュさん?」
「銀無垢じゃないのか……」
「そうだったら、ギルドが黙っていないでしょうに」
――――――
「アシュ、いる?」
「……なんだよ?」
泊まっている宿で朝飯を食べて、いざこのエリスの店で鍜冶を行おうとしたとき、どこか能天気な声でレイチェル、いつものかしましい僧侶がこの店にやって来た。
「何か用か、今俺は忙がしいんだ」
「あ、何か冷たい」
「当たり前だろう……」
正直、俺はこのレイチェルという娘をあまり相手にしたくない。特に険悪な仲という訳ではないが、どうも話が上手く噛み合わない。
「用が無いなら、帰った帰った……」
「ねえ……」
「だから、何だよ?」
「少し、あたしの買い物に付き合ってくれない?」
「はあ……?」
そのレイチェルの言葉に思わずすっとんきょうな声が出てしまう俺。その俺の声に店前を歩いていた若い男が、何事かと俺の方をジロジロと見ている。
「買い物、何を買うんだ?」
「何でもいいじゃない、アシュ」
「あのな……」
「付き合ってくれないなら、あたし泣いちゃう」
「おい……」
その言葉の通り、何か本当にその顔色を変えて見せるレイチェル。嫌な気配を感じながらも俺はそのまま。
「止めてくれよ……?」
「うぇーん、この人があたしのお尻を!!」
「だから、止めてくれ……」
レイチェルのその「泣き声」を聞き付けたのか、店の中にいたエリスとコリンズがその顔を出し。
「おいアシュ、営業妨害は止めてくれ……」
「アシュさん、あなたという人は……」
と、何も事情を知らずに俺の顔を見て、責めるような声を上げた。
「酷いよ、アシュ……」
「解った、解ったからレイチェル……」
「付き合ってくれる?」
「えーと」
その中途半端な俺の言葉、それを聴いたレイチェルは軽く舌打ちをしながら、またしても。
「この人、チカンなんですー!!」
「あっ、わわっ……!!」
突然の大声、それを辺りに張り上げたが為に、俺は彼女の前に立って必死になだめるように己の両手を振ってみせる。
「解った、どこに行けばいい?」
「レストラン」
「あんまり高い所には行かないぞ?」
「いいよ、バーンよりはよほどまし」
「バーン?」
「何でもない、こっちの話」
何か、どこか煮え切らないレイチェル。その彼女の態度に疑問を覚えながらも、俺はそのまま自分の服の汚れをパタパタと落としてみせる。
「このレイチェル、何気に良い服を着ているからな……」
白のワンピースに紅い宝石が付いたネックレスという彼女の出で立ち、それこそまるで誰かをデートにでも誘うかのような姿格好であるが。
「俺達は、そんな関係ではない……」
事に疑問を覚えながらも、俺は歩き出したレイチェルの後をスッと追いかける。
――アシュの借金、残り45000+2000(利子)――
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