第12話「依頼その次」
「ではアシュさん、お早めに利子をお願いします」
「……ああ、はいはい」
「また、お死なないように」
このメイギンとか言う王国お役人、丸眼鏡を掛けたガリ細の身体をした男については、俺の目から見て嫌みを言うためにここに来たのかと疑ってしまう。
「災難だったな、兄ちゃん?」
「ふん……」
だが、俺が借金を背負っている冒険者であるミネルバさん、彼女の親父さんであるこの男にこう言われても、まさしく俺は皮肉を言っているとしか受け取れない。もしかすると少し俺はやさぐれてるのかも知れないが。
「あんたの娘さんは元気かい、おっさん?」
「元気だよ、ミネルバは」
俺は彼の言葉を聞きながら作業を再開し、購入した木材を使いつつ槍を作成しようとする。その間にもこの武具屋店主である親父さんとの世間話には、一応付き合っている。
「この前、仲間と一緒に第五階層に行ったとか言っていたな」
「第五階層、確かこの街の冒険者が行ける最大の階層だな、親父さん?」
「やはり、アイツは魔王の首でも狙っているのかね……」
パシュ……!!
――手槍<普通>×2――
「俺は、そんな危ない稼業は止めろと言っているがね」
「ミネルバさんは名だたる冒険者だろ、言っても無駄だと思う」
「まあねえ……」
「親父さんは、自分の娘が魔王討伐のヒーローとなって嬉しいか?」
「うーん、なんとも言えないな」
俺は出来上がった槍をその目で見つめながら、この城塞都市タイデルの地下にと住まう魔王とやらを想像する。別に俺のような見習い冒険者があれこれ言っても仕方がないが、少しは気になってしまうのだ。
「魔王を倒した暁に王様から貰える褒賞金は、莫大な金額だがね」
「俺の借金も返せるか?」
「まあな、アシュ」
「ハハッ……」
その魔王とやらがこの街や王様に対して何をしたかは知らない。まあその魔王討伐の「お陰」でこの城塞都市タイデルは冒険者が増え、景気がよくなったとは聞いている。
「さて……」
シュア……
――ロングスピア<低質>×2――
立て続けに槍を作る俺。訓練所と協定を結んでいる冒険者の店からの依頼という事もあるが、今後の為に「木工」のスキルを習得したいのだ。作れる武器のバリエーションを増やしたい。
「やっぱり、時代はスキルかねぇ……」
そう俺の隣でぼやく親父さんに、俺は何を今さらと尋ねたい気分になってしまう。が、特に口に出して何も言わずに、そのまま手持ちの素材を使って槍作りに精を出す。
「木工スキルがないと槍や斧、それに杖を作るときに不安定だからな」
杖はともかく、部分的に木材を使用している斧などは木工のスキルが無くても何とか出来る。ただ、出来上がりの品質が安定しないのだ。
バァ……
「おっ、手が熱い……」
さてはスキルカウンターが反応しているな、そう思った俺はそのまま作り上げた槍をジロジロとその目で見つめた。
――短槍<上質>×1――
「なあ、親父さん」
「なんだ、アシュ?」
「この店、少し綺麗になったな?」
「まぁな……」
そう言葉を溢しながら親父は腕捲りをしてみせ、そのまま掃除をしているジェスチャーを始める。俺はその親父さんの様子をみながら、軽く自らの両肩を竦めてみせる。
「アイツ、ミネルバに笑われるからな」
「商売する気になったか……」
「一からのスキルだ、覚えたてだ」
親父さんはそう言いながら軽く乾いた笑みを浮かべる。昔堅気の職人にとって、スキルというものは慣れない品物なのだろう。
――――――
「アシュさんはいるかい?」
「俺がそのアシュだ」
「ああ……!!」
エルフの女魔法戦士エリスの店で品出しの手伝いをしている俺。そのまま俺はちょっとした給料目当てのその仕事を中断し、やたらと図体の大きいスキンヘッドの男、彼から掛けられた声に軽く頷いてみせる。
「丁度いい、少し依頼があってな」
「依頼?」
「ああ、あんたの鍛冶屋としてのだ」
「失礼だが、誰から聞いたんだ?」
「エルバードさん、知っているか?」
もちろんその老魔術師の名前を俺は知っている。あまり親しい仲ではないが。
「アシュさん、質の良いグレートソードを作ってくんねえかな?」
「グレートソード、大剣か」
「頼むよ、あちこちの店を巡っているが、最近店の店頭に並んでいないんだ」
「なるほど……」
グレートソード、両手持ちの大剣は少し作るのに手間が掛かる品物だ。素材を沢山使うのもそうであるが、やはり普通の剣と比べると難易度が高い。
「ふーむ……」
結局この前の遺跡で俺が手に入れた収入は剣の破片などの素材のみ。魔法の剣は最後までゴネたゴールドさんの物となってしまったし、その魔法の剣と一緒にあった宝石は大した値段は付かなかった。質の良くないエメラルドだったのだ。
「依頼金は1000、期限は明後日までだ」
「よし、引き受けた」
「そうか、やってくれるかアシュさん」
まあ、どちらにしろ借金を返す為に仕事を選り好みしていられる身分ではない。そのままスキンヘッドの男と約束を交わした俺は、店の奥で整理整頓を行っているエリスに声を掛ける。
「おーい、エリス!!」
「片づけは終わったのか、アシュ?」
「終わった終わった、それで店先を少し使っていいか!?」
「汚すなよ、アシュ」
「おう!!」
すっかりこの店の馴染みとなってしまった俺、そのまま俺は彼女の好意に甘えて、店先の作業台を借りる事にする。
「さて……」
やけにひんやりした夕方の空気が俺の肌に刺さる。俺は素材を作業台の前に「開け」さすと、必要と思われる素材を選択した。
――折れた剣<低質>×4――
――ワーグのなめし皮<普通>×2――
――革ひも<低質>×4――
素材の質が悪い事が気になる。だが、どちらにしろやってみて、それから失敗したら考えれば済む事だ。
「では……」
俺は作業台の前で意識を集中させ、そのままスキル「鍜冶D」と「金属D」を発動させる。涼やかな空気の中、軽い汗が俺の頬を軽く掠める。
ボウゥ……
「やったか?」
――グレートソード<普通>×1――
「……」
依頼人は「質の良い」グレートソードと言った、これではあの依頼人の不興を買う事だろう。
「……そうだな」
やはり、質のよい素材が必要だ。そう思った俺は作業台の上を片付け、馴染みの訓練所に向かおうとする。
「あそこならば、良い廃材が手に入るかもしれないからな……」
――――――
「悪いですね、今日はあんまりその手の素材がなくて」
「そうか……」
そう、申し訳無さそうに俺にと謝る訓練所姉ちゃん。夜もすでに深く、この訓練所には知り合いの人があまりいない。
「アシュではないか?」
「ああ……」
いや、一人知り合いが訓練所にいた。あのスキンヘッドの男に俺を紹介してくれた老魔術師「エルバード」だ。
「俺に客を紹介してくれてありがとうな、エルバードのじいさん」
「いやいや、なになに……」
エルバードは俺の礼にその皺だらけの顔を綻ばせながら、軽く自分の被っていたとんがり帽子に手を置いた。その後に。
「ワシも紹介料をもらったからの」
「なーんだ」
「ホッホッホッ」
と、この老魔術師はまるでフクロウのような笑い声を上げる。
「で、依頼の様子はどうじゃ?」
「うーん、何とも言えないな」
「そうか」
「まあ、やるだけやってみるさ」
「がんばれよ、アシュ」
「おう」
そのままエルバードじいさんは訓練所から夜の街路へと出ていき、結局この場所には俺と訓練所姉ちゃんだけが残った。
「あの、アシュさん」
「何だ、姉ちゃん?」
「鍜冶スキルの分解って知ってますか?」
「分解?」
「ええ」
そう俺に語りかけながら、訓練所姉ちゃんは俺の腕にとはめてあるスキルカウンターを軽く指差す。
「鍜冶の逆です、完成品から素材を取り出すというもの」
「なるほど……」
だからといって、なぜ彼女が今その話をし出したのか俺には解らない。手持ちに不要な完成品などはない。
「生憎、今は完成品がないんだ」
「一つ、こちらでご用意出来ますよ」
「本当か、姉ちゃん?」
「幾らかのお金は頂きますが、アシュさん」
「なるほど……」
「こちらになります、アシュさん」
――鉄の長剣<上質>×2――
――鉄のバックラー<普通>×2――
――鋼の短剣<低質>×3――
その訓練所姉ちゃんから差し出された素材リストを見つめながら、俺は頭の中で自分の行う鍜冶について計算する。
「必要なのは上質以上のグレートソードだ、いくら鋼だといっても低質では二の舞になる……」
俺は暫しのあいだ、造り上げる剣の事について考えていたが、結局。
「……そうだな、鉄の長剣を2本とバックラーを2つくれ」
「大丈夫ですか?」
「そっちが言い出した事だろうに……」
「まあ、そうですけど」
その俺の返事に訓練所姉ちゃんはその肩を竦め、そのまま受付から奥の部屋にと入ってゆく。しばしの時が過ぎた後。
「お、重い……」
その彼女は危なっかしくふらつきながら鞘に入った剣、そして小盾を持ってきた。
「ふう、重かった……」
「これ、全部でいくらだ?」
「しめて、1000程でいいですよ」
「1000かよ……」
それでは依頼人が払ってくれる金額と同じ支出になる。俺はなんとか値引きしてくれるようにと、姉ちゃんに相談を持ち掛けたが。
「限界は銀貨800ですね、それ以上は無理」
だということで、結局俺はその値段で剣等を買い取ってしまった。
「……ふう」
もうすでに夜は遅く、眠気が俺を襲う。作業に入るのは明日で良いだろう。
――――――
「……よし、分解成功!!」
――鉄のインゴット<良質>×4――
――鉄片<良質>×3――
――革ひも<特上>×4――
「ほう、やるではないか」
「へへっ、イレギュラーが出たな……」
「見事だ」
その彼女エリスの言葉には嫌みはない。太陽の元で俺は得意気にその鼻をピクリと動かし、そしていよいよ本命のグレートソード製作に着手する。
「何かさっき、スキルが上がったような感覚があったからな、よしよし」
幸先がいい、俺はこの勢いを生かして早速グレートソードを製作する。
「いざ!!」
ボゥウ……!!
――グレートソード<特上>×2――
この内一本は後で売る算段を考えよう。ともかく今はこのツヤツヤと光るグレートソードを依頼人に渡すのみだ。
「アシュ」
「何だ、エリス?」
「どうやら、お前のスキルが上がったようだな」
「ああ、解るとか言っていたな、お前は」
「鍜冶C、金属C、革細工C、木工E」
「フフン……」
――アシュの借金、残り45000+2000(利子)――
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