第11話「レイチェルからの依頼(後編)」

 またしても次の先手はエリスであった。身のこなしが素早いのであろう。


「はぁ!!」


 だが、その彼女の一撃はオークの斧によって防がれ、そのまま何か嫌な音がする。それに続いてバーンもオークにと剣を振るったが、その彼の青銅剣もまた、オークの盾によって押し返され。


 ガッ、キィ!!


 エリスの受けたそれに勝るとも劣らない不気味な音、それが彼バーンの剣の根元から強く響いた。


「剣が!!」


 だが、そのバーンの動揺にも構わずオークの内一匹が彼にと攻撃を加える。その斧による強打を再び剣で防いだバーンではあるが。


 キィン!!


「くそ!!」

「バーン!!」


 そのまま彼の青銅剣は折れ、バーンには攻撃手段が無くなってしまう。そのバーンに追撃を加えるかのような、後列からのオーガによる投石。


 ドフゥ!!


 その石が戦士バーンの持っている盾にと当たり、何かその革の盾が大きくへこみを見せる。


「火炎よ!!」


 エルバードじいさんが触媒である硫黄を使って放った炎の矢、それはオーガの頭にと命中し、そのままオーガは頭にとまとわりつく炎によって苦悶の呻き声を上げた。


「ゴールドさん、オーガを!!」


 だがその俺の声をゴールド、ドワーフのシーフは無視し、そのままクロスボウによる一撃を未だ行動が終わっていないオークにと向けて放つ。


「なぜ、ゴールドさん!?」

「ドワーフにはドワーフの戦いがある」

「くそ!!」


 続けて放たれる残りのオークからの一撃、その肩にゴールドからの矢が刺さったままであるオークはそのまま、小癪なゴールドにと斧を投げ付けた。


「……ちっ!!」


 その斧をドワーフはクロスボウの台の部分で振り落とした。恐らくは彼のクロスボウ・ランクはかなり高いのだろう。通常ならば飛び道具の技能で攻撃を防ぐことなどは出来ないはずだ。訓練所で俺はそう習っている。


「アシュ!!」

「バーン!!」

「何か武器を造ってくれ!!」

「そ、そうか!!」


 つまり即席鍜冶で剣を作れという事なのであろう。素材を急いで取り出す俺の傍らでレイチェルが何か魔法を唱えている。即座に効果を表さない所を見ると、準備時間がある魔法なのかもしれないと俺は思う。


 カラァ、ン……


 三回目の鐘の音、今度の先手はやはりエリスだ。そのまま彼女は懐から羊の毛のような物を取りだし、大きな声で呪文を放とうとする。


 バァ!!


 その呪文、エルバードじいさんが掛けようとした「眠り」と同じだと思われる呪文は効果を発揮し、後列のオーガが大きな音を立てて地面にと倒れ伏した。その光景を見つめながら俺は。


――青銅の剣(低質)×1――


 即席鍜冶で剣を産み出し、それを前にと立つバーンに手渡す。そのまま彼は出来上がった剣を振るってオークに飛び掛かった。


「剣Dスキル、連続切り!!」


 立て続けに振るわれるバーンの剣、またしてもその剣から何か嫌な音が聴こえてきたが、そのバーンの剣による連撃はオークの斧をはね飛ばし。


 バシャア!!


「よし!!」


 そのままその相手オークにと致命傷を与える。その直後にゴールドさんが先程自分で手傷を負わせたオーク、それに対してクロスボウによる追撃を行った。


「……」


 その様子を見ていたレイチェルは、どうやら己が掛けようとしていた魔法を取り止める事を決めたようだ。使用回数の問題か、あるいは貴重な素材を使う事を惜しんだのか、もしかすると両方かもしれない。


 ダァ!!


 ゴールドさんに斧を投げつけて、持ち武器が無くなったオークはそのまま俺達に背を向けて逃げ去ろうとする。エルバードさんはそのオークを追撃しようかどうか悩んだみたいであったが、結局見逃すことにしたようだ。魔法の無駄遣いを避けたのかもしれない、が。


 シュウ……!!


 だが、その背を向けたオーク、彼に対して放ったゴールドのクロスボウの矢が音もなく、静かにそのオークの背にと滑り込んだ。




――――――




 眠ったままのオーガに対して、バーンとエリスが協力して剣を叩き込んで息の根を止める光景を見つめながら、俺はオークが落とした宝箱を、盗賊であるゴールドさんが慎重な手つきで開ける姿を見つめている。


「……毒針の罠だ」

「そうなの、ゴールドさん?」

「ああ、娘っこ」

「ムッ……」


 ゴールドさんに娘っこ呼ばわりされてレイチェルは何かむっとしたようであるが、そのまま彼女は気持ちを抑えて宝箱と格闘をしている彼ゴールドの元から半歩引く。


「おーい、アシュ」


 バーンの壊れかけの盾、それを素材を使って直していた俺の元に、やや離れた場所からバーンの声が疾る。ドロップの話かもしれない。


――折れた斧<劣悪>×2――

――汚れた腰布<劣悪>×1――


 それがオークから手に入れた素材の全てだ。そのうち腰布を使ってバーンの盾を修理しようとしていた俺であるが、その修理を取り止めて、生命循環の為に身体が消え掛かっているオーガの元へと走る。


「オーガか……」


 こんな奴に俺は殺され、そして莫大な借金を背負う羽目になったのか。そう思うと何かやりきれない気持ちになってしまう。


――壊れた両手斧<普通>×1――


 結局このオーガが後列にいたが為に使う事がなかった武器、それの残骸を納めながら、俺はそのまま盾の修理にと戻る。


「魔法の素材がないのよね……」

「……よし、開いたぞ」


 レイチェルのそのぼやきは魔法使いではない俺には理解出来ない品物であるが、それよりも俺はゴールドさんの言葉にその注意を払う。


「何があった、ゴールドさん?」


 バーンはそのままゴールドが開けた宝箱の中身を覗き込み、そして軽い喝采の声を上げる。


「輝く剣、魔法の武器か?」

「……そのようだな」

「やったな!!」


 そのバーンの声に釣られて俺も宝箱の中を覗き混む。確かにその中には鞘に納められた一振りの剣、そして他に幾ばくかの宝石が転がっていた。


「この剣はワシが頂くことにする」

「……おい、ゴールドさん!!」

「ワシが宝箱を開けたのだ、何か不満か若造?」

「そりゃ……」


 思いもがけないゴールドの自己中心的な台詞、それには俺もレイチェルもその眉を軽くしかめて見せる。


「……やはり、所詮はドワーフだな」

「……」

 

 そのエリスの皮肉にもこのドワーフは眉一つ動かさない。その場に微かな緊張の色が疾った。


「……ワシこそも相応しいぞ?」

「ま、まあそんなことよりも!!」


 何かエルバードじいさんがぽそりと言ったその言葉、それは皆無視し続けて放たれたレイチェルの明るい声の方に俺たちは注意を向ける。


「あとで話せばいいし、ね?」

「……ふん」


 そのレイチェルの台詞にエリスは不承不承といった風にその鼻を鳴らし、そのまま何気なく自身の剣、レイピアの様子を確かめようとした。


「……まあ、いいさ」


 どうせあまりパーティーの連携が取れていないパーティーだ、いちいち小ささ事に目くじらを立てる事でもあるまい。


――剣?×1――

――宝石?×4――




――――――




「あたしの父さんはね」


 風が強く吹く崖、迷宮から抜け出した俺達を待っていたのは、外界の空気が循環する広い丘。後ろの絶壁から張り出した部分が何処からともなく吹いてくる風に大きく煽られる。


「法王庁の司教だったんだ」

「その司教さんの墓が」


 丘の上に立つのは小さな墓、薄汚れた墓石がレイチェルのその手によって、つい先ほど軽く洗われた。


「なんでこんな所に?」

「失礼ね、バーン」

「いや、マジな話で」

「汚職よ」

「汚職?」

「法王庁にいられなくなった」


 だが、俺の目から見てこのレイチェルは墓参りにしては様子がおかしい。何か墓石に描かれている文字を、手持ちの羊皮紙にと書き写している様子だ。


「そのため、お墓も父さんが死んだ場所にしか立てる事を許されなかったのよ」

「変な話だな……」


 そのエルバードじいさんの疑問はもっともだか、俺にしてみればあまり深入りしない方がいい気がする。もしかするとこの場にいる全員がそう思っているのかも。


「さ、これで終わったわ」

「何を書いていたんだ、レイチェル?」

「なんでも良いじゃない、アシュ」

「ふん……」


 ともかく、これでこの依頼は終わりだ。後は帰り道で魔物に出会わないように祈るのみ。


「あのオーガ達の他にも、ジャイアントアント達とも会ってしまったしな」


 ジャイアントアント、巨大蟻にはエリスのレイピアやゴールドのクロスボウは全く通用せず、結局はまたしてもエルバードじいさんやエリスが放った「眠り」の魔法によって退ける事に成功したのだ。ゴールドさんが言うには、最近この遺跡に出てくる魔物達の強さが上がっているという。


――アリの外骨格<低質>×2――

――アリの肉<普通>×1――

――アリの卵<低質>×1――


 これらの品は魔法の触媒となったり、食料として売れるのだと、エリスは話していた。



――アシュの借金、残り45000+2000<利子>――

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