第10話「レイチェルからの依頼(中編)」

「まあ、あのレイチェルの墓参りを中断する羽目になったのは、俺の責任という面もあるけどな」

「……」


 しかし、その俺が溢した台詞にもこの無口なドワーフ、ゴールドさんは何も答えない。


「ともあれ結局の所、報酬に釣られたってのもあるけど、さ」


 彼はそういうものだろう、と俺は思う。もともとドワーフというものは無口で頑固ているとは風の噂で聴いている。


「所でゴールドさん、あんたのクラスは」

「……」

「ほ、ほらクラス、職業……」

「……盗賊(シーフ)」


 ただ、訓練所姉ちゃんから聴いているのは、このドワーフもレイチェルの依頼を受けた動機は金であるということ。それ自体は別におかしい事でも何でもない。


「ぺちゃくちゃ喋るな、アシュ」

「あ、ああすまない……」


 もちろん、それは俺も同じであるし隣で歩んでいるこのエルフ、魔法戦士であるエリスもまた金が目的でレイチェルに雇われているのだという。


「ドワーフなどは置いていけ、時間に遅れる」

「いや、彼と歩く速さを一緒にしていたわけではなくてな……」

「全く……」


 そのまま、曇天の空のもとで人手の少ない街路を進んでいくエリス、彼女は訓練所から出た時からずっと、機嫌が良かった事はない。


「……エルフめ」


 そのドワーフさん「ゴールド」の吐いた言葉を俺は無視し、そのままさりげなく彼が歩く速さを促してやる俺。だがエリスにとってはその俺の仕草も何か気に障る様子だ。


「だから、ドワーフなどは放っておけ!!」

「……うるさいぞ、ネズミが」

「……聞き捨てならないな、ドワーフ」


 またしても、訓練所を出てから何回も険悪な雰囲気になるこの二人、俺は自身の赤い髪に指を差し込みながら、この二人をどうにか仲裁しようと言葉を尽くす。


「……まあ、どっちにしろ」


 冒険者達のキャンプ、カルマン遺跡第二野営地に着くまでの辛抱だ。


「ドワーフとエルフは仲が悪い、か」


 そこに着けばレイチェル達もいる。自然に距離も置くようになるだろう。今はただ三人しかいない為に互いに意識をし会うだけで。


「……それに俺も」


 別に特段この二人それぞれと詳しい仲という訳ではない。ここで二人の仲裁をするのは余計な労力かもしれない。




――――――




「おう、来たかアシュ」


 その野営地のテントの内一つに来た俺の姿を見て、バーンはその若々しい顔を綻ばせる。野営地を覆う雲はますます厚く、今にも雨が降ってきそうだ。


「レイチェル、この手紙を」

「手紙、何よそれはアシュ?」

「訓練所から、このドワーフとエルフに関する紹介状らしい」

「紹介状ねえ……」


 そのまま俺の手から手紙を受け取ったレイチェルは、しばしの間無言で手紙の内容をその目で追ったが、ややあって。


「よろしくね、ゴールドさん」

「……」

「えっと……」


 ゴールドとエリス、この二人に対して自己紹介を始める。その姿を見ていた俺に、青いローブをその身に纏ったランバードじいさんが静かに近寄り、俺の耳にそっと何かを囁く。


「なあ、アシュ」

「何だよ、じいさん?」

「このパーティー、どう思う?」

「どうって……」


 どうもなにも、ほとんどの者達が初対面だ。戦いで素人の俺が言うのは何だが、チームワークというものは無いであろう。


「あー、おほん」


 それまでゴールドとエリス、特にエリスの事をじろじろと眺めていたバーンがその顔を上げ、わざとらしい咳払いをした後、その口からやや無意味に明るい口調で言葉を発する。


「特に確認事項がなければ、正午の鐘の音が聴こえた直後に迷宮にと突入するが?」

「それでいいんじゃないか、人間の戦士よ」

「あー、おれはバーン」

「そうか、バーンよ」


 そのエリスの声に軽くバーンは顔をしかめたが、そのまま何事も無かったかのように己の装備の点検を始める。俺が作った青銅の剣の確認だ。


「……ねえ、アシュ」

「ん、何だレイチェル?」


 天の雲は一層厚く、何やら野営地に涼やかな風が吹いてきた。革鎧に身を包んでいる俺はその風に身を縮こませながら、レイチェルのささやくような言葉を待つ。


「……ありがとう」

「えっ?」


 だが、それっきりレイチェルは何も言わず、そのまま自身が身に纏っている神官衣を軽くその手でなぞった。どうやら彼女はその服の下には革鎧を纏っているようだ。


「なあ、アシュ」

「今度はお前か、バーン?」

「いやなに……」


 装備の点検が終ったらしいバーン、彼は己の頭に革兜をくくりつけながら俺にと近づき。


「レイチェルちゃん、お前の事が気になっているみたいだぜ?」

「はい?」

「へへっ……」


 と、からかいの色を含んだ声をもって俺に囁いた。


「何だよ……?」


 風はなお冷たく。俺の肌を鎧越しに差す。




――――――




 確かにこの第一階層は、以前来たときとは造りが違う。構造の変換がされているのだろう。


「今度は死なないようにね、アシュ」

「解っているよ、レイチェル……」


 今回のリーダーはこのパーティーの雇い主でもあるレイチェルだ。他に適任者もおらず、バーンにしてもエルバードじいさんにしてもパーティーを指揮した事はないという。


「俺はもちろん、ゴールドさんやエリスも部外者だしな」


 パーティーの隊列は以下の通り。戦士バーンと魔法戦士エリス、そして盗賊であるゴールドさんが前列で。


「俺はまともに戦えないから、後列か」


 僧侶レイチェル、そして老魔術師エルバードさんが後列だ。本来ならば僧侶もある程度は戦闘能力があるらしいが、このパーティーではゴールドさんが頭一つ抜けて実力がある上にレイチェルは戦いには自信がないという。


「単身でこの迷宮の素材集めが出来る程だしな、ゴールドさんは」


 しかし、だとすると本当に俺は、いや鍛冶屋というクラスには戦闘能力が無い。なぜその俺をレイチェルもバーンも、パーティーのメンバーとして誘ったのかは解らない。


「一応、武具の修復や即席鍜冶のスキルはあるけどな」


 鍛冶屋ももっと鍜冶のスキルが上がれば、鑑定等の能力が身に付くらしいが、今の俺にはそこまでの力はない。


「ま、やるだけやってみるさ」


 遺跡の中は以前と同じく淡い陽光に満たされ、その天井の隙間から差し込む太陽の光、それによってぼんやりと空間の中に埃と塵が乱舞する。


「ねえ、エリスさん」

「……」

「何で、あんたは魔法戦士になれたんだい?」


 隣で歩いているという事もあってか、さっきからやたらとバーンがエリスに声を掛けている。エリスは明らかに迷惑そうな素振りを見せているがバーンは全く気にしない。やはりこの男は女好きなのかもしれないと俺は思う。


「えーと、ここを真っ直ぐ行って……」


 レイチェルのその手に持つ地図、恐らくはミネルバさんの持っていた地図と同一の物であると思われるその地図はちゃんと彼女の父親が眠る墓へとやらを指し示しているようだ。そのレイチェルの足取りには迷いがない。


「しかし、ここは懐かしいのう……」

「エルバードさん、あんたはここに来た事があるのかい?」

「そうだともよ、アシュ」

「やっぱり、ここへの目的はお金か?」

「歳を取ると、生活が厳しくてな……」

「ふむぅ……」

「若い頃に取った杵柄というものじゃよ、アシュさんや」


 俺達が何気ない話をしている最中もゴールド、このドワーフだけは周辺への警戒を怠らない様子だ。そのまま彼はその髭に包まれた顔を辺りへと巡らせ。


「……まて」


 一人、静かにその歩を止める。


「どうした、ゴールドさんよ?」

「……物音がする」

「物音?」


 そのゴールドの返事を聞いたバーン、彼もそのまま首を廻して辺りの様子を探ろうとするが、ゴールドとは違い革兜に覆われたその耳では小さな物音は聴こえない。


「来るぞ……!!」


 カラァ、ン……


 その時には俺にもその姿が見えた。何処からともなく鳴り響いてきた鐘の音と共に聞こえてきたのは、地面を踏み鳴らすような複数の足音。


「オークだ!!」


 そのバーンの声と共に、通路の奥が三匹のオーク。豚の顔に脂肪質な体躯をもった異形の魔物。その手に斧と盾を持っているオークの背後には、何やら一際大きな影。


「あれは、オーガかしら?」


 レイチェルがぽつりと溢したその言葉。それに対して俺は背筋に冷たいものが疾ったが、その雑念を無視して対峙している魔物達の方へと意識を集中させる。


「はぁ!!」


 まずは先手はエリスからだ。彼女のレイピアによる一撃は相手オークの防御を掻い潜り、そのまま魔物の肩にと深い傷を与えた。


「続いて!!」


 オーク達が上げる怒りの声、それを無視してバーンが放った剣による攻撃、しかしそれはオークの盾によって弾かれてしまい無効化される。そのまま続いて、バーンの隣に立つゴールドのクロスボウから勢いよく矢が発射される。その矢は見事にその矢はオークの内一匹の頭を貫く。


――ウォウア!!――


 そのまま怒り狂ったオーク達による攻撃、奴等はエリスを優先して狙い、その太い斧による斬撃が彼女を襲う。その斧による攻撃の内一つは彼女のレイピアによって弾かれたが、もう片方の斧は彼女エリスの左足を捉え、たまらずエリスはそのまま方膝を地面の石畳へと着く。


「エリスさん!!」


 それを見かねたレイチェルは己れの腰から何か肉片だか骨のような物を取り出しつつ、治癒の魔法を彼女エリスに掛けようとした様子だ。その彼女の隣では俺が敵後列にいる巨大な人影に対してスリングを射出する。勢いをつけて射出されたその石くれは影に当たった様子ではあるが、相手の正体が判別していないせいか、相手の損害状況はよく解らない。


「眠りをもたらす霧よ!!」


 その隙に老魔術師エルバードが何やら魔法を唱えたようである。彼のその手に見える羊だか何だかの毛を横目で見ながら俺はその魔法が効く事を願っていた。が。


「……だめだ!!」


 どうやらランバードじいさんの魔法は不発に終わったようだ。その魔法に呼応するように巨大な人影が吠え、そのまま影は付近の瓦礫を使って俺達に遠隔攻撃をしかけてくる。が、その標的となったバーンは身軽に己れの盾を使って石くれを防ぎ、そのままオークと謎の影に警戒を続ける。


 カォン、カァ……


 再度聴こえた鐘の音。その音色と同時に巨大な人影がその姿を表す。


「オーガじゃ!!」

「やはりな……」


 俺にとっては忌まわしい相手。食人鬼との異名を誇り、その筋肉質な体躯から繰り出される攻撃の重さは天下一品、この迷宮上級者でもそれなりの警戒をする相手だ。


「何とか後列にいる間にオーガは倒したいけど……」


 そのレイチェルの呟き、それにこのパーティー唯一のまともな遠隔攻撃が出来るゴールドさんが答えてくれればいいが。



――アシュの借金、残り47000――

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