第9話「レイチェルからの依頼(前編)」

 ボフゥ……!!


――青銅の剣(普通)×1――

――鋲打ち革鎧(普通)×3――


「よしよし……」


 最近俺は調子が良い。ゴールドというドワーフから受け取った素材は質と量ともどもになかなかの物であったし、鍜冶スキルに続いて「革細工」もDランクにと上がったようだ。


「この内、鋲打ち革鎧の二着は訓練所に渡してっと……」


 今日も今日とてあのエリス、話してみるとなかなか気の良いエルフの店で、俺はコツコツと鍜冶に精をだしている。


「で、あと残る素材はっと……」


――ワーグのなめし皮(普通)×4――

――ワーグの毛皮(普通)×4――

――折れた剣(低質)×4――

――壊れたメイス(低質)×2――

――安物の聖印(普通)×2――

――古びたローブ(劣悪)×2――


 ワーグというのは、ゴブリンが使役している狼に似た獣の事だ、本物の狼よりも体格が大きく、そして狂暴かつ貪欲であるらしい。


「……このメイス、もしかして道を踏み外した僧侶からぶんどったのかな?」


 遺跡の生命循環に飲み込まれてしまった人間というのは聴いた事がある。そうなってしまった場合、すでに心はモンスターのそれになってしまっているとの事。


「まあ、いい……」


 燦然と輝く太陽。熱くなってきたこの季節の太陽の光の中に、魔法戦士エリスが経営している雑貨店の前にと並べてある、あの素材集め専門のドワーフ「ゴールド」から受け取ったその品が所狭しと並ぶ。


「あと、残りは……」


 今まででバーン、あの青年戦士に渡す品は剣と鎧、そして盾が出来上がっている。彼の仲間の魔術師にも渡す品があるが、その品であるダガーはすでに完成している。


「よし、後は兜とブーツ、そして盾だ!!」


 そのまま俺は気合いを入れて残りの防具を作ろうとする。額に流れる汗を拭って、作業に取りかかろうとしたその時。


 スゥ……


「おーい、アシュ!!」

「……この声は」


 裏通りの路地からやってきた一人の少女、黒い髪をなびかせたその少女レイチェルは、そのままバタバタと俺の方向にと走り寄ってくる。


「元気か、借金王?」

「何だよ、レイチェル……?」

「元気かって?」

「何しに来たんだ、お前は?」

「別にぃ」


 そう言ってレイチェルは、その腰から一枚の紙切れをヒラヒラとさせながら俺の顔を見てニヤリと笑う。


「訓練所のお姉さんに聴いて、あんたがここにいるって」

「今、俺は忙しいの……」

「せっかく依頼を持ってきたのに」

「依頼だって?」

「そっ!!」


 そのままレイチェルは身にまとっている、赤いワンピースをヒラヒラとさせながら俺にその顔を近づける。近づいた彼女のその身体からは微かにバニラの香りがした。


「あの、あたしの墓参りの事だけど」

「あ、ああ……」

「誰かさんのせいで出来なくなっちゃったから、また行かないなって」

「……そうか」

「てなわけで、お願い!!」


 レイチェルはそう、あたかも頼み込むような口ぶりをしているが、どこか俺に対して妙に威圧的な所があり、その圧によって俺は返事に窮する。


「……俺一人では行けないぞ?」

「だから、他の人にも頼んでいるの」

「誰に?」

「訓練所の人に頼んで、パーティーを組む事にしたの」

「フーン……」


 そう俺はあまり気のない返事をしたが、何かあることが気になって、彼女に質問をぶつける。


「なあ、レイチェル」

「何よ?」

「お前、金持ちなのか?」

「……別に」

「ミネルバさんにも協力してもらったし、今もパーティーを形成出来るだけの金があるようだ」

「……それがあんたに関係があるの?」

「い、いや……」

「じゃあ、別にいいわよ」


 どうやらこの質問は彼女の機嫌を害してしまったらしい。微かに太陽が隠れて暗くなった陰りのもとで、レイチェルはその顔を少し項垂らせた。


「他の人に頼むから」

「お、おい……」

「フン、だ!!」


 俺は機嫌の悪くなったレイチェルを見つめたまま立ちすくんでいたが、その彼女は薄暗くなった裏通り、その通りの中を勢いよく走り、何処かへと駆けていく。


「……全く、なんなんだ?」

「アシュ、いるか?」

「ああ、エリス……」


 そのレイチェルが去った後に店の中からひょっこりとその顔を見せるエリス。今日の彼女は布鎧で武装をし、その腰には装飾が施されたレイピアを納めている。


「確か、魔法戦士とか言っていたな……」

「アシュ?」

「ああ、何だ?」

「明日、私はこの店を留守にする」

「へえ……」

「店先の作業台は勝手に使ってもいいが、店の中には入るなよ」

「ああ、解った」

「まあ、もっとも」


 そう言って彼女エリスは微かにその声を沈め、そのまま自らの店の商品をその手に取る。


「この店には魔法の鍵を掛けておくがな」

「ま、用心だね」

「当たり前だ」


 サァ……


 再び太陽が照ってきた。すでに正午の鐘はとっくに過ぎ、俺は空腹を覚えている、が。


「何、あと一息だ」


 そのまま、鍜冶の作業を続行する。


――革兜(上質)×1――

――革のブーツ(普通)×1――

――革の盾(普通)×1――


 その革製品を創っている最中に俺はまた、腕全体が熱くなる感覚を覚えた。そして。


――メイス(低質)×2――


 訓練所からお情けのような依頼で頼まれたメイス製作、その時にもまた、指先が鋭くなるような錯覚を覚える。もしかするとスキルの習得現象なのかもしれない。




――――――




「よし、依頼通りと」


 だが奇跡の復活亭、以前にもバーンと依頼の話をしたその店で出来上がった品を彼バーンに手渡した時。


「そう言いたい所だが、何かチグハグだな、アシュ?」

「質は良いぞ、ダンナ?」

「何がダンナだ、全く……」


 そのまま何かぶつくさと言いながらも、受け取った装備の具合を確かめているバーン。彼の隣では老魔術師エルバードが依頼したダガーの調子を確かめているようだ。


「ところでよ、アシュ」


 夕日が差し込む酒場、今日のこの酒場はあまり客の数がおらず、このバーン達を除いてはあと二、三人しかお客がいない。


「何だ、バーン?」

「お前の所に、レイチェルちゃんが行かなかったか?」

「来た、それが何か?」

「お前も彼女の依頼を受けたのか?」

「お前も、ということは……」

「墓参りとやらの再依頼、俺は受けるつもりだぜ」

「……」


 そのバーンの言葉を聴いた俺はそのまま、簡素な椅子にと座り店の店員に軽い食べ物を注文する。


「報酬が良いんだ」

「ふぅむ……」

「今回はミネルバさんもいないみたいだし、頭数がいる」

「俺に参加しろと?」

「このエルバードも参加する、金の為に」

「金の為か」

「お前は違うって?」

「違わない」


 自分でもハッキリとする程の、バーンの問いに関する俺の答え。それを聴いた老魔術師はそのローブの奥で忍び笑いを漏らしたようだ。


「金かあ……」


 もっとも、俺が田舎の寒村から家族を置いて飛び出した来たのも金を得る為だ。明日食う物にも困る貧しい村の暮らしが嫌になっただけの話だ。


「ともかく、俺はレイチェルちゃんの手助けをするつもりだ」

「そうかあ……」

「アシュ、お前はひょっとしたらあまり戦力にはならないかもしれないが」

「ああ……」

「仲、というものもあるだろうに」

「……」


 そのバーンの言葉に俺は何も言わず、運ばれてきた野菜料理をただその口に放り込む。少し苦い。


「お前達三人で行くのか、バーン?」

「他にも、二人パーティーに参加するようだ」

「二人、もしも俺が行くとなれば六人だな」

「遺跡の生命循環を受けないギリギリの人数だ」

「……そうか」

「こいよ、アシュ」

「何だよ、馴れ馴れしい……」

「借金を返さないと、このタイデルの街では悲惨な事になる」


 解っているよ、そう胸の内で呟いた俺であるが、結局何かが喉に引っ掛かったままの気分であるが為に、目の前にいるバーンには何も言わなかった。



――アシュの借金、残り47000――

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