あの日の冬

ナツメ

あの日の冬

 ピッ。

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピ

 ごとん。

 目覚まし時計が落ちる音。指がくうく。

「……うう」

 寒い。伸ばした腕をまた引っ込める。

 ストーブには一旦ベッドから出なければ手が届かない。

 嫌だ。

 頭の中はまだ半分眠っていて、ふわふわとしている。

 だれかストーブを入れてくれればいいのに。

 あと何分寝てていいんだっけ……きょうはどこに行くんだっけ?

 考えていると、またゆっくりとまどろみにまれてゆく。

 ほとんど夢の中に戻りかけたころ、カチッ、と小さな音を聞いた。

 やがて、うぃーーーん、と機械の音。

 ストーブだ。

 布団から出ている顔のあたりの空気がぼんやりと温まってくる。

 キンキンに冷えた部屋がゆっくり溶け出すみたい。

 ああ。

 部屋が寒いから起きられない、っていうのはただの言い訳だ。

 あったかい部屋は気持ちよくて、なおさら起きられない。

 寝返りを打つ。布団が少しめくれた。

「ほら」

 たしなめるような、それでも優しい声。

「もう、起きなよ」

 ――まだ、だいじょうぶだもん。

 そう答えたつもりだけど、眠くてうまく口が動かせていないかもしれない。

「でも、いい天気だよ? 寝てたら勿体もったいないよ」

 返事が来たからちゃんと通じたようだ。

 ベッドのふちが沈む。肩のあたりをぜられる感覚。

 ふふ、と笑ってしまう。

 ――すきだよね、そういうの。

「なに、そういうのって?」

 ――天気のいい、ふゆの、あさとか……。

 そうしたら今度はふふ、と笑う声がした。

「そうだね。だから起きてよ。一緒に散歩行こうよ」

 うん、ともいや、ともつかない、変なうめき声しか出せなかった。

 ベッドの縁が元に戻る。

「ね、パン焼いて、コーヒー牛乳作っとくからさ、起きてきなよ。一緒に食べよう」

「うー……うん」

 なんとか答えてうつぶせで猫のように丸まる。この状態からじゃないと起き上がれない。

 頭上でことん、と音がして、ドアの閉まる音がした。


 ふ、と目を開けた。

 顔を上げると、落としたはずの目覚まし時計が枕元に戻っていた。

 布団からい出る。寒くはない。

 ルームソックスを履いて、カーディガンを羽織はおって、ストーブを消す。

 部屋のドアを開けると、途端に冷えきった空気。

 真っ暗なリビングに行って、カーテンを開ける。

 冬の朝らしい、抜けるような、青空。

 窓から差し込む光が部屋をうすぼんやりと照らし出す。

 ダイニングテーブルには、トーストもコーヒー牛乳も、もちろん無い。

「……」

 ため息をつく。

 思い切って窓を開ける。

「ぶわっ。さむっ」

 刺すような冷気が部屋に入りこんでくる。吸い込んで、肺が痛くなる。

 すぐに窓を閉める。

「ふゆの匂いだなぁ」

 ひとり呟く。当然、返事はない。

「よし」

 電気をつける。

 パンを焼こう。コーヒー牛乳もいれよう。一人分。

 それを食べたら散歩に行こう。

 一人で、冬の朝を散歩しよう。

「毎朝ありがとね」

 そう呟いたら、冬が笑った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日の冬 ナツメ @frogfrogfrosch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ