導きの蒼き風と試しの赤き風の物語 -とある勇者の生涯-



 己は昔、勇者と祭り上げられ囃し立てられ持ち上げられ各所の戦場で戦い数多の命を奪ってきた。

やれ南の都市の奪還だ。やれ東の砦を落とすぞってな。

齢15で戦争に参加して、15年で魔王城を見下ろすような位置まで駒を進めたが、止めを刺すには一手足りなかった。


 人類有利の条約を結び城に戻った己は、戦功として貰った領地を

仲間たちと分配し、辺鄙な村を貰う事にした。

敵の命の代償として人々が平和に暮らす村を貰ったのは皮肉なものである。

これを機に引退し、美しい嫁をもらい村を経営することにした。


 村を貰い10年が経ち、小さかった村も町に近付くほど大きくなった。

残念ながら、我々夫婦には子供は出来ていないものの

居ないなりに幸せに暮らしていた。


 我ら男衆が農作業や開拓などの力仕事と狩りをして汗をかき、家事で忙しい妻達が作ってくれた弁当を皆で笑顔で食べる小さな村ならではのそんな日々も今や過去の話となった。



 屍の山の上に立つ……こんな事が許されて良いのか。辺境のたかが元勇者が作った村。

それだけの理由で数千の軍勢を送り込むとは。


 

 全てを斬り/殴り/突き/刺し/締め/敵を楯にして/同士討ちを誘い/武器を奪い/目を突き/骨を砕き/喉を食い破り/それを幾度も繰り返す。

そのうち、己の体もボロボロになっていく。

既に体に力はなく、生き残るための戦いにシフトしている。

力を抜き速度で、対応する。

 

 千程も斬っただろうか、敵兵の士気を挫き軍勢を退却させたのだが、若さゆえか、天下無双の武人と呼ばれた程の力は既になく。

守りたい人間を誰一人守る事が出来なかった。

愛した女は首だけが辛うじて残っている状態、獣はとうに屠った。


 剣を手に持ち地面に突き立て、血を滴らせ涙を流し膝をつく。

己だけが生き残ったのか……


 共に過ごし開拓していた村は煙りと瓦礫の山と化し、

血の匂いが漂う……

家族を守る為に立ち上がった勇気ある村人が、その家族が屍に成り果て辺り一面に転がってる



 何度も愛する者を無くした痛みに襲われるが、枯れた花が戻らぬように、亡くなった者は二度と戻らぬと自分に言い聞かせる。心から大量の血が流れていく……。恐らく精神力が尽きれば皆の後を追えるだろう……と考える。



不意に遠くの方から


 小さな歌声が聴こえる。

雲に乗って月を旅して

自分の居場所を探している

寂しげな歌……。



 生き残りが居る!心が張る。今は 声からすると小さなまだ死ねない!命。

救わねばならない元村長であり、元勇者として。

何よりも一人の人間として。

すまぬ、妻よ、友よ、待っていてくれ。

まだ行くわけには行かなくなった。


 唯一生き残った少女を地下室から見つけ出すと。

少女は既に心だけが世界を旅している状態だった。

入り口の惨状を見れば、どんな状態だったかは直ぐに理解できた。

守るように藁を上に重ね、その上に肉片とかした両親であろう物が散らばっていたからだ。


 自分の死にかけた心に鞭を振るい守ることにする。

必ず回復させて、せめてこの子なりの幸せを与えねばなるまい。

これは、村の仲間達を守れなかった贖罪ではない。

一人の大人としての行動だと信じて旅に連れていくことにした。


 数日かけて共に笑った仲間達を荼毘に伏すと、瓦礫に誓う。

いつか必ず平和を取り戻すと。


世界には再び蒼き風が吹き

闇に落ちた勇者は、血の涙を流し、

守るべき者を道連れに戦場へと踏み出す

そこに待つのは地獄のみ、

それでも歩みを止めるわけには行かぬのか?



 少女との旅は困難を極める。山を越え砂漠を渡り余りにも幼子には過酷な旅。

そして、心が壊れているとはいえ戦闘はあまり、見せたくはない。

近くに隠し眠らせ速やかに敵を片付けていく。


 魔族にも家族が居る可能性を考えながら屠っていく。

戦いに勝った後は、なにかが違う間違えていると自然と涙が流れる。


 今まで我らが守る為に、どれだけの愛する家族が居るものを殺したのかと。互いに無益な戦いだったのではないかと。


 野営の時、安心して眠ってる少女を見て、

ほっとする感情と共に涙が流れる。

この先に平穏に暮らせる世界を作ってやれるのだろうか?

己が暴れれは暴れるほど、目的から遠くなるのではないか?


人として大事なことを忘れかけている事に気付き、

優先すべきは少女を守る事。それに気付かされる


あぁ、前に進むだけが勇者の戦いではない。

今、勇気を振り絞り行うのは守るために引く事なのだと!




時は経ち

草原に小さな小屋を建て、娘と暮らしていた。


 この頃、少しずつ笑顔が戻ってきた事に喜びを覚え、

まるで妻と仲間達と暮らしていた頃を思い出すようになった。

妻と娘とあの村で穏やかに幸せに暮らしている、そんな夢を見るようになったのだ。

娘が成長し一人で生活が出来るようになれば、

戦いに戻らねばならない事に思いを馳せる。

一人で残さねばならんのか? 

まだ時々暗がりで思い出しては泣いている娘を?

常に自身に問い続ける。


 何が起きてもただひとつ確かなのは娘を愛する気持ちには変わりがないことだろう。

この子を幸せにする為ならば、老いた体に鞭打ち何度でも戦場に向かおう。


 あれから10年は経った。

娘も年頃になり、幼き頃の心の傷も癒えて、

よく笑う美しい娘に育った。

いつの間にか彼氏を作り、結婚したいと挨拶にくる。

 まっすぐな性格の好青年だ。直感的だが彼ならば大丈夫だろう

己は、彼に娘を頼むことにする。

幸せにしてやってくれっと預けた。

己も年を取ったものだ。

娘が出ていったあと涙が流れた。

幸せな10年だったと。

 

 戦場に戻る時がきた。久しぶりの戦場の匂いは煙りと血の匂いがした。




戦場で、

赤い風が勇者に問うた。

どの位の罪ならば許せるものだろうかと。



己は言う

全ては理の中にあり、敵も味方もないのだと。

正義も悪も無いのだと。

下らぬ争いなど、終わりにして、平和を!

 愛する者達へ子供達へ平和な世界を! 

全ての者を愛し愛される者を赦してくれ。

神よ! 赦されるならば!

 

次世代のすべての罪を流してくれ。

子供達に掛かる厄災を己が肩代わりする替わりに

平和な世界をください


勇者は思わず何かを掴むかのように空へと掌を伸ばす




 空へと手を伸ばした勇者の背後から、憎しみに捕らわれた魔族の青年の刃が迫る



 後ろから剣で貫かれた元勇者は振り向き娘と同い年位の青年を抱き締める。

 

 己は君を許そう。そして、謝辞を。

間違って居たとは思わないが憎しみの環を広げたのは我ら大人なのだと。


 抱き締めた青年を見つめ、微笑む勇者。

青年が問おうとした時には、生命は抜けた後だった。

何だったのだろう? 

自然に涙が一筋だけ零れる

魔族の青年は戸惑うのだった。


同時刻、生きるもの全てが意思とは関係なく泪を流した。

一瞬かも知らないが戦が止まった……




 老勇者は、幻の中に子供達の笑顔と平和な世界を見る事が出来たのだろうか?

それは、本人にしか判らぬ問である。





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故郷に帰りたい けんじ @KUMA-KENJI

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