第2話 鸚鵡になったら世界が輝く

 不気味な儀式の最中、私は何度もシャーラム様の願いを聞き入れてしまったことを後悔しました。仙人の前で下着姿にされ、結婚の約束もないシャーラム様と口づけさせられ、背中の皮膚をナイフできり裂かれ、最後には鳥の鮮血を浴びせられ……嫁入り前の娘に、いったい何という仕打ちをするのでしょう。


 そもそも私は、ソニア様のことをシャーラム様ほど心配はしておりませんでした。ソニア様のきつい性格を考えたらサマルドの王と何らかの口論があって、ヘソを曲げたソニア様が自室に閉じこもってしまったというのが事の真相なのだと。それが大袈裟に牢獄にいれられたと、ここぺルギア王国に間違って伝えられてきたのだと思っていたのです。


 だから、最初にシャーラム様に王宮の庭に呼び出され、ソニア様の危機の話を聞いた時、私はあまり関心が持てなかったのです。私の反応の鈍さにシャーラム様が、イライラして見ているのが何となく分かりました。


(結局シャーラム様は、ただソニア様に未練があるだけじゃないの)


 11x私はなんだか悲しくなり、全てが面倒に感じてしまう。でも、そんな私の冷淡な態度にも諦めず、彼がソニア様の危機を真剣に話すのを聞いていると私の狭量な心も、だんだん変化して


(そうか。本当にソニア様は、クジャナ鉱石争奪の混乱に巻き込まれてしまったんだわ)


 と思い始めていたのです。


4545shx「何故王族でもない私を選んだのですか」


「それは、お前とソニア、俺は特別の間柄だからだ、そうではないのか」


「そ、そうですけど」


 現在、十八になられるシャーラム様は、王の娘で一歳年下のソニア様とは仲の良い従姉妹同士です。そしてソニア様の喘息の治療を私の父が担当していた関係からお二人とは、小さい頃から親しくさせて頂いておりました。


「お前だけが頼りなんだ、カミラス。下手に大勢でいっても、狂ったサマルド王がソニアに何をするか分からいから」


「そ、そうなのですか」


 私のように容姿も優れていなく、学問もなく、心も爽やかでなく、気も利かず、体が不自由な娘にとっては誰かに必要とされることなどめったにあるものではないのです。だから


(私にとって姉のようなソニア様が危機なら、私も協力せねば)


 私はシャーラム様の説得を聞いて、決心したのです。ソニア様は、確かに私の大事な友達で、いえ、それ以上の存在です。彼女が遠くに行ってしまって私の元気が出ないのも、彼女に会えないせいもあるかもしれません。それと同時に私は、今回の旅で他の目的を見つけてしまったのでした。それは


(シャーラム様の恋が終わるのを、見届けてみたい)


 という何ともドス黒いものでした。結局、私はシャーラム様やソニア様を含めて健康でいつも太陽の下で自由に生きている人間を慕いながらも、別の暗い心では妬んでいるのかもしれません。


 そういうどうしようもない欲望を抱えて、私はシャーラム様と旅に出ることを受け入れたのでした。シャーラム様は、私が川に落ちたのを助けられた恩で、同意したと勝手に思っていますが……。




 紐帯の儀式でおぞましい鸚鵡の血を浴びた時は、私は死病にかかったように全身に痛みを覚えいつのまにか気絶してしまったようです。それからどれだけの時が過ぎたのでしょうか。数ゼント(数分)でしょうか、数マルセント(数時間)でしょうか。ともかく目を覚ますと今まで感じたことのない光の洪水が、私の目を襲い、私は飛び起きていたのです。


「な、何、こ、これ、熱い、太陽の光が、私の目を焼いている」


 私はとっさに目を両手で隠そうとしましたが、両手を上げようとした瞬間に、今まで感じたことのない違和感を覚えてしまいました。


(手がいっこうに言うことをきかない)


 腕の感覚は確かにあるのです。しかしそれさえもモワモワフワフワした毛皮のようなものに覆われていて、とても不自由でイライラします。


(な、何なの、私の体どうなってしまったの)


 でもなんとか力をこめて懸命に、腕を顔のほうにむかって持ち上げてみました。目が見えないはずの私に、襲いかかる光がとにかく恐ろしかったのです。でも、しばらく羽毛のようなものに包まれた腕の隙間からこぼれて輝く光を見ていると


Clhx(あ、これは青色のカーテンみたいだ、大好きなあの海の青……)


 思わずその美しい色に見とれてしまいました。懐かしい青い光。それは四歳で視力を熱病で失う前、父に小船にのせてもらった時に見た、春の海の優しい色を思い出させてくれたのです。


(な、なんで私の目は色が見えているの)


 私の中で恐怖心はじょじょに薄まっていき、だんだん好奇心のほうが頭をもたげてきます。勇気をもって光が渦巻く世界に向かって、私は瞳をゆっくりと開いていきました。するとそこには、いつもの忌々しい漆黒の闇はありませんでした。


(ほ、本当に目が見えている、な、何で、何で、何で)


 私はその小さな体を震わせながら、幼い頃に永遠に別れてしまった“色と形”で出来た世界との再会に感動していました。


 それは木々や葉、野花が、太陽の光を受けて健やかに呼吸する光で満ちた優美にして完璧な美しさを保った世界でした。私は感動で、思わず涙がこぼれそうになるのを我慢して、その光と色で満たされた懐かしい世界に見とれていました。するとその時


「か、カミラス、お前はカミラスなのか」


 頭上から誰かが呼んでいます。その大きな声で呼ばれると、私の小さな体はまるで強風の中の木の葉のように、不安定に揺らぐのでした。私は勇気を出して、声のする方をしっかり首を立てて見上げました。そしてそこには、巨人がいたのです。


(な、なんて大きい姿……というか私が小さくなってしまったのね)


 私は彼の息で吹き飛ばされるような気がして、思わず頭を手で抱えてうずくまろうとしました。しかし、お尻のほうにあるゴワゴワしたものが邪魔で、座り込むこともできません。


(座れない)


 私は思わず首を後ろに回して見てみました。そこには、鮮やかな青い箒のようなモノが腰から生えていて、かがむのを邪魔しているのです。そう、それは鳥の尾羽でした。そればかりではありません。


(ま、まるで青い海の色で染め抜いた、マントをまとっているみたい……綺麗)


 私は全身を見渡し青い羽毛で覆われた姿に思わず見とれてしまっていていたのでした。自分がもはや人間でないことへの恐怖は一切ありません。私はやはり普通の同じ年頃の娘とは、とんでもなく違っているのかもしれません。


(仙人の予告どおり、私は鸚鵡になんたんだわ)


 と私が感慨に耽っていると


「青い鸚鵡よ、お、お前は、ほ、本当にカラミスなのかい」


 と巨人の大きな声が再び空から私のところでまで降ってきました。


「は、はい、私はカミラスです」


(あれ、鸚鵡は言葉を話せるんだっけ)


 という私の心配は無用でした。


「言葉が喋られるのか」


 と巨人が簡単の声をあげました。


「……シャーラム様、ご機嫌よう」


「……ああ、ご、ご機嫌よう」


 そうやってシャーラム様の戸惑った顔を見るのはなかなか愉快でした。


「シャーラム様、わ、私、目が見えます」


「ほ、本当か、それは」


 巨人は驚きと喜びが混ざり合った声をあげながら、ゆっくりと私に向かって手を差し伸べます。私はその巨人の広くて肉厚のある温かそうな手の平に、恐る恐る乗り込みました。彼は私が手のひらにのったのを確認して、宝物でも扱うように慎重に自分の顔の位置まで持ち上げてしげしげと長い時間見つめるのでした。


「ほ、本当に鸚鵡になってしまったのだね、カミラス」


「シャーラム様ってそういう顔をされていたんですね」


「そういう顔というのはどういう顔かな」


 彼は不安そうに質問します。


「相手を安心させるような顔ですよ」


 と、私は生意気な口調で言いました。いいのです。私は鸚鵡だから、王族のシャーラム様にどんな口を利いたって。それに私は鸚鵡になってまで彼を助けてあげているんですから。




「お前は鸚鵡になると、人間でいるより堂々としている


ね」




 苦笑して巨人が微笑みます。


 私はまた彼の顔をじっくりと見つめました。鼻が少し低くて大きく、垂れ気味の左右の目の形も均等でないため、端正とはいえないですが、妙な愛嬌がありました。


(でもシャーラム様の穏やかな声とあっている)


 巨人を見上げていると、視界に空が飛び込んできました。


(あ、青空、雲が浮かんでいる、ゆっくりと動いている)


 私は首がもげてしまうほど激しく回しながら、世界の一つ一つの動きを目で追いかけます。


「鸚鵡のお前と話しているのは変な気分だよ」


「シャーラム様、私はとても美しくなったでしょう、これは予想外の魔法の副作用です」


「お前は鸚鵡になったら、本当に生き生きしている」


「た、ただ目が見えるのが、嬉しいのですよ」


「安心してくれ。魔法を使えばお前の姿は元に戻るはずだ」


「はあ」


(シャーラム様は、私のことを全然理解してくれていない)


 私にはあの光から閉ざされ、家に引きこもりがちの日々に戻りたいとは全く思っていないのに。私が自信のない痩せた雀斑が目立つ人間の女の子に戻りたいと思っていると本気で信じているのでしょうか。ソニア様のように美しい女性に戻れるなら話は別ですが。私が人間のカミラスに戻ったとしても、一体誰がそのことを祝福してくれるでしょうか……。


「お前を人間の姿に戻せないと、俺はお前の両親に一生顔向けできんよ」


 と、シャーラム様は緊張した声で言ったので、私はなんだか、可笑しくしくて鸚鵡の姿で、クルクルと笑ってしまっていたのでした。それを巨人は不思議そうに見ているばかりです。

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チュウタイ魔法 目の見えない少女はエッチ魔法で鸚鵡になることを選ぶ 不燃ごみ @doujjimayu

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