チュウタイ魔法 目の見えない少女はエッチ魔法で鸚鵡になることを選ぶ

不燃ごみ

第1話 紐帯の儀式

 そこは、ペルギア王国の神山といわれたアルコイ山。


「紐帯の儀式を執り行うので、お前たち外套を脱いで、下着姿で草の上に寝転がりな」


 魔力を授ける仙人が厳かな声で俺たちに言った。その姿は三十代後半の婦人の姿をしているが、その実態は“紐帯”に魔力を授ける仙人である。確か名前はアルテージア。


「し、下着姿になるのですか」


 宮廷侍医の娘であり、幼な馴染みの盲目の少女カミラスが悲鳴のような声をあげた。夏の太陽が、乾いた空気を燻るようにして降り注ぐ。俺は目を細めながら、彼女の少し雀斑が目立つ鼻と、自信のなさそうなオドオドと揺れる切れ長の瞳を見ていた。


「そうだよ。紐帯の儀式は、庇護者(ひごしゃ)と非庇護者(ひほごしゃ)の濃密な結びつきが肝要だからね」


「し、下着姿で……の、濃密な結びつき!」


 カミラスが、また叫ぶ。


「……わ、分かりましたアルテージア様」


 俺は覚悟を決めて、我がペルギア王国の紋章の入った外套を、草の上に脱ぎ捨てた。隣では俺の紐帯となるべき少女が、顔を真っ赤にして俺を無言で見つめている。


「すまないが、儀式みたいだから……そ、その……が、外套を脱いでくれないか」ashx


「は、恥ずかしいです、こ、こんなこと全く聞いておりませんでした」


 カミラスは声を震わせて抗議する。気持ちは分かる。男の俺だって初めて異性に下着だけの姿を見せるのだ。それもこんな野外で。し、しかも……他人がいる前で……。


「すぐに終わると思うから」


「そんなにすぐには終わらないよ、イチレンタクショウ(一蓮托生)の心意気を見せてもらう場だからね」


 仙人が嬉しそうに言った。それを聞いてカミラスが怯えたようにその尖った肩をピクリと一瞬震わせたのを俺は見てしまい、罪もないカミラスにこんな目にあわせたことを今更ながら後悔する。しかし、仕方がないではないか。俺には彼女しか頼るものがいないのだから。信頼をおけない家来や金で雇った者たちに紐帯関係を結ぼうとしても、魔力は正しく発動しないと古文書には書いてあったのだから。




 俺たちはシャツ一枚の格好になって、仰向けで並んで草の上に寝転がる。横を見るとカミラスが、さほど目立ちもしない、さりとて無視するにはそれなりに存在感のある膨らみかけの胸元を必死で両腕に包み込んでいる姿があった。やけにいじらしくて、しかも何だか可憐で、それなりに色っぽく見えてしまう。


 カミラスも既に十五歳なのだ。小柄で子供っぽいと思っていた彼女も、艶やかなソニアには及ばないが、それなりに匂いたつ乙女に、成長したことに妙に感心してしまう。


 しかし、自分の成長を彼女は自分の目で確認できないのが、哀れではある。俺は彼女の眩しい白い綺麗な肌から視線を外し、虚空に向けた。頭上の青空には、一匹の鷹が悠然と旋回しているのが、木立の間から見えた。それは俺たち地上を、這うことしか出来ない者を、小馬鹿にしているように見えてしまう。俺にも翼があれば、ソニアを今すぐにでも飛んで、助けにいけるのだが。




「紐帯となるには、体液の交換が、まず求められるんだがね」


 仙人は青空の下、下着姿で肩を寄せ合っている我々に向かって楽しそうに儀式の内容を説明する。


「た、体液……」


 俺は思わず上体を草の上で起こして、好色そうな笑みを浮かべて俺とカミラスの姿を見つめる仙人をにらんだ。


「そうだよ、体液さ、庇護者と非庇護者の紐帯の証として、まず体液の“濃密なやりとり”がこの儀式では必要となるのさ」


「そ、それはつまり、その、こ、こここ、こ、交接しろということですか」


 俺は顔を羞恥で赤くして、どもりながら言った。


「こ、交接……」


 隣で寝ているカミラスが頭を抱えて、胎児のように身体を草の上で丸める。想定してない出来事にかなり混乱しているのだろう。手で簡単に折れてしまいそうなその細い首の後ろに、小さな黒子があるのを俺は初めて知る。


「ふふふ、私の目の前でそこまでやってくれるのかい、若い二人が」


「ま、まさか」


「安心おし、この儀式では子作りまでは求めないのさ。体液といっても口で交換できるだろう」


 そういって仙人はヒャハハと笑う。なんだか無責任で残酷な子供みたいな笑い方でちょっとぞっととした。


「す、すまんカミラス、これも投獄されたソニアを救うためだ」


 俺は仙人に命じられるままに、カラミスの口に我が口を接近させる。カラミスは怯んだ顔で、顔を後ろに避けたが、俺は強引にその小さな頭を両手で押さえこんでしまう。


「は、え、うわ、うくむむ」


 555恐らく初めて異性と口付けするはずのカラミスが、か細い悲鳴をあげる。全てはソニアのためだと自分に言い聞かせながら、俺は彼女の横にかたく結んだ口の隙間に強引に舌を差し入れる。


「あ、く、ふむううう、はあはあ」


 カミラスの小さな口が陸にあがった魚みたいに、必死で俺の口で邪魔されながらも酸素を求めてパクパクしている。


「お互いの体液をそうやって交換することで紐帯の絆が確立するのさ、さあ、もっと盛んにおやり」


 仙人が、俺の耳元に来て熱い息を吹きかけながらなまめかしく囁く。俺は恥ずかしさで眩暈を覚えるが、カミラスの顔も真っ赤で、死ぬ寸前みたいに荒い息をしている。


「ふぐ、ふむ、ぐ、むむ、ふ、ぐ、は、は、はあああああ」


 カミラスの小さい口が必死で俺の舌を受け止めている。幼い頃に溺れ死ぬところを俺に助けられた恩のために、ここまでやってくれるのだろうか。俺は思わず彼女の小さな痩せたすべすべの体を、満身の力で抱きしめた。


「シャ、シャーラム様、い、痛いです」


 カミラスが切なそうにあえぐ。俺は腕の力をゆるめて、彼女の髪を優しくなでてあげた。すると緊張が抜けたのか、彼女の口の強張りが少しだが緩んだような気がする。


(カミラスの目が潤んでいる……)




 俺はその隙を狙って、彼女の口腔の奥深くに己の舌を差し入れ、仙人の命令通りに体液の交換に励む。すなわち必死で彼女の口からこぼれ出る透明な唾液をジュルジュルとすすって飲み干す。そうやって俺たちは抱きしめあい、山の静寂を少しだけ破る行為に没頭する。恐らく十ゼント(十分)ほどそうやって口づけを交わしていただろか。俺はカミラスの少女特有のえもいわれぬ甘い体臭に抑えがたい欲望を覚え、予想外の儀式の気持ちよさに陶然としていた。ところが


「次は血液の交換をするよ、少し痛むが我慢しな」


 仙人は、高ぶる興奮を抑えられないかのように、大声で言って俺の束の間の幸福の時を引き裂いた。


「け、血液の交換」


 俺は目をむいて仙人を見た。俺がそうやって儀式の内容をいちいち鸚鵡返しで驚いて見せるたびに、仙人は満面の笑みを浮かべる。


「なあに、ちょっと肩から出血させて、お互いの血を混ぜ合わせるんだ。誉れある王族の若者が、こんなことに怯えるんじゃないよ」


 仙人が愉快そうに言って、懐中から古風な銀製のナイフのようなものを取り出した。そして、むき出しの俺とカミラスの肩に、その陽光を浴びて光るナイフで、何のためらいもなく順番に皮膚を薄く切り裂いていく。


Clic4654「あ、い、痛、うう」


 いきなり肩に熱い痛みを覚えたカミラスが悲鳴をあげる。


「カミラス、皮膚を薄く切っただけだ。し、しばらく耐えてくれ」


「は、はい、我慢いたします」


「さあ、草の上に背中をくっ付けるように座って、互いの血液を擦り合わせるんだよ」


 仙人が歌うように言った。俺は素直にカミラスと背中合わせになるようにして草の上に座った。


「背中をもっとくっ付けるんだ。血の交わりが薄ければ、紐帯の魔力も薄くなるんだからね」


「な、なんだかヌルヌルして気持ち悪いです」


 カミラスは小さい背中を必死でもぞもぞと動かす。カミラスの小さい尻が俺の尻と密着したままで、揺れるのがとても扇情的。童貞の俺にはあまりにも切ない責め苦だ……。


「……ああ、正気の沙汰じゃないな、これは」


 俺は紐帯の儀式をきちんと終わらせるために、背中を上下に揺らして二人の血液を混ぜ合わせる努力をする。幸いにしてその苦行もそんなに時間はかからなかった。


「アルテージア様、これくらいでいいですか」


 俺はいい加減背中の血が乾いて、血糊となってきたので仙人に聞いた。すると


「まあ、そんなもんでいいさ。見ていても単調であんまり面白くないしね」


 と、仙人が欠伸をする。俺は呆気にとられて動きを止めた。立ち上がってカミラスを見ると、目尻が少し濡れているように光っているのを見て、俺は思わず視線を外す。




「さて兎、鳥、栗鼠、狐、どれがいいかね。なるだけひ弱な小動物がいいね」


「その選択は一体何なのですか」


「お前の紐帯が、魔力を得る為の仮の姿さ」


「紐帯は人間の姿のままではいけなのですか」


 俺は次々と明るみにされる紐帯魔法の、面倒で訳のわからない規則に混乱し絶望しながら仙人に問うた。


「紐帯の被保護者は魔力を発動させる場所では、人間よりも更にひ弱な小動物の姿に変わるのが掟なのさ」


 ものすごく簡単な説明をして、仙人はカミラスの漆黒の髪の上にいきなりドボドボと赤い液体をふりかけ始めた。


「キャアアア、な、何ですかこれは」


「今朝捕まえてきたサイマネス鸚鵡の鮮血だよ、これはお前を紐帯変化させる呪文が施された特別の血液だ。飲んでも体にいいから、その可愛い短い舌をつきだして受けいれな」


 仙人がカミラスの白いシャツを、真っ赤に染め上げながら血液を浴びせかける。苦悶の表情で顔をしかめるカミラス。そしてなぜか仙人は彼女の髪を、母が娘にするように優しく撫でている。




「お、お待ちください変化する動物を、選べるんじゃ」


「今朝たまたま森で見つけたのがこのサイマネス鸚鵡だよ。青い羽根とルビーのような瞳が人気で、愛玩用に高値で売れる貴重な鸚鵡だ。お前の紐帯にはこれが相応しいと思ってね」


「はあ」


 俺は脱力して、カミラスの横顔を見つめる。今にも泣きそうな顔で彼女は唇を噛みしめながら、黙って鸚鵡の鮮血を浴びている。可憐な胸元が血をあびて深紅にゆっくりと染められていく。その情景は、あまりにも、まがまがしく、かつ淫らすぎてなにか悪い夢を見ているようだ。


「ほうら、お前の紐帯が真っ赤に染まっていくよ。もうすぐお似合いの鸚鵡が現れるんだよ」


 仙人が、舞踏のステップを踏むようにしながら歌うように言った。青い草はたちまち仙人が鸚鵡のものと称する血で真っ赤に染まり、カミラスは恐怖と不快さで頬と唇を真っ青にして震えている。そんな彼女に向かって仙人はいきなり奇妙な呪文を唱え始めた。




「ウデルカアエエホオヤムヌヒョウテルオサムネハリヨウナケヅロカマネヅライオウネエ」




 仙人は両手を胸の前で組んで、呼吸を整えるようにしばらく静止する。


 そのあとでおもむろに


「エアアアウウウエエアアアアヨウ、偉大なる魔導師サイマル・ダカールよお、この者たちに紐帯の縁をお認めくだされ、そして二人に魔力の保護を御与え下さい」


 と、狂ったように絶叫した。


 

俺は一つの変化も見逃すまいとして、カミラスの白い身体を見つめる。すると彼女の腕やうなじの辺りなど下着で覆われていない部分に、徐々に青色の斑点が現れたではないか。いや、よく見ると下着が覆われている部分にもうっすらと青い斑点が目立ってきた。


「……ほうら、羽毛が生えてきたよ、女体に浮かぶ羽毛だよ、なんだか妙に淫らだねえ」


「あ、熱いああああ、身体が熱い、はあ、はああああああ」


 カミラスは叫びながら、まるで死病にとりつかれた者のように喉をかきむしって、切ながっている。しかも頭を狂ったように左右や上下に揺さぶり、虚空に手を伸ばして助けを求めるようにする。俺は彼女の震える手を握って、必死で彼女の名前を呼んだ。


「カミラス、頑張れ、なんとか耐えてくれ」


 その間にもカラスミの皮膚を彩る青い鳥の羽毛は、だんだんと密度を深めていき、更には外に向かって大胆に青い羽が伸びていく。“鳥人間”という奇妙な言葉が頭に浮かんだ。そしてゆっくりと少女の体は青い色彩に飲み込まれていきながら、だんだんと縮んでいった。


(カミラスが、青い羽に埋もれて小さくなっていく)


 俺は紐帯変化を目の当たりにして、奇妙な興奮と罪悪感の混ざり合った感情に襲われる。


「カラミス、カラミス、し、しっかりしろ、痛いのか、く、苦しいのか」


 俺は彼女の手を握る力を強めるが、その手は空中で溶けてなくなるように俺の手の中からその存在を虚ろにしていく。あたかも小人の手のように縮んでいくのが、まるで夢の光景みたいに奇態すぎた。


「魔力がお前の紐帯を美しい鸚鵡に変化させるぞ、邪魔するなよ」


 といって仙人がものすごい力でカミラスのそばにいた俺を、突き飛ばした。


「うわ」


 俺は間抜けな声をあげて土に顔をつけて草を噛んだ。


「うはあああ、はう、な、くううううううう、はああああ」


 草の上で暴れまわるカミラスの体がだんだんと小さくなっていく。俺は思わず目を見開いて、その摩訶不思議な変化を凝視する。


「カミラス、おや、立派な鸚鵡だね、素敵だよ」



Cx


 そう仙人が言った時に彼女の姿は、完全に俺の視界からその片鱗も残さず掻き消えていた。そして一羽の美しい青い羽の鸚鵡が震える眼差しで、俺の顔を仰ぎ見ていたのだった。


「カ、カミラス、お、お前……本当にカミラスなのか」


 俺は跪いて鸚鵡に触れようとしたが、たちまちそれは生命を失ったかのように草の上にフワリと横たわった。


「ア、アルテージア様」


「ショックで気絶したんだよ、大事ないわさ」


 仙人は欠伸をしながら答える。


「お、教えてください。魔力を起こすのに私は何か呪文などを唱えねばなりませんか」


「呪文なんかいらないよ。紐帯の危機に自分の髪の毛をむしって風で飛ばせばいいのさ」


「それだけですか」


「いや、あとは“想像”すればいいだけ。お前がこのペルギア王家の始祖である魔導師ダカールの血を引いている者なら」


「想像する、どういうことで」


「紐帯魔法はドラゴンに化けたり、都市を燃やし尽くす巨大な炎を操ったり、空から黄金を取り出したりするような派手な魔法だと思っていたかい」


「いえ、ただ紐帯を守る魔法であるとしか」


「その通り。お前の想像する“幻影”が、紐帯を守る」


「幻影がですか」


「そう幻影だよ」


 そう言い捨てて仙人は、森の奥深くにそそくさと消えてしまった。


  


二(紐帯変化)



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