最終夜 私の軽薄なあなたへ



 やあやあやあ、こんちわこんちわ。


 こんばんわかもしれないけど、たぶんこんちわだと思うんだ。だってこんなもの夜中に読んだら、ちょっとシゲキが強すぎるもんね。


 おとといのこと、たぶん自殺だと思ってるんでしょうけど、ニンシンした女子高校生トラックにとびこみ自殺、とかね。ありそでなさそで、よくある話じゃない。でも、あたしのばあい、まったくそうじゃないのよね。まったくきれいに事こなわけ。あれ、交通事このこって、どう書くんだっけ。あ、思い出した。故よね。そうそう。事故なわけ。


 そいでもって、できちゃってたわけだけど、これはもうチョコッとやったらポコッとできちゃったわけで、これはあなたが悪いんじゃないでしょ。でしょ。そうよ。だってそうだもん。あたしだってりっぱに協力してたわけだし、できちゃうのよ。やればね。うんうん。


 でもね、やっぱりね、八万円でサヨナラってのは、ちょっとまずいと思わない? これこそいわゆるマスコミの悪影きょうってもんでね、こういうのはやるとよくないみたいに思うんだ。いまさらうらんじゃいないけどね、これホント。


 それで、やっぱり、気にしちゃうわけ。あたしだってちょっと前まで処女だったわけだしね、純情なオトメとしては、やっぱりナットクしかねるわけよね。そんな気分でボーッと歩いてたら、うっかりひかれちゃったのよね。こーんなおっきいトラックに。あれ、そーとーこわいわよ。あなたも気いつけたほうがいい。人は右、車は左、横断歩道は手を上げて、そんなに急いでどこへゆくってね。


 えーと、そうそう、トラックさんがコンニチワっていうかんじでね、あ、こりゃヤバイなって思ったら、もうパンプスのほうからぺっちゃんこ。でも、あんがい痛くなかったの。今でもフシギ。でも、おなかのほうまでグチャ~~!なんて来たときは、あわてちゃったわよ。だってね、赤ちゃんがいるじゃない。なんかで読んだけど、三ヶ月っていったらもうほんとに赤んぼみたいでね、よーするに人間のかっこしてるでしょ。かわいそうじゃない。ほんとかわいそうよ。でも、おかあさんといっしょだから、いいかも。おかあさんといっしょ、って、おゆうぎみたいね。ふたりでお手手つないで、野道を行っちゃったりしてね。


 で、それからおっぱい。これもオセンベイになっちゃった。もともとオセンベイだから、オセンベイがオセンベイになっちゃって、あなたももったいないと思うでしょ? ちっちゃいけどかわいくていいって言ってたもん。あれホントでしょ? うそなんて言ったらヒドイわよ。


 で、おっぱいすぎたらすぐ頭。これでおしまい。でも頭ってズガイ骨があるから、すぐにはこわれないみたい。こーんなおっきいタイヤがぐぐって乗っかってきてね、鼻の頭くらいのとこで、ペシャっとくるわけ。あたし、思わず言っちゃった。あたしのビボーよ、さようなら。


 そうすると、なんかのはずみで、片目……たぶん見えぐあいだと右目だと思うんだけど、コロコロコロコロころがって、歩道のちょっと高くなってる段のところで止まって、なんとこれが他ならぬあたしみたいで、見えちゃうのよね、トラックとか人がわいわい言ってるのとか、あたしのつぶれちゃったのとか。

 ああ、あたしもとうとう鬼太郎のお父さんになっちゃったかと思ったら、もうひとつ、これはあたしよりずっと小さいのがコロコロコロコロころがって来て、あたしのすぐ隣にちょこんと止まるわけ。これは赤ちゃんの。おかあさんといっしょ。


 親子でなやんじゃったわよ。目玉だけになっちゃって、これからいったいどうやって世間の荒波をのりこえようかって。もちろん赤ちゃんはウンともスーともオギャーとも言わないし、あたしだってまさしく無口なわけだけど、ふたりの心は通じます。だって親子だもん。


 それで、じっくり考えてみたわけね。あなたのこと。あたしはあくまでもあたしであって、あたし以外の何者でもないでしょ。他人に頼っても、それは甘えでしかない、と。どう? あたしりこうになったでしょ。さて、この考え方でいくと、あなたはあくまでもあなたであって、あなた以外の何者でもないわけね。しかるにあたしの横にいるかわいい小さな目玉ちゃんは、これはどう見てもあなたでもあたしでもないし、目玉以外の何者でもないなんて言ったら、あんまりかわいそう。


 だからあたしはゴーインに結論したわよ。この目玉ちゃんがいるかぎり、あたしはあなたのあたしであって、あたしのあなたがあなたであるって。そうでしょ? 小さな目玉ちゃんは、大きな目玉であるあたしと、それからあなたがいっしょになってこしらえたんだもの。

 とゆーわけで、じつはじつは、あたしも赤ちゃんも、あれからずーっとあなたのおそばにいるのであります。


 あなた、きのう、駅前の松屋で、豚めし食べてたでしょ。それから大学で、デーハーなオバサンといちゃいちゃしてたでしょ。花だんのかげから、ちゃんと見てたんだからね。


 でも、心配しないでね。べつにあなたをどうこうしようってわけじゃないんだから。あたしのことは忘れてちょうだい。赤ちゃんのことも。


 ……なーんちゃって、てなこと言っても忘れられるはずないわよね。ちょっと怖くなっちゃったりして。じつは、そうなることが、そもそもの目的なーんだっと。あわててやさがしなんかしても、見つかってあげないもんね。ふっふっふ。


 どう? 怖くなった? 眠れなくなっちゃった? 

 ふっふっふ。ではでは、また。


         あなたの軽薄なあたしより

                     私の軽薄なあなたへ



          ◎



 彼は手紙を受け取った翌日、花畑中央病院を訪ねて彼女と面会した。

「こんにちは」

「……こんにちは」

「脚の具合、どう?」

「うん。まだ折れてる」

「そりゃそうだろう。一昨日おととい折ったばかりなんだから」

「ごめんなさあい」

「君から昨日、手紙が来た」

「あ、だめ。見ちゃいや」

「もう読んだ。君はアホだ」

「あたし、また死ぬ。こんどはホントに死ぬ」

「窓は開いているし、ここは四階だ。下はコンクリートで、障害物もない」

「……いけず」

「なかなか異色の怪談だった。でも、残念ながら盗作だ。しかも、誤解に満ち満ちている。まず第一に、君と僕の赤ん坊の事だ」

「…………」

 彼女は上半身まるごと赤面した。

 彼はすでに事実を知っているので、ねちねちといたぶることにした。

 昨日の大騒動の雪辱戦だ。

 ちなみに、彼女の日記を巡る、両親やら医師やら看護婦やら入り乱れた昨日の戦いは、まだ麻酔の覚めていなかった彼女の、逆不戦勝に近い試合だった。彼が持ち前の修辞技術を駆使し、最終的になんとかタイ近くまで持ち込んだので、なんとか今日の面会も許されたのだが。

「君はなぜ、できたと判断した?」

「……この前、喫茶店さてんで言ったじゃない。ずっと――が無かったって」

「もう三ヶ月、音沙汰無しと言ったね」

「……うん」

「ところが、医師せんせいの言葉を信じると、君はここにかつぎこまれた時、医学的に見て子持ち女ではなかった。しかも、ある看護婦さんが君のお母さんにリークした情報によると、手術台に乗って間もなく、その看護婦さんは君の両脚の接点に、少なからぬ出血を見た。損傷しているのは、左脚の向こうずねのみであるにもかかわらずだ」

「……あたし、もうホントに死ぬ」

「廊下の窓も開いている。下は小学校のプールだ。くれぐれも子供たちを直撃したりしないようにお願いする」

「……人でなし」

「いや、確かに僕も悪かった。あの時あわててバイトの八万円渡しちゃったけど、あれはあくまで、高校生の君が子持ち女になっては大変だと思ったからなんだ。でも、今は理性がそれを非難している。しかも僕は一度も、すでに君を愛していないと言ったことはない。つまり、僕は君がトラックでオセンベイになったら、一生、君の写真を妻として暮らすほどの自信がある」

「どの写真?」

「……君も変なところにこだわるだな。そうだな、春に花畑公園で撮ったやつにしよう。君のか細げなる両のかいなが風に舞い、その瞳はあたかも春の日の水底みなそこのごとく、陽を受けて輝いているやつだ。あれは我ながら良く撮れている」

「他の写真は?」

「むむ……前言を撤回しよう。僕は生涯君のアルバムを妻として暮らす自信がある」

「……うれしい」

「うれしがらせようとしてるだけかもしれない」

「……いけず」

「さて、次は盗作問題だ」

「……うまく書けたと思ったのになあ」

「ありがとう」

「え?」

「あの手紙の原典は、ある地方都市の一高校生が、夏期講習会において講義を無視しながらしたため、文芸部の同人誌に発表した怪奇小説だ。しかし、その小説は大正時代の上流階級の一少女の日記を参考にして、典雅な候文そうろうぶんで書かれていた。君はそれを完膚なきまでに地べたに叩きつけてくれた。もっとも、君の手紙の方がずっと面白かったのは、僕も認めるにやぶさかではない。しかし、僕は君の元家庭教師として、君の現国の成績が常に中の上であることを、疑わざるを得ないのも確かだ」

「だって……めちゃくちゃだったんだもの……死ぬつもりだったんだもの……」

「わ、わわ、泣かないでくれ。僕はただ、君のバニラ・シェイクのごとき頭から、あんな話は浮かばないと言いたかっただけなのだ。あれは僕のような鬱屈した変態的感受性の所有者のみに許される、非社会的創作物なのだよ」

「……でも、あたし、読んだことないよ」

「いいや、読んだ。覚えているかい、あののことを。二人でお酒を飲んだ夜。君の瞳は琉珀こはくのように、ダルマのボトルを映していたね。僕の下宿は夜風がそよぎ、君は寒いとからだをよせた。ダルマは二人の心を燃やし、僕が獣になった夜。……いかん、あの夜を描写しようとすると、つい懐かしの昭和歌謡曲調になってしまう。とにかく、僕は酒のさかなに、昔の同人誌を君に見せたんだ。君はだいぶ酔っぱらっていたけど、それを読むなり僕を毛虫でも見るように横目で睨んで、僕から逃げようとした。逃げようとしながら、実際は足腰が立たないで、ただもがいてたんだ。僕もだいぶ酔っぱらっていて――なにしろ買いたてのダルマを二人で空にしてしまったんだからね――僕はつい君の、春の宵の桜のごとく可憐かつなまめかしき肌に魅せられて、緒果的に――してしまった」

 彼女は全身赤面していた。

「さて、ここで念のため言っとくが、僕は確かに昨日まで有効の松屋の『豚めし四杯目は無料』クーポンは持ってたけど、一昨日の夜中から、なんにも喉を通らないんで困っている。なおかつ、僕は大学でケバイ女子といちゃつくがごとき行動は、断じてとらない。僕の肉欲は精神を疎外しては活動しえない。そして僕の精神は、現在、君の存在に支配されている」

「……ごめん。あたし、やっぱりアホの子ね」

 彼は彼女を力いっぱい抱きしめた。

「それがどうも、僕もアホだったようだ。あの夜は泥酔してたし、翌朝も頭痛がひどくて良く覚えていないけれど、どうも自分が童貞でないことを、いまだに実感できない」

 そう言いつつ、彼は彼女にくちづけし、さらに水色のパジャマの下部に手をさしのべ、局部に愛撫を施し始めた。

 その時、彼はあの夜の感触を、完璧に思い出した。

「そうだ! 君も僕も二人してアホだ! もっと早く気づくべきだったんだ!」

 行為を中断され、彼女はやや不満そうに、火照った顔を上げた。

「……なあに? それ」

 彼はあくまで冷静に答えた。

「君はまだ処女で、僕はまだ童貞だってことさ。右手人さし指および中指を第二関節まで挿入しただけで、女性が妊娠しうるはずがないじゃないか!」



                         【終】




【筆者註】

 最終話に限り、厄落とし(?)のため、笑い話になっております。



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夏の夜話 バニラダヌキ @vanilladanuki

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