第4話 日照り雨と虹
私は目を覚ました葵に伝えた。
それは詞のお父さんからの伝言だった。
詞が乗っていたバイクを貰って欲しい。
たったそれだけの伝言だったのだけど、葵は頷いてくれた。
「わかったよ。俺が乗るよ」
葵はそう言って微笑んだ。
翌日の朝、私と葵は詞の家へと向かった。
詞の家の前には、ピカピカに磨き上げられた古いオートバイがあった。それはナナハンのマッハだった。
「葵君。この子をよろしくな。それと、君宛ての手紙を預かっていたんだ。詞からな」
葵はマッハのキーと一通の手紙を、詞の父から受け取った。
「ありがとうございます。このバイク、大切に乗りますから」
葵はそう言って深くを下げた。
「そうそう、
そう言って玄関に入っていく詞のお父さん。そして赤いヘルメットを持って玄関から出てきた。
「これはね。奏ちゃんに渡すんだって、詞が言ってたんだよ。だから何も言わずに受け取って欲しい」
私はそのヘルメットを受け取った。そして詞が告白した時の言葉を思い出した。僕とツーリングに行こう……。
私はそのヘルメットを抱きしめてしばらく俯いていた。詞の気持ちが痛い程よくわかった。
詞のお父さんがパンパンと手を叩く。
「今日は快晴だ。さあ、二人ですっ飛ばしてこい!」
そう言って葵の背をバンバンと叩く。
葵は頷きマッハにまたがった。サイドスタンドを上げ、右手でキッククランクを出す。そしてそれを思い切り蹴飛ばす。
パンパンパン。
けたたましい破裂音と白煙が吹き上がる。
今時のバイクにはない破天荒な姿に胸がときめいた。
私はヘルメットをかぶってタンデムシートにまたがる。そして葵の腰に手を伸ばし、彼の背に身を寄せた。葵は詞のお父さんに会釈をしてからマッハをスタートさせた。
50年前のモデルとは思えない強烈な加速に驚いて、葵にギュッとしがみつく。葵はそのまま海岸線を郊外へ向けて突っ走る。
普通の人なら多分ハイペース。でも葵にとっては余裕のあるペースだと思う。強烈な加速に私はとにかく驚いていたのだけど、彼はとても落ち着いていた。
葵は長い上り坂を速度を上げて登っていく。
上り坂の頂上付近は速度を落とせって言われてるのに、葵は逆に速度を上げる。危ないと思った私は思わず叫んだ。
「止めて! 危ない!!」
でも葵はそのまま突っ走った。
そして車体は見事にジャンプした。
青い空と青い海、マッハはその真ん中を飛んでいた。空中を駆けていた。
少しばかり無重力を味わったのだけど、でもすぐにアスファルトの路面に着地して強い衝撃を感じた。流石の葵もここでバランスを崩し速度を緩めた。
その時、急に雨が降り始めた。
紺碧の青空なのに何故?
空を見上げても雨雲は見当たらなかった。
雨脚は結構強くなり路面がぬれてきたので、葵は近くにあったパーキングにマッハを止めた。そして私に降りろと促した。葵もサイドスタンドを立ててエンジンを切る。そしてバイクから下りた。
「どうしたの? 雨宿りできるところまで走らないの?」
私の質問に葵は笑いながら首を振った。
「直ぐに止むさ。でね。ここなら多分見えると思って」
そう言って海の向こうを指さす。
そこには大きな虹がかかっていた。
「すごい。虹が見える」
「ああそうだね。あれは多分……」
「多分?」
「詞のプレゼントだよ」
雨は上がり、私たちの前途を祝福するかのような美しい虹が輝いていた。詞も、葵が塞ぎ込んでいた事を心配してこんなことをしたのか。その時の私は妙に納得していた。そして気になっていた事を葵に聞いてみた。
「ねえ、詞の手紙は読まないの」
「今は読まない」
「どうして?」
葵は笑うだけで何も答えてくれなかった。でも、私もそれはなんとなくわかる。
葵は再びマッハにまたがってエンジンをかけた。
そして私たちは、海岸線の道路を虹へと向かって走り続けた。
【おしまい】
空に走る 暗黒星雲 @darknebula
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