第3話 鈴鹿4耐

 予選タイムは二人とも上々。

 特に葵のタイムはベスト5に入っていた。葵はここ一発でタイムが伸びるスプリントレース向きの走り。逆に、詞は正確に周回を重ねる耐久レース向きの走りをする。


 もう信じられなかった。

 高校を卒業したばかりの二人が、上位のタイムを叩き出して堂々と戦っている事が。


 そして決勝当日の天候は、台風による暴風雨という最悪のものだった。


 暴風の中、ル・マン式スタートで開幕する。マシンを支えるのは第二ライダーの詞。第一ライダーの葵はコースの反対側に立つ。


 シグナルがグリーンに変わり、葵がマシンに走り寄る。そしてマシンにまたがって好スタートを切った。オープニングラップは何と三位で通過した。


 私たちピットクルーは大はしゃぎをしてしまったのだが、父の一言ですぐに我に返った。「4時間の中の最初の3分だ。気を引き締めろ」と。


 暴風雨の中、葵にしては慎重な走りだった。父は、これでも監督なのだが、慎重に走れと指示を出していたのだ。葵はそれに従い周回を重ね、若干順位を落としてピットインする。給油を行ってライダーの交代だ。今度は詞がマシンにまたがる。現在は10位。父は焦るなと指示を出していた。詞は大きく頷いてからピットを飛び出した。詞は順調に周回を重ねる。そして順位も二つ盛り返し8位になっていた。その頃、トップグループが転倒したとのアナウンスがあり場内がざわめく。イエローフラッグが振られ、各車が速度を落とした。私はサインボードを掲げて詞の通過を待ったのだけど、詞は来なかった。


 三台が絡む転倒事故。

 後続の車両が詞を避けきれずに接触した。詞は直ぐに病院へと搬送されたのだが、そこで死亡が確認された。


 二人は最高のパートナーだと父は言っていた。

 あおいは誰よりも速いタイムを叩き出す。

 つかさは絶対的なタイムで劣るものの、その合理的なライディングはタイヤの劣化を抑えグリップを温存できた。


 この二人なら耐久に勝てる。

 4耐は基本的にタイヤ交換はできない。つまり、1セットのタイヤで4時間を戦わなければいけない。それは終盤までペースを落とさずにタイヤのグリップを温存できる技術がある陣営が勝利する。


 葵はその事を十分理解していた。

 詞がいなければ四時間は戦えないだろうと言っていた。

 詞もその事を十分理解していた。

 葵の瞬発力こそが上位に食い込む武器だと言っていた。


 夢を追った二人が夢の舞台へと駆け上がり、その夢を掴もうとした瞬間、パートナーの死によって潰えた。


 それから一か月。

 葵は幽鬼のようだった。チームには顔を出さず家に引きこもってしまった。全日本選手権のレースにも出場しなかった。


 私はそんな葵を元気付けようと思って、それこそ清水の舞台から飛び降りるような気持ちで強硬策を取ったのだけど、どうやらそれは成功したようだ。


 私の傍で葵は穏やかに眠っている。束の間の安息かもしれないけど、これで良かったのだと思う。あんまり痛くなかったし。

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