第2話 プライベーター

 私たちは何度も愛しあった。


 最後に彼は満足そうな笑顔を見せてくれた。

 そして、うとうとと眠り始めた。


 あの日から、もう何日も眠っていなかったのだろう。

 葵の焦燥した顔は忘れられない。


 そう、詞が死んだその日から。


 葵と詞はオートバイのレーサーだった。

 彼等は免許のない高校一年の頃から、私たちのチームに入り浸っていた。


 私たちのチーム……それは、国内の二輪ロードレースに参加しているプライベーター。地元では結構有名なんだ。


 貿易系の会社を営む私の父が趣味をこじらせて作ったチームだ。オートバイが好きで、暇さえあればそこらじゅうを走り回っていた父が、何をトチ狂ったのか突然「4耐に出る」と言い始めた。


 4耐とは鈴鹿4時間耐久レースの事。世界耐久選手権EWCの最終戦として行われる日本最大の二輪の祭典、鈴鹿8時間耐久ロードレースの前日に開催されるレースで、バイク版夏の甲子園とも言われているイベントだ。


 父は自分がマネージャーとなって準備を始めた。ライダーを公募しメカニックやピットクルーを集め、マシンや機材、移動用の車両などを用意した。半年間準備して、そして待望の4耐に出場することができた。しかし結果は予選落ち。

 母はこれで諦めてくれるだろうと思ったらしいのだが、あの父は諦めが悪かった。自宅の近所にあった空き倉庫を買い取り、そこを拠点にして活動を続けた。物珍しい競技用車両が何台も並んでいる場所へ入り込んで来ていたのがあおいつかさの高校生二人組だった。当時の私は高校を卒業したばかりで、チームの雑用係兼ピットクルーをしていた。


 二人はすぐにレースに夢中になった。バイトに精を出し、稼いだお金を使ってミニバイクレースに参加し始めた。二人とも才能があったようですぐに頭角を現した。もちろん、専門のメカニックが彼らの車両をセットアップしていたのもその理由なんだけど、ライダーとしての才能は二人共優秀だった。

 高校を卒業した彼らは、本格的に全日本選手権のST600クラスに参戦を開始した。このクラスは公道用の市販バイクによって競われるクラス。改造範囲が大きく制限されており、市販車に近い状態で行われる。これは、私たちのようなプライベーターにも十分チャンスがあるって事だ。

 私たちはどちらかと言うと駆けだしの二流チームだった。でも、葵と詞の活躍は凄まじかった。とは言っても優勝とは程遠くて順位は真ん中より少し前だったのだけど、それでもベテランに肩を並べるところまで来てるって事は私たちの自信に繋がった。


 そして鈴鹿4耐を迎えた。

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