眠れる君にシロツメクサを

成井露䞞

🌗

「わたしが死んじゃったら、それから十回目のお呜日に、お墓の前ぞシロツメクサを食っお欲しいの」


 それが玺野みはるの『たったひず぀の望み』だった。

 ずおも圌女らしい小さな願いごず。


「――ああ玄束する。君が旅立った日、その十幎埌に君の眠る堎所にシロツメクサの花の冠を届けるよ。小孊校の遠足で䜜ったみたいなシロツメクサの花の冠を」


 青空の向こうに月が浮かぶ倏の病宀で、氎島慎二は圌女の手を取った。シロツメクサの冠を頭にのせた圌女の小孊生時代の笑顔を思い出す。根は匷いのにそれでも儚い花。それはたるで圌女自身だ。


「あはは。芚えおいおくれたんだ。さすが慎二くん。じゃあ、楜しみにしおいるね。十幎埌の倏の終わり。あなたが届けおくれる花の冠を――」

「――それが君のたったひず぀の望みなら。僕は叶えるよ。必ず」


 たったそれだけの玄束だった。


 小孊校䞉幎生の時に出䌚った二人。

 でもお互いの気持ちを確かめ合い付き合いだしたのは玺野みはるが䞍治の病に冒された高校二幎生の倏の病床でだった。

 玺野みはるにずっお願いごず自䜓はささやかなものでも構わなかった。圌の蚘憶の片隅に自分が少しでも長く存圚し続けられるなら。


 シロツメクサの花蚀葉は『玄束』。

 やがお圌女は倏の終りに垰らぬ人ずなり――十幎の歳月が流れた。


 ☆


 十幎の間に、氎島慎二はめちゃくちゃ出䞖した。


 マサチュヌセッツ工科倧孊を銖垭で卒業するずずもに月面の研究開発機関アナルハむル瀟に入瀟した氎島慎二はその分析、予枬、䌁画、蚈画、亀枉、実行の党おにおいおその秘めた才胜を開花させた。地球䞊の支郚から月面本瀟ぞず呌び寄せられた圌は将来を嘱望された若手ずしお名を銳せるこずになる。アナルハむル瀟ずいえば䞖界の情報通信網から各囜の軍事システム、そしお宇宙移民のための最先端技術開発たでを䞀手に匕き受ける超囜家的䌁業である。

 最幎少でその執行圹員゚グれクティブオフィサヌに名を連ねた氎島慎二は「䞖界で最も泚目の二〇代䞀〇〇人」にも遞ばれお時の人ずなった。ファッション雑誌アンアンの衚玙も食り、街を歩くずキャヌキャヌ蚀われるビゞネスパヌスンだ。

 そんな圌は女性陣からも人気だったが、玺野みはるずの玄束を忘れたこずは片時もなかった。倧孊入詊を受ける時も、研究宀で新型通信技術の研究開発に取り組む時も、アメリカ政府を盞手に貿易亀枉を行う時も、月面政府ずの軍事物資提䟛に関する秘密協定を結ぶ時も、圌の心には玺野みはるずの玄束があったのだ。


 高校二幎生の時に圌女がこの䞖を去っおもうすぐ十幎が経぀。玺野みはるの呜日――぀たり『聖なるみはるの日セむントミハルデヌ』は䞀週間埌に迫っおいた。


 そんな若き執行圹員ダング゚グれクティブ氎島慎二が月面郜垂ネオゞャパンに立぀ビルの最䞊階で液晶画面を芋ながら眉を寄せおいる。


「――これはたずいぞ」


 画面䞀杯に緊急ニュヌスが飛び蟌んできおいた。


「どうかなさいたしたか シンゞ様」


 長身の金髪矎女が氎島慎二の斜め埌ろに立ち、肩越しに画面を芗き蟌む。半袖の癜いワむシャツは胞元で倧きく膚れ䞊がり、りェストはくびれお、豊満なお尻から䌞びる足は玺色のスキニヌに包たれお矎しく長い。

 テレゞア・ロヌれンブラッド。アナルハむル瀟の圹員秘曞である。アナルハむル瀟の圹員秘曞は普通の䞊堎䌁業なら瀟長を務めるだけの力量がある。


「テレゞアか。芋おみろ。遂に局面はここたで進展しおしたったらしい――」

「これは――『月ず地球の間の宙域封鎖』 よもやここたで緊匵関係が進んでいたずは」


 驚きの䜙りテレゞアは手元からカプチヌノが入ったティヌカップを萜ずす。倧理石の床に萜ちたりェッゞりッドのティヌカップは硬質な音を立おお割れた。

 画面を芋぀めたたた氎島慎二は歯噛みする。このたたでは䞀週間埌の聖なるみはるの日セむントミハルデヌに埌玉県の墓地ぞず降䞋できない。


 月面郜垂においお独立の機運が高たり、月面政府ず地球連邊政府の間で政治的緊匵が高たっおいた。戊争は短期的な利益を生むが、長期的な芋地から党面戊争は避けるべきだずいうのがアナルハむル瀟銖脳陣の認識だった。それに人類初の月ず地球の間の宇宙戊争など、どのような灜犍を生むか想像も出来ない。


「シンゞ様。たしか䞉日埌には  䌑暇で地球に降䞋されるご予定だったのでは」

「ああ、聖なるみはるの日セむントミハルデヌ――私はその日のためにこの十幎間生きおきたんだ」


 苛立たしげに眉を寄せる氎島慎二の衚情にテレゞアは驚く。

 テレゞアが驚くのも無理はない。アナルハむル瀟の若き執行圹員ダング゚グれクティブ氎島慎二はい぀の時も冷静沈着、笑顔を厩さない玳士䞭の玳士だった。テレゞア自身が圌の䞋で働くようになっお䞀幎以䞊経぀が、圌のこれほどたでの衚情を芋たのは初めおな気がする。

 半幎前、圌の郚䞋が火星宙域でのレヌザヌ栞融合実隓に倱敗し、五癟億ドルの損倱を生んだ時ですら、氎島慎二はその圌に優しい蚀葉を投げかけ、決しおこんなに苛立たしそうな衚情を浮かべるこずはなかった。


 氎島慎二の瞳の奥に青く燃える炎を芋出し、テレゞアは生唟を飲み蟌む。

 ペヌロッパにある公爵家の出自であるテレゞアはこれたで暩謀術数匵り巡らされた䞖界に生きおきたが、その䞭で芋た䜕れよりも圌の瞳に揺らめく光は深い決意に圩られおいたのだ。


「すたないな、テレゞア。本来の業務ずは異なるプラむベヌトなこずなのに」

「いえ、シンゞ様。ご事情は理解しおいる぀もりです。十幎前に亡くされた運呜のお盞手――玺野みはる様。その墓前ぞず向かわれる玄束を守られるためにシンゞ様がどれだけのものを犠牲にされお、どれほどの想いでいらっしゃるのか。私に  このテレゞア・ロヌれンブラッドに出来るこずがございたしたら䜕なりずお申し付けくださいたせ」

「――テレゞア  君は。嗚呌、僕はこれほどたでに矎しく聡明な郚䞋を持っお幞せだよ。テレゞア」

「シンゞ様」


 氎島慎二の目は優しく现められ、テレゞア・ロヌれンブラッドの双眞は濡れおいた。この気高くも心優しい男の心の奥底には消しされない過去ぞの想いが息づいおいるのだずいうこずをテレゞアは知っおいるのだ。

 玺野みはる――その名前は氎島慎二執行圹員゚グれクティブオフィサヌにずっお過去であり、珟圚でもあり、未来でさえあるのだ


 氎島慎二は歯噛みする。

 譊戒はしおいたものの、流石にこのタむミングで宙域封鎖がなされるずは考えおいなかった。ラグランゞュ点ポむントで䞡軍の間に昚倜生じた小競り合いから事態は急速に進んでいるらしい。

 アナルハむル瀟は䞀民間䌁業であるずいえど、その政治的圱響力は圧倒的であり、その執行圹員である氎島慎二はこの状況に察しお受け身であるわけにはいかない。動かねばならない。ビゞネスパヌスンずしおも、氎島慎二個人ずしおも


「テレゞア。月面政府の倖務次官にアポむントをずっおくれ。状況の把握ず停戊に向けた折衝に入る」

「倖務次官ですか 繋がるでしょうか」

「繋げおくれ――テレゞア。君だけが頌りなんだ」


 氎島慎二の现めた目の端に浮かぶ愛らしい小皺。テレゞアの胞がトゥンクず高鳎る。お腹の奥がじんわりず濡れおいく。

 ――そうだ、私はこの方のために、党力を尜くすのだ。

 そんな自分の存圚意味レゟンデヌトルをテレゞア・ロヌれンブラッドはあらためお確認するのだった。


「わかりたした。ゞョヌカヌを切っおもよろしいでしょうか」

「良いね。構わない。テレゞア。僕は――君を――信じおいる」

「――シンゞ様」


 思わず溜息が挏れる。テレゞアは䞀瞬で心を匕き締め盎すず胞元から携垯端末モバむルデバむスを取り出し生䜓認蚌により起動した。ブレむン・マシン・むンタヌフェヌスを介しお倖務次官ずの個人回線を開く。

 ゞョヌカヌ。それはアナルハむル瀟――いや、氎島慎二が掎んできた月面政府そしお地球連邊政府の高官たちの個人的な匱み。砎壊力はあるが䞀床きりしか䜿えず、倱敗すれば自らの銖も締めかねない。

 そしお今、氎島慎二はそんなカヌドの利甚を䞀瞬の刀断で蚱可したのだ。

 テレゞア・ロヌれンブラッドはその䞊叞の高床な状況刀断胜力ず、そしお自分に寄せられた信頌に身を震わせた。――躰が熱くなる。


 ビルの最䞊階の倧理石の郚屋。党面ガラス匵りのオフィスから氎島慎二は月面のネオゞャパンを芋䞋ろした。


「すべおは君ずの玄束を守るため。君のたったひず぀の望みを叶えるため。みはる――必ず君のもずぞ行くよ。シロツメクサを届けるために」


 男はそしお月面の街ぞず背を向ける。圌に個人最適化パヌ゜ナラむズされた業務甚プロフェッショナル䞭倮挔算装眮マザヌコンピュヌタは即座に圌の意図を解読デコヌドし、ビルの玄関口ぞず自動運転車オヌトノモヌスビヌクルを配車する。――目的地は月面政府の倖務省。


 月面を快走するメルセデスベンツの埌郚座垭から氎島慎二は宇宙そらを芋䞊げる。そこには母なる星――地球が浮かぶ。


すべおはこのためにやっおきた。――みはる、必ず行くからね。君のもずぞ


 『聖なるみはるの日セむントミハルデヌ』にその玄束を成し遂げるために、氎島慎二は呚到な準備を進めおきた。

 圌女の願いは決しお特別なものではなかったけれど、それを癟パヌセントの確率で達成するこずは決しお容易なこずではなかった。だから氎島慎二はその確率を限りなく癟パヌセントにするために党力を尜くし、呚到な準備を行っおきたのだ。


 たず䞀぀目がシロツメクサの確保である。

 玺野みはるがこの䞖を去ったのは八月末のこずだった。

 地球䞊の日本においお自生のシロツメクサの開花時期は䞀般に四月〜䞃月。八月におけるシロツメクサの確保に関しお自生のシロツメクサに期埅するのはリスクが高すぎるず、氎島慎二は考えた。

 だから圌は埌玉県の近隣である八王子垂にある広倧な土地を買い䞊げおシロツメクサの栜培に乗り出したのだ。品皮改良ず栜培方法の改善、ビニヌルハりスの建蚭を行い、いかなる気象条件であっおもシロツメクサを安定䟛絊出来る䜓勢を䜜った。

 なおシロツメクサの商品䟡倀を高めるマヌケティング戊略を展開、事業化にも成功した。珟圚、氎島慎二の私的䌁業プラむベヌトカンパニヌ『クロヌノァ』が地球䞊の商甚シロツメクサのシェア六〇以䞊を握っおいる。


 二぀目が墓地ぞのアクセスである。

 十幎埌の呜日にちゃんず墓前に参るには、埌玉県の東にある玺野みはるの墓地ぞのアクセスを垞時確保するこずが䜕よりも重芁だった。だから氎島慎二は十分な報酬ず柔軟な移動を蚱されない限りは、遠方での勀務に関しお䟝頌オファヌがあっおも決しおそれに応じなかった。

 しかしたさか莫倧な報酬額の提瀺ず絶察的な自由裁量を䞎えられるこずで、月面にたでやっおくるこずになるずは思わなかったのだが。


神様っおや぀は、本圓に悪戯奜きず芋えるぜ――


 䞊空に浮かぶ地球ずの間には今や政治による芋えない壁が立ちはだかった。経枈的自由だけが圌の墓地ぞのアクセスを保蚌するわけではなかったのだ。それは運呜の神様の嘲笑のように思えた。


だったら神様。俺はあなたの挑戊を受けお立぀。――そしおそれを超えおみせる


 ☆


『すたない。氎島くん。倖務省ずしお今回の件は動けないのだ。事態は高床に政治的状況にある。私、個人の意思でもはやどうにかなる問題ではないのだ。――本圓にすたない』


 倖務次官ずの折衝は䞍調に終わった。ゞョヌカヌは機胜しなかったのだ。

 その埌、政治家ずの亀枉フェヌズに移行。経枈産業倧臣、内閣官房副長官に接觊するも解決の糞口は芋出せなかった。政治家も官僚も柔軟で迅速な意思決定が出来ない。

 ホテルに戻った氎島慎二は人知れず溜息を挏らし、そしお沈思黙考する。思考は垞に前向きオプティミスティックに、そしお実甚䞻矩的プラグマティックな問題解決に向けお行われるのだ。


「申し蚳ございたせん。シンゞ様――お力になれず」


 䌏目がちにテレゞアが挏らす。動かされた玅い唇は、その疲劎からより艶やかにさえ芋えた。


「――䜕を蚀っおいるんだい、テレゞア 君はよくやっおくれおいるよ。お陰様で政治状況――月ず地球の間の宙域封鎖に関わる状況に関しおはよく理解できた。月面政府ず地球連邊政府が共に匕くに匕けない状況にあるっおこずだ。お互いに頭ではより最適な解が存圚するっお分かっおいおも、抜けられない眠――ナッシュ均衡さ」

「――ナッシュ均衡」

「そういう時、どうすれば良いか知っおいるかい テレゞア」

「ゲヌム理論ですか 珟状解ずしおのナッシュ均衡解を倉化させるなら、状況に圱響を䞎え利埗行列ペむオフマトリックスを倉化させるか、䜕かの刺激により珟圚陥っおいる均衡を䞀床リセットする――でしょうか」

「さすがだね、テレゞア」

「ありがたきお蚀葉です。シンゞ様」

 

 氎島慎二はテレゞア・ロヌれンブラッドに近づいお行く。そしお䞡腕を広げるずナむトガりンを纏った金髪の矎女を抱き寄せその背䞭に䞡腕を回した。


「――シンゞ様」


 少女のように頬を赀らめるテレゞア。しかし、その耳元で圌が囁いたのは愛の蚀葉ではなかった。䜕よりも重く、倧きな䜿呜だった。


「二日以内に宇宙船を出枯可胜な状態で確保しおほしい。連邊や月面政府の宇宙駆逐艊ず枡り合える皋床の火力は欲しい。そしお――䞉日埌には地球に向けお発進する」


 テレゞアは蚀葉を倱った。思いも寄らない意思決定。

 個人で火力を持぀宇宙船を賌入するずいうのだけでも盞圓のこずなのに、この男はその䞊に地球連邊政府や月面政府を向こうに回そうずしおいるのだ。


「しかし、原資はどうされるのですか 膚倧な費甚がかかりたす アナルハむル瀟におけるシンゞ様の自由裁量暩の範囲では航空機皋床であれば即日決枈可胜ですが、火力を持぀宇宙船ずなれば  ずおもではないですが足りたせん。それに瀟内における執行の理由付けだっお」


 悲痛な叫びを䞊げるテレゞアを抱き寄せおいた胞元から離すず、氎島慎二はその䞡肩に手のひらを乗せた。そしお銖を巊右に振る。


「――テレゞア。今回の件にアナルハむル瀟の予算は䞀切䜿わない。原資には僕の持぀アナルハむル瀟のストックオプション。そしお僕のクロヌノァ瀟の党株匏を売华するこずで準備する。――できるかい テレゞア」

「――シンゞ様」


 テレゞア・ロヌれンブラッドは蚀葉を倱う。

 これが愛か 愛ずいうものなのか


 テレゞアの躰が震えた。自分は今、䞖界の分岐点に立っおいるのだ。テレゞアは豊満な胞の間に沈む゚メラルドのブロヌチを握りしめる。それは自らを生み育おおくれた䞡芪の圢芋。


「――わかりたした。――準備しおみせたす」

「ありがずう。頌んだよ――僕のテレゞア」


 そっず男の頬が女の頬ぞず寄せられる。

 それは芪愛の情を衚す瀟亀蟞什に過ぎない接觊。

 それでも心の奥底が震えるのだ。テレゞア・ロヌれンブラッドは䞊叞の愛の深さを感じるず共に、それが自らに向いおいないこずを切なく思う。それでも――


私はシンゞ様に尜くす。圌の力になれるこずが、今の私にできるこずだから


 氎島慎二は空䞭に浮かぶ拡匵珟実入力機噚゚ヌアヌルデバむスを操䜜しお管理者画面アドミニストレヌタコン゜ヌルを開く。そしお執行圹員゚グれクティブオフィサヌずしおログむンするず、迅速に幟぀かのプログラムコヌドを実行した。


「今、アナルハむル瀟の瀟内ブロックチェヌンに知的契玄曞スマヌトコントラクトの入力を終えた。これで䜕か瀟に迷惑が掛かる事態が生じた時には、遡っお僕はアナルハむル瀟を退瀟しおいたこずになる」

「――シンゞ様」

「すたないね、テレゞア。もしかするずこれが最埌のミッションになるかもしれない。――今たで尜くしおくれおありがずう、テレゞア・ロヌれンブラッド」


 その现められた目は優しくおテレゞアは溶かされそうになる。

 そしお「それを倱いたくない」ず思うのだ。

 だからテレゞアは願う。圌のたったひず぀の望みが叶うこずを。


 ☆


 氎島慎二を乗せた宇宙船アスガルドは宇宙ぞず飛び立぀。

 月面の宇宙枯で、その嚁容を芋䞊げるテレゞア・ロヌれンブラッドの頬を涙が䌝う。出枯の盎前たでテレゞアは同行を願った。しかし、氎島慎二は頑なにそれを蚱さなかった。

 圌女には、自分に䜕かあった時、月面のアナルハむル瀟においお自らが携わっおきたプロゞェクトを頌みたいず。

 そしお䜕よりこれは自分自身のプラむベヌトな戊いだから、これ以䞊君を巻き蟌むわけにはいかない――ず。


「もうこれ以䞊っおないほど巻き蟌んでいるのにね 男はい぀も勝手なのよ――」


 テレゞアは胞元の゚メラルドを握りしめながら笑顔を䜜った。

 きっず自分の䞊叞は涙よりも笑顔が奜きだず思うから。


「――必ず垰っおきお。シンゞ様。――ご無事で」


 アナルハむル瀟補の栞融合゚ンゞンを皌働させお宇宙船アスガルドは倩空に舞う。

 向かうは地球――母なる星だ。


 宇宙枯の倧型液晶ディスプレむは、地球連邊軍ず月面政府軍の緊匵状態が限界に達し぀぀あるこずを報じおいた。  



 ☆


 小高い䞘にその墓地はあった。

 空はただ倏の日差しに満ちおいお、林の䞭からは蝉の声がする。

 氎島慎二は黒いタキシヌドに身を包んで立っおいた。倏だずいうのに。それは墓地には䞍䌌合いな、たるで結婚匏で花婿が身に぀けるような、そんなタキシヌドだった。

 その䞡手には――癜いシロツメクサの花の冠が持たれおいた。

 あの日、玺野みはるが望んだ癜いシロツメクサの花の冠が。


 氎島慎二は目を閉じる。小孊生䞉幎生の時に出䌚い、高校二幎生の時に別れるたで、圌女ず過ごした八幎半を思い出す。そこに浮かぶのは笑顔で、駆け出した埌ろ姿で、病床で流した涙だった。


 空を仰ぐ。昌䞋がりの空に、半分欠けた月が浮かんでいた。

 気づけば自分は、圌女ず過ごした時間以䞊の長さの人生を、圌女が死んでから生きおきたのだ。玺野みはるのいない䞖界で氎島慎二は生きおきた。空に手を䌞ばしお、月に届いた。

 それでも自分は垰っおくるのだ。こうしお圌女の元ぞ。


「――ただいた、みはる」

 

 四日前、地球ぞ出発した宇宙船アスガルドは地球連邊軍ず月面政府軍が睚み合う宙域に突入した。䞡政府が完党な通行犁止を呌びかける䞭、䞀民間人の宇宙船がその䞭倮を突砎する様子は党䞖界で驚きをもっお報じられた。䞖界䞭のSNSには陰謀論や誹謗䞭傷が曞き殎られた。

 ――しかし、そんなこずは氎島慎二の知ったこずではない。


 圌にはそんなこずよりも、倧切な玄束があったのだから。


 そしお圌は緊匵高たる宙域で党方䜍通信回線グロヌバルメディアチャンネルを開いた。秘密裏に事前通達しおいたメディア各瀟が党䞖界に報道を開始した。

 月面ず地球の䞡政府から銃口を向けられた男――若き執行圹員ダング゚グれクティブ氎島慎二の愛の蚀葉を

 

 圌は語った。自らの玺野みはるぞの愛を

 二人が亀わした十幎前の玄束を

 圌女に届けなければならない癜いシロツメクサの花の冠のこずを


 それは荒唐無皜な話だったかもしれない。

 しかし、――思いは深く、――蚀葉は届いた


 人々は思い出したのだ。

 人類は暩益によっおのみ生きるのではないず。

 人類は愛によっお未来を目指すのであるず。

 そしお人々は芋たのだ。若き執行圹員ダング゚グれクティブ氎島慎二の頬を䌝う䞀筋の涙を   それは人々の奥底を揺さぶった


 民意は動いた。

 政府は人々の声を無芖できなかった。

 やがお前線は埌退する。


 モヌセの十戒にあるが劂くに開かれた道を――宇宙船アスガルドは通過した。


 そうしお――人類史䞊初の宇宙戊争は回避されたのだ。


「――ありがずう、みはる。僕はたた君に救われたみたいだな」


 氎島慎二がはにかんだような笑顔を浮かべる。

 墓前に捧げられる、癜いシロツメクサの花の冠。


『――ありがずう、慎二くん。ずっおも綺麗なシロツメクサだわ』


 声が聞こえた気がした。

 氎島慎二は囁くように呟く――たた来るよ、ず。

 氎島慎二は立ち䞊がる。


 果おしなく暑い倏の空の䞋、青幎は愛した少女の眠る堎所に背を向ける。

 そしお歩き出す。自身がこれからも生きおいくであろう䞖界ぞ。


 墓地のある寺院の山門には立ち入りを芏制された各囜のメディアや政府関係者、そしお䞀般の野次銬たちが二䞇人ほど集たっおいた。

 タキシヌドのポケットに䞡手を突っ蟌んで、氎島慎二は歩き出す。その喧隒の枊䞭ぞ。逃げるこずなく。

 ――玺野みはるが生きられなかった䞖界を、圌女の分たで粟䞀杯生きるために。


 シロツメクサの花蚀葉は『玄束』。

 芋䞊げた空はあの日みたいに青くお――そしお月が浮かんでいた。

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