ゴミと乙女 三(完)

 ゴミ拾いは幹線道路をれ、その脇にある側道へと移動する。

 大通りの脇にあり田んぼと土手にはさまれた、地元の人しか使わないような細い道で、ゴミのポイ捨てをする人が通ることもないような、人通りの少ない道のはずなのであるが、あにはからんや、ここにもゴミは存在する。

 ビールの空き缶、日本酒のワンカップビン、雑誌、エロ本、使用済みの避妊具、っておいおい、うら若きオトメになんてものを拾わせるんだ。

 まったく、ラブホに行く金もないような、しかもゴミをポイ捨てするような程度の低い男とつきあう女の気持ちがわからないね。

「無性愛者にはわからんだろうな」

 うるせえよ、仲達先生。

 ともかく、ゴミをポイ捨てするような人間は、クズだ。生きている価値がないどころか、生きているだけで迷惑な人間だ。そんな連中は生きていてもしかたがない。いっそのこと、ゴミをポイ捨てする人間は殺してもいい、という法律ができたらいいのに。警察も、ポイ捨ていけない、と書いた看板を立てるだけの甘っちょろい対処をしてないで、いっそのこと、ポイ捨て人間排除法、でも作ったほうがいいんじゃないかね。

「随分根っこの矮小な優生思想よのう。陳腐だ、まったく陳腐だ、曹爽そうそうなみの発想だな」

 いや、もうちょっと良いところで例えてくれ。


「ふう」

 と耳元でため息が聞こえる。

 ふと見ると、仲達先生は缶コーヒー片手に、リラックスモードだ。

 ちょっと先生、どこからそんなものを持ってきたの。

「うむ、私たちの時代では、飲み物の嗜好品といえば、お茶くらいだったのにな。しかも、私クラスの権力者でなければ飲めない超贅沢品だった」

 なにさらっと自慢してんだ、このじいさん。

「今じゃ、飲みかけのペットボトルを道端にすてるほど、お茶は気軽に飲める飲み物になったのだな。コーヒーもまたしかり、だな」

 うむ、古代中国の漢服(というのだろうか)を着たおっさんが、エスプレッソの缶コーヒーを飲んでいる姿は、けっこうシュールだぞ。


 仲達先生に文句を言いながらも、ゴミ拾いは続く。

 日差しが強い。汗が出る。玉のような汗。

「ふむ、汗が若い、な」

 なんじゃそりゃ。

「歳をとると、汗がにごってくるんだな」

 汗がにごるわけはないと思うのだが。

「いや、それがにごってくるんだな。なんかべっとりしてくるし、いらん老廃物でもでてくるんだろうな」

 ふんそうかい。

「若くて結婚適齢期なのに、日がないちにちゴミを拾って汗にまみれているとは、まったく憐憫れんびんをかきたてる光景だな」

 いつの時代の結婚適齢期だよ。

「時代が時代なら、えんめかけくらいにはしてやったのにな」

 正妻じゃないのかよ。

「眉目秀麗でも、中身がそれじゃあなあ」

 なんだよ、また愛想だか愛嬌だかの話を蒸し返すのかい?

「いや、見た目がカワイイだけじゃ、幸せにはなれんよ、という話だ」

 わかってるよ、そんなことは。だから愛嬌が必要って話なんでしょ?


 その私の愛想だか愛嬌だかを試すかのように、向こうから小さな女の子が母親に手をひかれて歩いてくる。

 保育園の帰りなのだろうか、時々みかける母子だった。

 私はそっぽを向いて、ゴミ拾いに集中する。声をかけるんじゃないオーラ、を出しまくって、母子にはあいさつすら敬遠していただく。

 が、子供はそんなものには動じない。子供は、空気を読むだの、オーラを感じるだの、そんな観念など持ちあわせていないのである。

 近づいてくる幼女。

 幼女は私のそばまでくると、私のTシャツのスソをひく。

「おねえちゃん」

 ち、面倒くさいな。でも子供の純真な心を傷つけるのは私の本意ではない。

 面倒だが、私は女の子に顔を向ける。精一杯の(ひきつった)笑顔を浮かべて、うん、と返事をする。

「おねえちゃん、いつもゴミひろい、ごくろうさまね」

 言うと女の子は母親のもとまで走っていき、ふたたび手をつなぐ。母親は私ににっこり微笑みながら会釈をして、ふたりで歩き去っていった。

 私は何も答えられなかった。ただ、呆然とふたりをみおくった。

 なんだろう、この心にこみあげる温かいものは。

 目頭をあつくする、このわきあがってくるものはなんだ。

 みてくれていた。

 私のことを、ひとりの幼女が、ふたつの小さなまなこで見ていてくれた。

 ありがとう、ほんとうにありがとう。


 おい、みたか、きいたか、仲達先生。

 だれだ、私のこの苦労をだれもみていない、などとのたまわってくれていたのは。いったい誰だ?

 私は仲達先生に向って振り返る。

 だが、そこには誰もいない。

 ただ、草のはえた土手と、地面にころがるコーヒーの空き缶。風になびく雑草。虚無の空間。

 空き缶は、道路の傾斜にたいして無抵抗に私の足元までころがってくる。

 今さっきまで心にあった、あたたかな感情にかわり、激烈な感情が心を支配する。

「司ぃぃぃぃ馬ぁぁぁぁぁ懿ぃぃぃぃぃッッッッッ!」

 叫びながら、蹴り上げた空き缶は、大空めがけて駆けのぼる。

 高く、高く。

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ゴミと乙女 優木悠 @kasugaikomachi

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