第pgav12hiej@1:h5vgp話

 会場を埋め尽くすような記者。飛び交う質問。


「では、フルダイブ機器『アトラクター』は開発者である陳健次郎ちんけんじろう博士にも未知の部分がある──と、そう言うことですか?」


 質問は熱を帯びていた。全てを聞き出してやる。そんな感情が目に見えるほど。


 返す答えにそのような色などない。研究者然とした白衣の女は淡々と返す。


「はい。その通りです。博士が遺した資料によりますと『アトラクターの多数同時接続による脳の神経回路と、インターネットにおけるネットワーク回路内の接続子が複雑に絡まりあったとき、電界における時空間に歪みが発生する場合がある』とのこと。そして、そういったケースに出会った人達は、我々が今こうして現存する世界が唯一ではなく、無数にある【世界】の一つだと理解するようです」


「つまりはということですか?」


「そのようなものだと、私どもは理解しています」


 会場がどよめいた。複数のフラッシュが焚かれ、会場内を白く染める。


 別の記者が手を上げると同時に質問を投げた。


「それを証明する証拠はあるんですか?」


「現物を持ってくる事が出来ないので、『証拠を』といわれても。この場にユーラシュア大陸を持ってくることが出来ないのと同じように、他の世界をプレゼントボックスに詰め込んで手渡すことはできません」


「しかし、アトラクターの利用によって心を病んでしまう人も出てきている状況で、再びアトラクターという選択肢を選び、危険を犯す必要もないのかなと思うのですが。そこら辺はどうお考えですか?」


「確かに、フルダイブ機器はアトラクターだけではありません。ブレインインプラント型や脊椎挿入型もあります。しかしアトラクターには、一世紀の昔、小惑星通過時に採取したコロッスス鉱石から作られた装置が組み込まれており、それによって非接触型のブレインアクセスが可能となった。非接触がもたらした功績はあなた方も理解しているでしょう。脳に異物を埋め込まずに済むようになった、と考えれば言葉にする必要もない。なにより、コロッスス鉱石の発見によってこの世界はダイソン球の建設を成し遂げられたのです。アトラクターが人の心を病ませているというのであれば、其方こそ証拠の提示をお願いしたい」


「ですが、アトラクターやダイソン球のせいで、我々人類は『生きる目的』を失ったのは事実ではないでしょうか? 無尽蔵に手に入るエネルギーは人間から労働を奪った。今ではほぼ全てが自動化され、労働は娯楽になり下がりました。今こうしてアトラクター開発の後継を担っている小林博士に私たちが質問しているのも、よかれと思ってのこと。ならば、誠意を持ってアトラクターの事をお教えいただきたいのですが」


 食い下がる記者。目には食いかかるような鋭さがある。


 しかし。


「と、言われましても。こちらも善意で会見の場まで足を運んだのです。もし、パラレルワールドの事を知りたいのであれば、私ではなく量子物理学の門戸を開いたらどうでしょう。あるいは、この世界のあり方に苛立ちや憤りを感じるのであれば、世界統一を成し遂げてこられた世界のトップに謁見できる力をつければ良いのでは? そうでもなく、世界に楽しみを見つけられていないだけであるなら、私の姪が世界最大級のゲーム開発をしているグループの一員ですので、期待して次回作を待つのがベターでしょう。──たしか、ソニテンの開発部? だかに所属していたはずですから」


 博士・小林はそう言うと席を立った。

 会場に集まっている記者たちは、まだ聞きたいことが聞けていないのか、一斉に質問を飛ばす。


「何一つ答えずに逃げるんですか!?」

「パラレルワールドはあるですよね?! ならば、そこに行くことはできますか?!」

「アトラクターの開発書類、設計図の開示をお願いします!」


 どれも答えるに値しない質問の雨。


 知らず溜め息が漏れたのは本人も気づかない。


 だが──。


「この世界、実は小林博士が作り出したフィクションなんじゃあないですか?」


 足が止まった。


 視線が動いた。


 それはすぐに見つかった。


 その男は、この時代には違法だとされている紙巻たばこを火もつけずに咥えながら、こちらをぼんやりと見ていた。


 視線があったのは数秒もない。


 だがその男は、去り際に小林の口の端が僅かに動いたのを、確かに見ていた。

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異世界転生するチート野郎は前世の人間ではないけれど、マホウの技術を駆使してくそったれの世界を妖精とはしゃぐ様に生きていくようです 心の梟 @hukurouta

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