暑中お見舞い申し上げます。
江戸川ばた散歩
親愛なる幼馴染みのあなたへ。
暑中お見舞い申し上げます。
本当に毎日毎日うだる様な暑さですね。
夏は暑いからあまり好きではない、とあなたはよくぼやいてましたね。
それでも昔は私達、近くの海で一緒にバイトとかもしましたね。
暑いのは嫌と言いながらも、こんな田舎ですもの。高校生でもできるものと言えば海の家くらいでした。
あなたはいつも私よりずっときびきびと動き回り、共に働いていた母親達をも感心させていましたね。
そうですね、近年のこの暑さはあの頃の海の家の台所を思わせます。
掘っ立て小屋の様な場所で、大きなアサガオコンロを数台並べて。
大鍋にラーメンや味噌おでんのための湯を用意し、カレーやアサリの酒蒸しの注文があればまた更に火を点け。
ああそうでした。ただでさえ高い気温以上の熱気が常に天井の方に溜まっていました。温度計をかざすと40℃とか示していました。
今思うと、よくあんなところでバイトができたものだと思います。
本当に高校生というものは体力があったものですね。あの頃の大人達も。
ただ、当時の大人達は扇風機しかない場所での涼み方をよく知ってました。
いつも冷蔵庫には麦茶と、あなたのお母さんの持ち込みの、カットしてタッパーに入れた取れたての瓜、時にはスイカが入ってましたね。
昼ごはんの後によく勧められたものです。甘味が今出回っている果物の様に強くはないですが、冷たさは何よりも大きな調味料でした。
その忙しさも昼を過ぎれば大したことはなく、海から出たお客さんが茣蓙の上で昼寝をしている姿がよく目に入りました。
私達もつい気が抜けて、うとうとと瞼が落ちかけたものです。
高校生でしたもの、時々夏休みの課題も持ち込んでは進み具合の話もしてましたね。
そう、確か進路の話もしてましたか。高校まで同じだった私達でしたが、さすがにそれ以上は同じ学校には進めませんでした。
午後も四時を過ぎると、斜めになりかけた西日がきつく屋根の下にも差し込んできました。お盆を過ぎると日に日にその時間が早まってくるのを感じたものです。
その頃にはお客さんもぼつぼつと帰りだして、海からの風もやや涼しさを感じさせる様になってきました。
夕暮れの海は静かな時には本当に美しいものです。
空の色をそのままに映し、色を微妙に変えて行く様は地元民であってもしばらくじっと見つめていたくなるものでした。
手も止まり、片付けをいつするのかタイミングを読むこともできませんでした。
そんな中、私はいつも早く帰りたいという気持ちでしたが、あなたは違いましたね。てきぱきと次にすることをいつも見据えて。
母に私はよく叱られたものです。でも叱られる意味すら判らなくてずいぶんと困ったものでした。
私は仕事というものの意味を結局大人になってからも相当時間が経たないと意味を理解することができませんでした。
いえ、おそらくは今でも本当に理解しているとは言えないのかもしれません。
そんなあなたが、大学を卒業して二、三年で私も知っている中学時代の知り合いと結婚していたと聞いた時には本当に驚きました。
私は実にその類いのことに鈍感でしたので、中学の頃、文武両道トップクラスで、生徒会役員もやっていた彼とあなたが付き合っていたことも全く知らず。
彼は官僚になったと聞きました。その奥様としてあなたはきっとやはりあの頃の様にきびきびと動いていたのでしょうね。
彼が海外に赴任し、それについていったと聞いた時には驚きながらも不安になりました。
ああ遠くに行ってしまったのだなあ、としみじみと思ったものです。
それでもいつかはまた会えるだろうと思っていたのですが。
あなたの乗った飛行機が沈んだ海は、今日も空の色を映して綺麗です。
それでは、いつかまた会える日まで。
それともお盆ですからいらっしゃるのでしょうか。
暑中お見舞い申し上げます。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます