第2話 悩み、思考、答え合わせ。

 -と言うのがことの経緯だった。

 結局今の今までそれがなんなのか分かることなく時間だけが過ぎていたのだけれど、成人を迎えて五年が経った今なら、少しはあの頃より大人になった自分の観点で何かわかる事があるんじゃないかと思っている。


 「やっぱり二重人格説が濃厚じゃない?」

 「いやそれじゃ説明のつかない箇所が多すぎるだろ。」

 「特殊なパターンなんだよ、僕達だけ普通とは違う特殊な二重人格みたいな?」

 「どこの世界にそんな話があるんだよ。ラノベやアニメとかゲームの世界でもそんな設定の話なんか聞いた事ねぇわ。」

 「それは僕も無いけど・・・。」

 「そりゃ俺はお前だからな。」


 考える過程でこの不思議な現象について「俺」と話す機会は無いわけではなかった。

 その度にこんな「問答」を続けていたのだけれど一向に答えなど出る訳もなく今に至っているのだ。


 よく考えてみれば当然のことかもしれない。

 この不思議な現象がなんなのかと言う答えはきっと「僕」が分かる時には既に「俺」も理解しているからだ。

 何故そこだけはっきりと断言できるのかと言う理由も感覚でしか語れないけれど、「僕」も「俺」も同じ「自分」だからだと思うことと、

鏡を見ている間しか居ないはずの「俺」は「僕」が見ている世界を知っていて、その日何があって何を感じて何をしたのかも知っていると言う部分が大きい。


 ん?待てよ・・・?


 「これって、自分以外の人間に見せたらどういう反応をするの?」

 「ッ!?俺を誰かに見せるって事か?」

 「うん。なんとなく思いつきで。」

 「その発想は無かった。我ながらいい案だな・・・やってみようぜ。」


 「俺」がもし友達に居たら僕はもっと気楽に生きていられたんだろうな。

 たった一人でも肯定してくれる人がいると少しでも自分が間違っていないのかもしれないと思えるし。


 「宛はあるのかよ。」

 「一応、ね。」


 候補は何人か居た。

 最初の候補は俺が高校卒業後にSNSで知り合った友人が数名、もう一つの候補は小・中学生の時からの友人が数名。


 と言ってもこんな話を相談出来る相手なんて友人と言えど限られてくる。

 後者に至っては笑い話にされて終わるだろう。


 「となると」

 「SNSで知り合った友人にビデオ通話繋いで付き合ってもらうことにしよう。」

 「そっちの方が得策だわな。」


 無難な選択肢のはずだった。

 だが考えはまとまったと言うのに行動へ移すことが出来ないのだ。

 そもそも僕はSNSの友人に顔を見せた事がないからだ。

 見せられるわけがないだろう?いじめで受けた傷は完治して跡も残っていないからそこに懸念を感じているのではなくて、根本的に自分の容姿に自信が無いのだから。


 盲点だった訳では無い。

 だけど自分の悩みを解決させるために思いつく限りの案を捻り出した結果がSNSの友人に頼るというものしか無かった。


 「お前さぁ・・・。」

 「わかってるよ・・・。」


 なりふり構ってられないと言うほどでも無い問題に自分の個人情報の一つで尚且つ自信の無い容姿を晒すと言うのはあまりにもリスクが大きすぎた。

 だけど気になって仕方がない問題でもあるしその友人がもしかしたら偶然にも僕と同じ現象に悩まされているかもしれない。

 気がついたら悩みを解決するための策について悩み始める結果になっている。


 と言うかこんなことを相談して危ない薬物でもやっているのかと思われたらどうしよう。

 友人である以上心配をかけてしまうのは当然の事、怒られるだろうし今すぐやめるべきだと強く説得される。


 実際にはそんな物やってないので虚しい説得に終わるけれど。


 「どうすんだよ・・・。」

 「とりあえず遅刻しそうだし仕事に向かうよ。」


 モヤモヤを残したまま、一つの悩みを二つの悩みに増やすだけ増やして僕は職場へ駆け足で向かった。


 その日の仕事は比較的いつもやっている内容で助かった。

 慣れている作業をするだけなら考え事をしながらでもできる。


 「僕」も「俺」も鏡を見ている間に話ができることについては気味悪がっていたが、生活に大きな支障はなく、精神的に何かをもたらすなんてことも特になかったから放置していたのだけれど、一度気になり始めるとモヤモヤして仕方がない。


 鏡の中の自分との会話、もう一人の自分、問答、僕と俺の異なる一人称、口調は違えど一致した価値観。

 任された仕事をこなしながら頭の中で整理したキーワードのようなものを羅列していく。


 「僕は・・・。」


 宙を舞うその言葉にレスポンスは無い。

 鏡を見ていない時はもう一人の自分がいない為、反応する人も居ないのである。

 だがその仮説にたどり着くきっかけとしては十分だったのかもしれない。


 「自分との問答、鏡に移る自分が心に巣食う自分なのだとしたら」


 「自問自答」


 きっと誰もが生きているうちに必ず行う自分との会話。

 それがもし僕にとっては鏡に移る自分との会話、問答という事なのだとしたら、一つ確かめなければならない事が明るみとなる。


 難なくその日の仕事を終えた僕は足早に帰宅した。


 「よう、確かめる気になったのか?」

 「そうだね、やることは変わらないが確かめなくちゃならない。」


 悩みの正体が自問自答であるのだとしたら、他人から見て鏡に話しかけている僕の姿はただの独り言を喋っている人にしか見えないはずだ。


 これが答えなんだとしたらこんな事のために十年も悩んでいた自分が心底馬鹿らしく思えてしまう。


 しかし自分で答えを見つける為に風変りな方法で自分に向き合っていたのだとしたら、人に知られるのは恥ずかしいけれど誇っていい事なのかもしれない。


 「連絡を取ろう。」


 僕はSNSの友人にこれまでの経緯を話し、ビデオ通話を繋いでもらうことにした。


 「どうかな、鏡に映ってる僕は何か喋ってる?」

 「・・・何も喋ってないな。」

 「俺の声は聞こえてないってことか」

 「いや、聞こえてるけど」

 「えっ」


 「俺」が反応する。

 ・・・いや、反応したのは鏡に映る「俺」ではなくて「僕」と自分のことを呼称していた「俺」だった。


 そこで俺ははじめて知った。

 今まで「僕」に語りかけていたのは、いじめによって心の限界を迎えたあの日に現れた荒っぽい自分自身だったのだ。


 「つまり俺は一人でずっと鏡の前で喋っていたんだね。」

 「怖っ。」


 普通そう思うよね。

 俺もそう思う。


 「なんか、ごめんね・・・こんなしょうもないことに付き合ってもらって。」

 「全然大丈夫、むしろ今までそれに気付けなかったのは限界を迎えた時のお前は孤独だったからそんな事にもなったのかもしれないし。」


 今までの悩みの正体が「自問自答」であったことがわかっただけでは無く、良い友人が居たのにもっと早く相談しておけばよかったという事に気付かされたのだった。


 未だにあの頃の傷は癒えていないけれど、今は信頼できる仲間と心に巣食う「自分」が居れば何とかなるような気がする。


 その日以降、毎朝鏡を見る時間が、鏡の中の自分と喋る時間ではなく、この間のビデオ通話で友人に相談の解決ついでに褒められた容姿を整える時間に変わったのだった。


-終-

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【自分】 九ノ沢 久遠 @sawayan39

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