第9話 飛沫と天啓
視界を降ろすと、そこには二十前後の男が、宙を舞ったソレの持ち主であろう少女に得物を振り下ろすところだった。
「……!!」
呪いの影響か、驚くほど加速された思考で一瞬の内に判断する。
状況を確認:両者とも接点ナシ→見過ごすべきでは?
少女:「汚染」された麻布、歳八つ前後、恐らく「刀」の持ち主、情報量未定
男:「汚染」された直垂、歳二十前後、「刀」の持ち主、戦闘経験アリ
見過ごす→女が食われる→範囲的に次は自分
介入する→勝ち目は?→奴が女を食って手が付けられなくなるよりはマシ
決定:介入
足に力を込め強化された脚力で地面を抉る。
共鳴する刀の放つ黒い光が残像を描き、突進を霹靂と化す。
あくまで紘の目的はカミサマの根絶やし。刀が同胞を求めるのであれば、使い手は食うか食われるかの定め。であれば、餌は与えない方が良い。
向こうもこちらに気付いたのか、僅か一瞬手が止まる。
その隙に剣の軌道の先に刃を滑り込ませ、突進のエネルギーを叩きこむ。
ギャリリリリリリィィィィィという化け物の咆哮のような音が鳴り、男が吹っ飛ぶ。
「何だァ手前ェ!!!」
悪態をつきつつも空中で身を翻し、華麗に着地する様は男がただ者ではないことを表すには十分だった。
間髪入れず攻撃を再開する男。
足捌きから力の入れ方、呼吸一つに至るまでその動きは洗練されつくされている。
そこには強化された己の身体能力を振り回すだけの紘とは決定的な差があることは一目瞭然だった。
何しろ男の復讐心を胸に秘め、我流の道を進むこと七年。その年月は到底今の紘をはるかに上回る。ポッと出の新入生である紘が挑むにはあまりにも無謀。
刀の形も男の動きに合わせたかのような進化を遂げ、切り裂く事に特化した不思議な形状へ変化している。
当然だが、カミサマの手によって尽きることの無い食糧と、「御使い」という戦力を手に入れたヤマトノクニは、争うことを止め武力を手放した。ーー「異端者」に対しては別だが…
そのため、この世界で表される「刀」とは、古来の刀、つまり神秘により切れ味を得た鉄の棒であり、その力が失われた今刀本来の切れ味を出せるのは「御使い」とカミサマに対してのみで、他は見た目どおりの効果なのだ。
よって、男の切り裂く事に特化した刀、明確な凶器はまだ存在せず、これからも存在する必要が無かった。
「くっ…!!」
こちらも構えて応戦する。並外れた回復能力を有している紘だが、戦況は圧倒的に不利。
まず第一の要因は剣の腕前だろう。刀の力で身体能力は平均男性を凌駕する程まで増大し、回復に特化した紘は過剰な細胞の増殖により僅か数日で「御使い」とまともに渡り合える段階まで発達したが、本人の剣の技量までは上がらない。
そしてもう一つの要因は刀のポテンシャルだ。長年使い込まれ、男の流派に合わせた刀は男の戦闘力を何倍にも引き上げる。
特に刀を振り抜く速度が異様に早く、風を抜くその切っ先は、斬られたことすら気付かないだろう。
続く剣戟、木の陰に身を顰める少女を守るように、襲いかかる数多の刃をその身に受ける。
紘もただやられているわけではなく、持ち前の俊敏さを生かした予測不可能な攻撃を繰り出し反撃する。
方向転換の際に爪先だけで地面を蹴り、地面との摩擦を限りなく軽減することで、速度を生かしたまま回転することを可能とした。
もとは村の子供たちの間の遊びから編み出した技法だが、年単位で改良を続けたその動作は他の動作にまで影響を及ぼし、ただ速度を出すことのみに動きの一つ一つを特化させた。今の紘なら刀の呪いによる身体強化も相まって壁だって走ることができるだろう。
しかし、通常ならば確実に対処どころか反応することすら不可能な一撃さえも、尋常ならざる反射能力に全て防がれてしまう。
傍から見れば紙一重の防御だが、実際は男が全て見切っている状態。
一秒たりとも男の目は紘を逃さない。
鳴り響く金属音。その波動は森を震わし、野狐や鳥達が一斉に発信源から逃げていく。
圧倒的に不利な攻防が繰り広げられる。
向こうが一歩踏み出す度に、目で追う事すら許さない神速の刃が迫る。
直感を頼りに刀を合わせ、間一髪で弾いてはいるが、いつ外れてもおかしくない運試しに近い。
腕が痺れる。切っ先が頬や胴体を何度も掠め、その度に修復される。しかしその速度も少しずつ落ちてきていた。
だが、疲労していることは向こうも変わらず、僅かながら切っ先が見えるようになってきた。
絶望的な勝負に諦めかけた時、勝機が訪れる。
「そこっ!!!」
打ち合いの途中、ようやく動きが鈍くなったのか、弾いた反動で相手の重心が右側にずれる。
こちらは致命傷こそ免れているものの、傷が少しずつ治らなくなり、ダメージは確実に蓄積されているため、この機を逃すと次は無い。
咄嗟に突きの構えを取り、全力で踏み込む。
バランスが崩れ、まともな防御は不可能。立て直しよりも、こちらの刃が届く方が早い…!!
これで決まりだ―――!!。
―――果たしてそう思ったのはどちらだろうか。
これまであやのつけようが無いほど洗練された動きをしていた奴が、易々と隙を見せてくれるだろうか。
人間、苦しめば苦しむ程差し伸べられた手を掴もうとしてしまう。
それが、掴んだ者を地獄へ引きずり込む悪魔の手だとしても…
それが罠だと気が付いた瞬間には、もう遅かった。
こちらに敢えて決定打を与えようとせず、確実に体力を削り思考を奪った上で、分かり易い重心の偏り――即ちわざと隙を見せる。
これまでの紘の戦闘スタイルを的確に分析し、ほころびを突く特性を利用した一手。
男の期待に、見事答えてしまったのだ。
重心を敢えて崩す予備動作。普通は自殺に等しい動作だとしても、あらゆる状況を想定したこの男の我流ならば話は別。
コンマ1秒で地面に着いた右足首を急回転し、左足で地面を抉り、爆発的な加速を生み出す。紘の急旋回と同じ方法で、左手を錘にそのまま腰をひねり繰り出される必殺の一撃。
居合抜きの速度にも匹敵する全身のバネを利用した一撃は、とっさに防御に切り替えた紘に直撃し、刀ごと吹き飛ばす。
音を置き去りにした速さの一撃に、刀が真っ二つにされなかっただけマシなのかもしれない。吹っ飛ばされ、木の幹に激突した紘は左腕が骨折、他にも全身の28箇所が打撲、56箇所に切り傷があるという無残な姿になった。
「かはっ……!! 」
起き上がろうとしたが、視界が朦朧とする。打ち付けられた衝撃で脳震盪を起こしたか。指先が震え刀を落としてしまう。
そして、喉元に付きつけられる黒い刃。
冒頭に至る―――――。
――――――――――――
「刀を置いてさっさと失せな。首は残しといてやる」
与えられた選択肢。答えは最初から決まっている。今のうちに呼吸を整え、状況を把握する。
自分の刀までの距離は十二尺、体勢が不十分な状態では届かない。
周囲に少女と男以外の生命の反応は無し。もとより剣戟の過程で発生した衝撃波が周囲の木々をほとんど圧し折っている為、居場所を失ったという方が正しいか。
「さっさと答えろ。こんなの余程の馬鹿でもわかるだろ?」
解答を促される。もう少し回復に徹していたかったが、仕方がない。
奴はこちらの目を見ている。崩れ落ちる自然な動作に紛れ込ませたものに気付いてはいない。
手元にあるソレを握り、はっきりと宣言する。
「―――――断る。」
一言。明確な意思表示。付きつけられる黒い刃に力が入る
此処からは失敗は死と等しい。だが、今自分が打てる最善の作戦。
相手は今「構え」をとっていない。即ち、急な攻撃に対応できない状態だ。
「なら……さっさと死にな!!」
刀をほんの一寸進め、紘の喉元を貫く―――
「今だっ!!」
「!!! 小賢しい真似を――」
寸前、男が一歩後ろに下がり、ソレを躱す。
倒れ込む自然な動作の隙間に拾った手ごろな石。投石はそこまで得意ではないが、刀によって増強された身体能力の前では関係ない。
男が刀に力を込めた瞬間、手首のスナップだけで投擲。当然狙いは顔面。
構えを解いていた男は反応が一瞬遅れ、回避せざるを得なくなった。
そしてもう一つ。
男は回避の瞬間、後ろを警戒していた。勿論連携を頼んだ覚えはない為先程の言葉ははったりだが、効果は覿面だった。
1秒未満で体勢を立て直し、刀の下へ走る。駆ける足音が轟音となって鳴り響き、地面が抉れ粉塵が巻き上がる。
転がるように右手を伸ばし刀を掴む。男ははったりを噛まされたことに気が付き、こちらに対して構える。
そのまま間髪入れず突撃。僅か数分の打ち合いだが、相手の剣筋も大分読めるようになってきた。まだ刃を捉えるには至らないが、肩と腰の動きの規則性から逆算して割り出すことができる。
あくまで一瞬。一秒にも満たない予測だが、そのコンマが勝負を分ける。
「うおおおおおおおあああああああああああっっ!!!」
「しゃらクセェ!!!」
一の刃を上半身を下げて躱し、二の刃に下から刃を当てる。
十数秒ぶりに鳴り響く金属音。社にある銅鐸ですらここまでの音は出ないだろう。
荒れ狂う風圧、地面には既にクレーターがいくつもできていた。
飛び散る血飛沫。回復が追いつかない紘の体からはかなり出血していて、並の人間では既に失血死していてもおかしくない状態だった。
しかし、刀を持つ者全員が紘のような再生能力を持っているわけではない為、相手も確実に消耗している。
無論、真っ正面の攻撃ではまず通らない。
地面を抉るほどの超加速で繰り出す音速の一撃も、奴を少し後退させるだけに終わってしまう。最低限の動作で力をいなされる。
予測ができるのは次の刃まで。それが過ぎたら、不可避の刃をもろに喰らってしまう。
錫杖とは比べ物にならない切れ味の男の刀相手では、「御使い」相手に取った戦法も通用しない。乃ち、次が正真正銘最後のチャンス…!
踏み込みを敢えて途中で止める。
「なっ………!!」
神速の一振りは紘の額を掠め、カマイタチの要領で皮膚を切り裂く。
最早痛みは無く、ただ右手に握る金属の棒の感触だけが残る。
「喰らええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!!!!!!!!!」
「っ!!」
それは不意打ち以外で初めて男がとった明確な回避行動だった。
咄嗟の判断で後ろに重心を預け、軽く跳ぶ。確かにこれならば紘の刀は躱せるだろう。そして隙だらけの紘の首を撥ねる体力は十分に残っている。
しかし、男は忘れていた。
何故紘がここまで大声を出していたか。不意打ちの言葉は果たしてただのこけおどしだったのか。
もう一人、男が仕留めそこなった依代がそこに居た事を!!
振り返ったときにはもう遅い。
既に圧倒的な腕力を以て振り降ろされた質量の塊が、男の頭部を捉えていた。
「しまっ」
「てぇいっ!!」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!
可愛らしい掛け声とは裏腹に、恐ろしい音が鳴り響く。
男の頭部に直撃した一撃は、男の頭蓋骨を砕かんほどの威力、喰らったら紘とてひとたまりもないだろう。
白目を向いて倒れる男。頭部から血が流れ、死んでもおかしくはない状況だ。
しかしまだ息はあるようで、今のうちに止めを刺しておかなければ次は無い。
「はぁ……はぁ……止めd ……っ!!!?」
ピリピリとした嫌な気配を感じ、咄嗟に周囲を見回す。
この感じ…間違いない、刀を抜いて結界が崩れた時と同じ!!
「御使い」どもに囲まれている。数は十数人程度、切り抜けられない訳では無いが、恐らくこちらが三人いる想定で送られた数、満身創痍の二人ではとても太刀打ちできない。
だが、それでも。
刀の呪いと、奴らの聖なる気は相反する存在。
理性的な殺気ではなく、本能的な怨嗟が体の中から湧き上がる。
ああ、吐き気がする。この澄んだ空気。
奴らがあの憎たらしいカミサマの手足だと思うと、八つ当たりだとしても知り得る全ての苦痛を与えたくなる。
紘の感情に反応したかのように、刀の瘴気が蠢き紘に吸い込まれて行く。
その瞬間、数えきれない傷口が次々と塞がっていく。骨折した左腕は未だ使えず、全快とまではいかないが戦闘続行には十分な回復。
まだ死ねない、こいつ等をぶちのめし、そこで伸びてる男の刀を奪い、カミサマを全て滅ぼすまで、死んでなるものか。
「来やがれ、雑兵が。」
数の差で圧倒的に不利。だが、こちらには感情でどうにかしてくれる刀がある。
喰らいついてでも…!!
『多勢に無勢、確かに心配性の天照の譲さんの家系がやりそうなことだけど、良くないなぁ、そういうの。』
「「!!!」」
宙から声が響く。次の瞬間「御使い」の目の前に落ちるようどこからともなく刀が何十本も降ってくる。
綺麗な円陣を描いたそれは、京で流行っていた占いのようだ。
『ま、今はもうこの程度か。昔は
刀の柄に当たる部分から二本の光が延びる。光と光は繋がり、やがて二本の光の円を成す。
そう、それが模るものは鳥居。それが意味するものは通り道。
円陣の中がまばゆく光り、その後には紘達三人の姿は無かった。
カミサマ殺し 静謐の楽団 @Seihitsu2019
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