第8話 導き

迂闊だった。



喉元に付きつけられる黒い刃。

いくら不死身の体とて、首を撥ねられればそうはいかない。


――相手が悪すぎた。自分はなんて未熟だったんだ。

力量、技術、信念。その全てにおいて奴は圧倒していた。


                      ただ一点を除いて。


差は歴然だった。そもそもなぜその可能性に気付かなかったのか。


                      それでも、あいつを守らなくては。







刀の持ち主は、紘だけでは無かった。


―――――――――――――


時は数日程遡る。


八分村を旅立ち、次なる目的地へ向かう紘。

目的地とは言っても、刀の告げる使命は酷く曖昧なもので、指し示すのは方角のみ。

今はそれを頼りに、北へ北へと足を進めていた。



あの「御使い」の心臓を貪ってから、体の調子が非常に良好だ。

つい数十分前は瀕死の重傷を負っていたことなど、傷跡一つとして無い。

村から出たことで呪いの影響が薄れたのか、久々に空腹を覚え、食糧補給のついでに

野兎の心臓を食べてみたが、如何せん血生臭い上に嫌な感触、血の味しかせず食べられたものでは無かった。


「(――――「御使い」奴らの心臓は、美味しかったのに)」



午前の間に食糧を確保し、日が暮れるまで歩いては、その場に刀を突きたてて結界を創り、眠りにつく。

その繰り返しだった。

以外にも紘は手先が器用で、小さいころからよく母親の料理(時代ゆえにそう呼べるほどの物ではないが)の手伝いをしていた。その為木の実の割り方や、食べてはいけないキノコ、弓や投石などの覚えも早く、器用万能だった  ――割には肝心なところでいつも詰めが甘く、獲物を逃してしまう事が多々あったのだが。


中でも特筆すべき点は、その俊足であろう。猪にも匹敵するその足の速さは、村の誰もが追いつくことができなかった。

疲労を殆ど感じさせない体を上手く使い、一日に25里(約10km)ほど走り抜けた。



しばらく進むうちに、あるものに気が付く。

「足跡…?」

採取中でなければ気付かなかっただろう。その小さな足跡。しかしはっきりと地面にめり込んだそれは、確実に人の足跡をしていた。


「異端者」であることはその手に持つ禍々しい金属の棒が示している為、村には入らず、外周を迂回するように山や森を歩いている。

当然、他の村々も同様に郊外の森には入らないよう達しが出ているはずだが…


「異端者…にしては小さいな、迷子か…?」

たまに言いつけを守らず森に入り、迷子になる子供がいる。実際昔に紘の幼馴染の子が森に入り、親に弩叱られていたのを知っている。


しかし、それにしては間隔が空きすぎている。

五寸(約15cm)程度の大きさから大体10歳前後の少年少女だと見受けられる。だとすれば歩幅は大体六~七寸(18~21cm)がいい所だが、明らかに十寸ほど離れている。

歩くにしては平均の成人男性並みの歩幅は異常。即ち獣から逃げているか、にしては足跡が小さい物しかないのはおかしい。だとしたら、追いかけている奴は…?



足跡の続く先と、刀の示す方角は一致している。

まさかと思いつつ、足を進める。




2分ほど進んだ先、金属音が聞こえ始めた。

刀同士がぶつかり合うような音。

音とともに、自分の右手が握りしめているそれが共鳴するように、内側に更なる音を響かせる。


嫌な予感は更に強くなる。

八分村は他にも存在すると禰宜さんは言っていた。だとしたら。


森を進み、少しばかり開けた場所へ出た。

道がやけに綺麗で、昔開拓されていた場所であることが伺える。




そして、一振りの刀が宙を舞うのを見た。

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