第3話 錆び錆び獣

「ちょっと剣を貸してみろ」

 ステラさんとコンバさんの活躍に驚いていると横からハンクが声をかけてきた。何をする気だ? 逡巡しているとハンクがしびれを切らす。

「ジーナ。こいつの剣に魔力付与頼む」


 ジーナさんが杖を構えて詠唱した。僕の手にする剣が白い光を放ち始める。ハンクが僕の目に鋭い視線を送ってきた。

「その剣大切なんだろ? だったら、早く俺に渡せ。このままだと錆びて使いものにならなくなるぞ。あいつの持ってたものみたいに」


 ハンクの視線は蛇人の折れた剣に向けられる。

「あいつの剣と打ち合っただろ。あの錆び具合は尋常じゃない。あれは錆び錆び獣に触れちまったんだ。そのモンスターは触れた金属を錆びさせる面倒くさい奴でな。しかもその効果は間接的に触れたものにまで及ぶことがある」


 目を凝らすと剣の一部に赤いものが見えた。どうやら赤錆らしい。意識がそれている間にハンクは僕の手からさっと剣を取り上げた。背負い袋から出した端切れに油をしみ込ませると剣の一部を熱心に擦り始める。ジーナさんが笑いを含んだ声を出した。


「あら。その布って」

「想像の通りだ。余計なことを言わなくていいからな」

 一体何のことやら。

「ほらよ」

 ハンクが返してくれた剣にはもう錆は浮いていない。


「少し表面だけは被害が及んだが、まあ問題ないだろう。後で研ぎに出すんだな」

 周囲の視線が僕に集まっていた。その感じからするとハンクが僕に言ったことはあながち嘘でもないらしい。

「ありがとうございます」

 礼を言ってさらに詳しいことを聞こうとする僕をハンクが遮った。


「話は後だ」

 ハンクが僕を押しのけるようにして前に出る。手足の短いずんぐりむっくりした体つきの動物がすぐ近くまで近寄っていた。赤茶色の剛毛に覆われた大型犬ぐらいの生き物に向かってハンクが小剣を抜き切りつける。


 二度、三度と剣が振り下ろされるとその生き物はぱたりと倒れた。ハンクは先ほどの布切れで自分の小剣を丁寧にぬぐう。

「こいつが錆び錆び獣だ。間違っても金属を触れさせるなよ。特にコンバ。お前は絶対に近寄るな。高い鎧が酷いことになるぜ」


 僕はあることに思い至った。

「どうしてその剣は錆びないのさ。あれだけ触れてたのに?」

 ハンクは面倒くさそうに返事をする。

「さっきお前さんの剣に魔力付与したのと一緒さ。一時的に錆びの効果を抑制する」


 それからダンジョンの第一層を一巡りした。その後はゴブリンと長い爪の小人と遭遇し、僕とリコは無事に初陣を飾る。僕らは左右を固めてもらっているので正面の敵を戦うだけで良かった。たぶん、僕らがいなくても問題は無かったと思う。それほど、他の前衛二人の腕は凄かった。


 リコと交代して後衛をしているときに観察をする。コンバさんの戦斧はパワーとそれに裏うちされたスピードで相手を粉砕した。ステラさんの動きにはまったく無駄がない。一見余計な力を加えていないようでいて、相手の急所にハンマーの先端が鋭く食い込んでいた。


「騎士より強いかも」

 思わず漏れた言葉をハンクが当然というように肯定する。

「まあ、そうなんじゃねえの。間違いなく並の騎士よりは強いだろうな」

 じゃあなんで冒険者なんてやってるんだ、という言葉を僕は飲み込む。


「うちのギルドには元騎士でかなり腕が良く魔法も使える剣士が在籍しているが、二人の腕は認めているぜ」

 そんな優秀な人が本当にこんなできたばかりのギルドにいるとは思えないんだけど。それに、もしそんな人が居るならアリスさんも僕らのパーティに組みこんでくれれば良かったのになあ。


 前衛二人の腕は実際に目にすることができて分かったけれど、ハンクは基本的にあれこれ指図をするだけだった。錆び錆び獣は倒しているものの、触れた金属を錆びさせる能力を除けばそれほど驚異的な存在とも思えない。一応、一度だけ粗末な箱を開錠していた。


 箱の中身を回収するとハンクは引き上げを告げる。手に入ったのは銅貨数枚と安物のブローチだった。僕とリコはかなり疲労する。ダンジョンから出て外気に触れると正直ほっとした。ハンクが労う。

「よくやった。初日にしちゃ上出来だ。ギルドに戻るぞ」


 疲れた足を引きずるようにしてレッケンバーグの町に戻った。僕は口をきく元気も無いが他の人は気楽に会話をしている。

「やっぱり、このダンジョンは暑いわね。コンバ、あなたに貰った首飾り、ひんやりしていて助かるわ」

「そうっすか。それは良かったっす」


 ギルドの広間のテーブルで今日の戦利品を確認する。モンスターが所持していたものを含めて銅貨十四枚と安物のブローチだった。六人で分けると一人三枚ぐらいにしかならない。これでは宿代にも足りないぐらいなんだけど。どっと疲労感を感じていると、僕とリコの前に七枚ずつ置かれた。


「初陣祝いってことでお前たちが取るがいい。遠慮するな。もともと初回のダンジョン探索への同行は無料奉仕ってことになってるんだ」

 ハンクは信じられないことを言う。僕が手を出しかねているとリコが手を伸ばそうとした。僕は慌てて止める。


「どういうことですか? あなた方にはなんの利益もないじゃないですか? 何か裏があるんですか?」

 ハンクは髭に覆われた口元をほころばせ他の人を振り返った。

「おい聞いたか? 若いのにしっかりしてるじゃねえか」


 コンバさんも感心した声を出す。

「そうっすね。俺がこれくらいの年だった頃と比べたら雲泥の差っすよ」

 ステラさんとジーナさんは、好意は素直に受けておきなさい、というようなことを言った。


 なおもそのまま手を出さないで居ると受付係のアリスさんがやってくる。

「あら。どうしたの?」

 アリスさんは事情を聞くとハンクの言い分を肯定した。

「不審がる気持ちは分かるんだけど、でもギルド長が決めたことだからね」


 リコはあっさりと納得する。

「なあ、カイル。そういう決まりっていうなら問題ないんじゃないか。アリスさんもそう言ってるんだし」

 気持ちがぐらついたが僕は頑張った。


「それなら、決めたというギルド長に会わせてください。僕も今では冒険者ギルドに所属しています。まだ駆け出しですが少しの時間ならお話できますよね?」

「そんなに生真面目に考えなくてもいいと思うけど」

 懐柔するように笑みを見せるアリスさんに頭を下げてお願いする。


 顔を上げるとアリスさんはハンクを見ていた。僕の視線に気が付くとハンクを指さす。人を指さすというのはあまり品のいい仕草じゃない。僕の中で、気さくなお姉さんの評価は少しだけ下がった。ハンクを見ると首の後ろを掻いている。

「別に隠していたわけじゃないんだが、俺がギルド長のハンクだ」


 沈黙が辺りを支配した。周囲を見回した感じからすると、全員で僕をからかっているか、本当なのかのどちらかだった。その時、ギルドの建物の入口の扉が開いて、先日会った可憐な少女が入ってくる。弾むような足取りでやってくるとハンクに向かって衝撃的な台詞を吐いた。

「旦那様。お帰りなさい。ダンジョン探索はどうでした?」

 こんなおっさんと結婚してるの? う、嘘だろ。


 ***


 お付きあいありがとうございました。

 申し訳ないですが復活連載はここまでです。

 言い訳がましいですが、構想していた部分を改変して書籍版のラストに使ってしまいました。

 そんな書籍版第3巻が発売になっています。ご購入頂けると嬉しいです。

 

 また、ドラゴンノベルス小説コンテスト向け新作を公開しています。

 よろしければこちらもお付き合いくださいませ。

 『無断転生』

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648122854903

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酔っぱらい盗賊、奴隷の少女を買う 新巻へもん @shakesama

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