第2話 狭間のダンジョン

 レッケンバーグの町から一番近いダンジョンは大トンネルと呼ばれる地下通路の側に入口がある。大トンネルはゴンドール湖の下を貫いていて王都カンヴィウムへの近道になっているそうだ。危険なモンスターが出てくるので現在では一般人の通行は禁止されているらしい。早く一人前になって大トンネルもささっと通れるぐらいになりたいな。


 ダンジョンの入口には頑丈な鉄格子がはまって鍵がかかっていた。彷徨い出てきたモンスターが住民に危害を加えることがないようにそうしているらしい。振り返ればすぐそこに町が見えるほど近いところにあるダンジョンなので特別にこのような処置をしているそうだ。


 ハンクというおっさんが頼みもしないのにそんなことを教えてくれる。革鎧は割としっかりした造りで最新のデザインのものだったけど、腰から下げているショートソードはボロかった。僕の剣も古いけど、これに比べたら比較にならない。こんな装備で大丈夫なのだろうか?


 その点、コンバさんは立派な金属製の全身鎧にでかいバトルアックスで相当お金がかかっていそうだ。腕がどれほどのものかは分からないけれど、弱っちいモンスターなら苦も無く相手ができそうに見える。面甲で童顔が隠されているからというだけかもしれないけれど。


 ステラさんは革製の胸当てに、同じく革製のエプロンをつけている。額には鉄片のついたヘアバンド。昨日は頭に巻いていたスカーフは首元を飾っていた。手には長い柄も含めて金属でできたハンマーを持っている。太い腕なので当たりさえすれば結構痛そうだ。


 ステラさんはハンクに話しかける。

「ブランク長いし前だったら断ったんだけどねえ。なんだか体の調子もいいし、あの子にはお店のこといろいろと手伝ってもらってるから。まあ、期待しておくれよ」

 やっぱり元冒険者で、今は本職じゃないんじゃないか。


 ジーナさんはいかにも本物そうな杖を持っていた。それっぽい文字が彫り込んであるからたぶん魔法の杖なのだろう。ジーナというのは仲間内での自称なのかな?

 有名なバラスマッシャーにあやかって名乗っているに違いない。まさかこんなしょぼいパーティに本物が参加してるはずがないものな。


「よーし。それじゃあ、最初はどっちが前衛やるんだ?」

 ハンクが話しかけてきた。僕はリコと顔を見合わせる。

「僕たち二人が前のつもりだったんだけど」

「実力が分からないうちは一人ずつだ」

 ハンクは有無を言わさない口調で宣言した。


「じゃあ、僕が先に。いいだろリコ?」

「ああ構わないよ」

 リコは緊張しまくっている。かく言う僕もその実内心では不安でならなかった。獣を狩ったことはあるけれど武器を手にするモンスターを相手にするのは初めてなのだ。


「そんなに深刻な顔をして力まなくても大丈夫だ。まあ舐めてかかるよりはいいけどな。なにしろ今日は神官不在だ。居れば絶対ついてきたろうけど、幸か不幸か今は王都に居るんでな」

 ハンクがなんだかよく意味の分からない言葉を吐く。僕は肩を回した。

「怪我しなければいいだけさ」


 ハンクは僕の返事など気に留めるそぶりも見せず言葉を続ける。

「神官不在だが、このダンジョンは第三層までしかない。大トンネルの浅いところの支道にある細い間隙とつながっているだけだから、大型のモンスターや強力なのは潜んじゃいないさ。今日のところは第一層をさっと一巡りするだけだし」


 ハンクは大きな鍵を取り出すと鉄格子に近づいた。

「それじゃあ準備はいいかい?」

 各自返事をするので僕もOKと伝える。ハンクは鍵を差し込んで回すとさっと扉を向こうに押し込んだ。


 コンバさんにステラさんが入り、次は僕の順番だ。中に入るとむっとした空気がまとわりつく。三人が続いて入ってくる気配がするので、僕は前に進んだ。コンバさんとステラさんはかなり間隔を空けて立っている。どうやら前衛の真ん中が僕の持ち場らしい。


 後ろから柔らかな白い光が照らされた。振り返るとジーナさんの掲げる杖の先から照射されている。本当に魔法が使えるんだ。一番初歩的な魔法らしいのだけれど、実際に使っているのを目にすると感動する。この蒸し暑い空間で松明なんか掲げたくないから正直助かった。


 通路を進んでいくと左右に別れる道に出る。どっちに進むのか分からない。あれ? そういえばリーダーって誰なんだろう? とりあえず年齢が上のステラさんに聞いてみるか。

「どちらに進みましょうか?」


 返事は驚くものだった。

「ハンクさん。どうする?」

 どういうこと? リーダーって普通は戦士でしょ。混乱する僕をよそにハンクはのんびりとした声をだす。


「どっち周りでも同じようなもんだが……。そうだな右にしよう。だいぶ先だが何かいるようだ」

 僕もそちらの闇を透かして見るが何も見えない。適当なことを言っているんじゃないかと疑った。


 他の前衛の二人が右を向くので僕もそれにならう。百歩ちょっと進むと前方から赤い光が見えた。興奮したような声が交わされてドタドタと何かが駆けてくる。姿を現したのは灰色の鱗に覆われ剣呑なぎざぎざの歯をむき出しにした人型のモンスターの蛇人だった。数は……こちらより多い!


 さび付いた剣や短槍を持った三体が前に出てくる。僕は剣を抜くと左右の二人に合わせて横並びを維持しながら進んだ。前に出過ぎれば三方から滅多打ちにされるし、出遅れると二人のどちらかに負担をかけてしまう。それぞれが正対する相手に近づいて値踏みをした。


 蛇人は威嚇するように大きく口を開ける。真っ赤な舌が見えた。僕は父から教わったことを懸命に思い出そうとする。相手の剣を両手で構えた剣で受け止めた。ガッと打ち合わされた剣から大きな音が響く。もう一度打ち合うと相手の剣は剣先から三分の一のところでポキリと折れた。


 狼狽する蛇人の肩から斬り下げる。青い血が噴き出した。その姿に驚くが夢中で僕はもう一太刀浴びせる。蛇人の口から絶叫がほとばしった。きぃえええ。その声に我にかえって左右を見る。打ち合う音がしなかったと思ったが蛇人は倒れていた。どういうことだろう? 一方的に倒したってこと?


 いや、今は目の前の敵に集中しなければ。前に出ようとしたところで襟をつかまれた。凄い力で後ろに引き戻される。寸前まで僕の脛のあったところを刃先の欠けた剣が通りすぎた。

「きちんと止めを刺せ」


 耳元に切迫した声が聞こえる。首を捻じ曲げるとハンクと目が合った。前に向き直ると僕が倒したと思った蛇人が地面に倒れ伏しながら腕をのばしている。その頭にハンマーがめり込んだ。僕の耳の側でハンクが叫ぶ。

「コンバ。刃を合わせるな」


 うるさいな。それに何を言っているんだろう。僕が欠けちゃったので二人で三体の相手をしなきゃいけなくなっている。そりゃ僕がドジを踏んだのが原因だけど。心配する僕の目の前で、コンバさんは了解と短く返事する。そして流れるような動きで残敵に挑み、ステラさんと二人であっという間に一掃してしまった。嘘だろ?

 

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