第二部 レッケンバーグのギルド長

プロローグ 新人冒険者カイル

第1話 期待と不安

 僕は不安半分、期待半分で建物の前に立つ。横を見ると幼馴染のリコが同じように緊張した面持ちで立っていた。左腰の剣にそっと触れる。騎士だった父の遺品はきちんと手入れしてあったが道行く人が持つものに比べる少々古臭いのは否めない。金属製の胸当ても古傷が目立つし、ちょっと体に合っていなかった。


 僕は大きく息を吸う。いつまでもこうしてはいられない。僕は冒険者となってお金を稼ぎ、母や妹弟に仕送りしなければならないのだ。腕が良ければ僕みたいな若造でも大金を稼げるし、それに騎士への道も開かれている冒険者。こんなところで臆しているわけにはいかない。


「冒険者志望の方ですか?」

 横合いから声をかけられて見ると、とても可愛らしい女の子が居た。清らかで見ているだけで爽やかになる。こんな女の子がいるなんてさすがは大きな町だ。視界の端にリコの顎が落ちているのが見える。慌てて僕も口を閉じた。


 返事も出来ないでいると、女の子はにこりとする。

「頑張ってくださいね」

 会釈をすると細い路地を挟んだ建物へと歩いていき中に消えた。どうも食べ物屋らしくいい匂いがしてくる。


「なあ。カイル。先に腹ごしらえしないか」

 リコの腕を捕まえて引き留める。

「いや駄目だ。先に登録を済ませよう」

「なんだよ。カイルは真面目だなあ。お前だってさっきの子に……」


 意を決して、金属鋲が打ち込まれた大きな重い扉を押し開けた。外光の明るさから目が慣れると、正面のカウンターがまず目に入る。その手前の空間に置いてあるテーブルからいくつもの好奇の視線が刺さった。値踏みするような視線に対してぐっと胸を張る。


「こんにちは」

「ママのおっぱいを恋しがるガキが来るところじゃねえぜ」

 早速の洗礼だ。噂に聞く先輩冒険者からのからかいを気にしないようにして、正面のカウンターに進む。


 カウンターにいた女性はキレイな人だった。

「あら。いらっしゃい。お仕事の依頼かしら?」

「僕たち冒険者になりたいんです」

「あら。そうなのね」


 後ろからヤジが飛ぶ。

「僕たち。冒険者の登録するにはお金がいるんだよ。ママからお小遣い貰ってきたのかな?」

 そろそろイラついてきた。言い返そうとする前にお姉さんが明るい声を出す。


「ねえ。私の仕事奪うつもりぃ? それともひょっとして受付係狙ってんの? もし、私がここ首になっちゃったら責任とってくれるのかなあ?」

「あ、ああ。悪かったよ。ちょっと口挟んだだけだ。もう邪魔はしねえよ」

 お姉さんは僕たちににっこり笑う。


「ごめんね。それで、登録料は一人銀貨一枚よ」

 僕とリコは首から下げている袋を引っ張り出し、それぞれ1枚ずつカウンターの上に並べた。

「はい。確かに。それじゃあ、お名前と年齢を聞かせて」


「カイル、十六歳です」

「リコです。同じく十六歳」

「カイル君に、リコ君ね。冒険者ギルドを代表して歓迎します」

「えーと。登録票は貰えないんですか?」


「名前を彫るから明日になっちゃうかな。心配しなくても大丈夫。お姉さん、こう見えても人の顔と名前おぼえるの得意なんだぞ」

 自慢げなお姉さんの顔を見て、リコの頬は緩みっぱなしだ。駄目だこりゃ。僕がしっかりしないと。


「あの。申し訳ないんですが、登録料を払ったという書き付け貰えませんか?」

「お。若いのにしっかりしてるね。はいはい。ちょっと待ってね」

 お姉さんはさらさらと羽根ペンで何かの裏に受領したことを書いてくれた。

「それで、早速依頼を受ける?」


 相変わらずぼうっとしているリコの脇を肘で小突きながらお願いした。掃除だとか、荷運び、薬草の採取などを紹介される。あまり報酬も良くないし、地味過ぎた。

「モンスター退治とかはないですか? 今無いならダンジョン探索をしたいんですけど」


「最近は狼の群れも出ないわねえ。それで、ダンジョン探索だと、二人ってわけにはいかないのよ」

「僕の父は騎士でしたし、リコのお父さんも腕のいい猟師です。剣はそれなりに使えます」


「そっかあ。腕に自信があるんだね。若いのに凄いなあ」

 後ろの方からケッというような声が聞こえるけど無視無視。お姉さんは申し訳なさそうに言葉を続ける。

「でも、決まりなんだよね。もし二人に何かあったらお姉さん悲しいし、ちょっと無理かな」


 リコは鼻の下が凄いことになっていた。

「二人じゃ無ければいいんですか?」

「そうね。全員新人さんばかりってわけにもいかないけどね。誰か心当たりある? お父さんの友達とか?」


 僕は唇をかむ。そんな人がいれば苦労はしない。

「あ。居なくても大丈夫よ。お姉さんがちゃんと二人が無事に帰ってこられるようにベテランさん選んであげるから」

 お姉さんは屈んで顔を近づけ僕にささやく。

「新人さんを馬鹿にしない人をね」


 慎重に選ぶので時間がかかるというので、後学を兼ねてレッケンバーグの町の探索に行くことにする。まずは隣の店で腹ごしらえ。さっきの女の子は居なかったのは残念だったけど、スープは安いのにとても美味しかった。お店のおばさんは元気がいい感じで、僕たちが新人冒険者だと知るとちょっとだけおまけしてくれる。


 領主様の館を確認し、警備に立つ鎧姿の騎士にこっそり羨望の眼差しを向けたあと、町をぶらぶらする。新しい建物の中には、僕の村まで買い付けに来ていた木材組合の支部もあった。そこの戸口で大柄なお兄さんが立ち話をしている。相手の人は支部長と呼んでいた。


 読み書きを教える私塾もあるし、色んな種類のお店もある。全部を一度に覚えるのは大変そうだ。リコは疲れたような顔をしている。一通り見て回ったのでギルドに戻った。身構えたが今度は冷やかしの声はしない。お姉さんが手招きした。

「カイル君、リコ君」


 引き合わされた人を見て内心がっかりする。いかにも鋼の雰囲気をまとった戦士や、いぶし銀のような風貌の老練な魔法士を想像していたのに、幻想はもろくも崩れさった。


 一人はさっきの食堂のおばさんのステラさん。確かに腕は太いししっかりした体つきだけど、厨房の方が似合うのは間違いない。


 次の男の人はさっきの木材組合の支部長のお兄さんのコンバさん。僕よりは年上だけど支部を任されるってことはきっといいところのお坊ちゃんなんだろう。顔つきも僕が言うのもなんだけど、まだ幼さが抜け切れていない気がした。


 三人目は、文字を教える私塾から出てきて男の子や女の子にさよならと言っていたお姉さんだった。名前はジーナさん。受付のお姉さんと違って目つきは鋭いし冷たそう。なんと魔法士らしい。


 そして、最後が得体の知れないおっさんだった。ハンクと名乗る。もじゃもじゃの髭を生やしていて片目の上には大きく剣で切り付けられた傷跡があった。眉の下の眼は険しくて、いかにも僕らをダンジョンに置き去りにして手に入れたものを一人占めにすることを考えていそうだ。普段はギルドの帳簿をつけたりしているらしい。


 僕はお姉さんに抗議する。

「ベテランってことだったじゃないですか」

「そうよ。みんな他の仕事はしてるけど、冒険者としての経験はかなりのものよ。世間でいうところの二刀流ってわけね」


「冒険者だけじゃ食べていけないってことなんじゃないんですか?」

「んー。そういうわけじゃないんだけどな」

「約束が違います。ギルド長に会わせてください」

「そういうわけにはいかないのよねえ」


 後ろからだみ声が飛ぶ。

「なんだ。坊主。さっきは二人でもって言ってたのにメンバーにケチつけんのかあ? さっきまでの威勢はどうしたんだよ。ははーんびびったな」

 僕は後ろをきっと振り返る。


「おお。怖い怖い」

 数人がにやにや笑いを浮かべていた。

「分かりました。それじゃあ、このメンバーで結構です」

 僕は翌日の集合時間を決めてギルドを後にする。先が思いやられた。

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