第2話 彼女の本当の気持ち
「ジュンもあの時の事は聞いたでしょ?」
当時、別のクラスだったけど、学年中に広まった話だったはず。
「それはそうだけどさ。5年も経てば色々変わるかもだろ」
ジュンの言葉に少し考える。
5年か。その間に、彼女が僕の事を好きになるなんてあるのか?
思い返すけど、全然覚えがない。
春名は優しいから、それからも変わらずに接してくれたけど。
「やっぱり無理だよ。それに、僕に覚えがない」
首を横に振る。
「でもさ、気のない奴に毎日話しかけるか?」
そうか。そんな風にも見えるのか。
「春名は優しいからさ、それだけだよ」
変に希望を持ってしまいそうになる自分を戒める。
また勘違いはしたくない。
「まあ、お前が言うなら。でも、納得行かないんだけどな」
首をひねるジュン。
◇◆◇◆
放課後、誰も居ない教室で僕は一人読書にふけっていた。
今、読んでいるのは
人々が、街中いたるところに設置された『カメラ・アイ』を意識して
生活を送るようになった近未来を描いた風刺小説だ。
彼がこれを描いた当時、ネットなんてものはなかった。
なのに、誰も彼もがSNSやブログで情報発信する時代を描いているように見える。
彼の慧眼に舌をまくばかりだ。
結末が陰鬱なところまで含めて心に残る小説だった。
本を閉じると、視線を感じる。
気がつくと、いつの間にか隣の席に春名が居た。
「あ、あれ?どうしたの、春名?」
心臓の鼓動が高まる。
それをさとられまいと、必死に平静を装う。
「晴之君がずっと本を読んでたから気になって。昔から、そうだよね」
そういう彼女は何故か嬉しそうだった。
「昔から?確かに、そうかもね」
小学校の頃から、僕はずっと読書少年だったから。
「そうだよ。物知りで、いっつもカッコいいなって思ってたんだ」
ニコニコしながら、じっと見つめられる。
それに耐えきれず、視線を逸らしてしまう。
「カッコいいって、急にどうしたの」
落ち着け。春名に特別な意図はないんだ。
そう言い聞かせようとするけど、心臓の鼓動は収まらない。
「急にじゃないよ。昔からだよ」
熱っぽい視線で見つめられている気がした。
いや、いや。きっと勘違いに違いない。
「昔からって、いつから?」
ひどく落ち着かない。
「小学校の時から」
予想外の言葉。でも、だって。
「小学校の時って。ボッチで本を読んでただけだよ」
そう。それだけだ。
「そうなの?私は周りに流されなくて、カッコいいなって思ってたよ」
また、褒められた。何かが変だ。
「過大評価だって。ほんとに」
ただ、人の輪に馴染めなかっただけの話だ。
「それでも、私は仲良くしたかったよ?」
言われて、いつも登下校を一緒にしていた日々を思い出す。
あれって、ひょっとして。
「あれって、一人ぼっちの僕を気遣ってくれたんじゃないの?」
「そんなわけないよ。ていうか、そんな風に思ってたんだね」
微妙そうな表情で見つめられてしまう。
「それはいいとして。何がいいたいの?」
「……怒らない?」
「何か怒るような事をしたの?」
「場合によっては」
「とにかく、話してよ。怒らないから」
「えっと。あの時のラブレターって今も有効?」
え?
「あの時って……」
思い当たるのは一つだけ。
「ごめんなさい。これだとちょっとずるいよね」
自嘲気味な声。
「自意識過剰じゃないといいんだけど。今でも好きで居てくれるのかなって」
そう言っている間にどんどん顔が紅潮していく彼女。
それを聞く意味はというと、一つしか考えられない。
「好き、だよ。今でも」
あの時に振られてしまったけど。
「良かった。私も、ほんとはずっと好きだったんだよ」
春名の言葉は予想外だった。
今までの印象が180度ひっくり返るくらいに。
「でも、あの時、春名はごめんなさいって、はっきり言ったよね」
「あれは本当にごめんなさい。断るつもりじゃなかったの」
「え?どういうこと?」
わけがわからない。
「あの時は、どう返事していいか頭が混乱しちゃって、それで逃げちゃったの」
しゅんとした様子で語る春名。
「あの夜に考えてて。好きだって気づいたのだけど。どうしていいかわからなくて」
そっか。そんな事があったのか。
「でも、あれから5年経ってるんだけど」
少し恨みがましい言い方になってしまう僕。
「怒らないって言ったのに。でも、晴之くんも少しは悪いと思う」
不服そうにそう言われるけど、何が悪いのだろうか。
「悪いって言われても、僕に覚えはないよ」
そりゃ、断った後も変わらずに接してくれたのは感謝してるけど。
「週に2回は一緒に登校してたんだけど」
ええ?
「そういえば、都合よく会うなと思っていたけど……」
まさか、意図的だったとは。
「でも、気づきようがないって。そのくらいだったら偶然会うかもだし」
毎日だったのなら、僕だって「やっぱり……」と思えたかもしれないけど。
「でもね。私としては、必死のアピールだったんだよ!?」
逆ギレされてしまう。そんなご無体な。
思い出すと腹が立ってきた。
「だったら、もうちょっとわかりやすくしてよ。自然過ぎたって」
僕の部屋は2階、彼女の部屋は4階。
それで、いつも降りてきた時に遭遇してたのだけど。
「あ、おはよう」なんて普通に言われてたわけだし。
「だって、露骨過ぎると変だし」
「露骨にしてもらわないとわからないよ」
「じゃ、じゃあ。毎日、休み時間には話しかけてたよね!?」
話をすり替えられた気がする。確かに、それはそうだ。
「でも、1日1回位だったでしょ?それでどう判別をつければいいの」
言ってて、頭が痛くなってきた。
「何にも思ってない相手に、毎日は話しかけないよ!?」
キレられる。いやいや。
「友達だって、それくらいはあるよ」
「ないない」
お互い、平行線だ。
「結局、春名は5年間、ずっとそんな事してたの?」
そんなわかりにくいアピールされている間に、僕はとっくに諦めてたのに。
「うん。それで、最近、友達に相談してみたの」
「どんな相談?」
「どうすれば振り向いてくれるのかなって」
「で?」
「私が悪いって。ちゃんと、正面から告白してきなさいって」
「友達が完全に正しい」
僕の5年間を返してほしい。
「とにかく、OKなの?駄目なの?」
怒っているのか照れているのかわからない。
でも、返事と言われれば一つしかない。
「OKに決まってるよ。さっきも言ったけど」
ここまで春名が拗らせていたのは予想外だったけど。
だから、何か変わるわけでもない。
「良かった」
ほっと胸を撫で下ろしている彼女。
不思議なもので、彼女の様子にとても親しみを感じている僕が居る。
昔の僕が想われていたことを知ったからか。
あるいは、憧れていた娘が単に拗らせていたのを知ったからか。
「それじゃ、明日から、毎日一緒に登下校していい?」
上目遣いでそんな事を言われる。
くそ。反則だ。
「うん。僕もしたい」
ずっと好きだったのだ。
「お弁当、作ってきていい?」
だから、そういうのは反則だって。
「いいけど。無理しないでね」
今の僕はといえば、絶賛記憶の再構成中。
仲良くしたいと思われていたのと、気遣われていたのは天と地ほどの差がある。
「あと、もう一つ」
何やら深呼吸をしている。
「まだあるの?」
「キス、したい」
その瞬間。時間が止まった気がした。ああ。夕焼けが綺麗だなあ。
「キスって魚の
無理やりなことはわかっているけど、現実逃避を試みる。
「そんなわけないでしょ!?」
現実逃避は通じなかった。
「日を改めてってのは駄目?ちょっと心の準備が」
だって、急過ぎるだろう。
「嫌なら、我慢するけど」
そんな事を言われると、罪悪感が湧いてくる。
「わかった。でも、ちょっと待って」
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
そして、誰も居ないのを確認。
「よし。もう大丈夫」
身体も火照ってるし、顔も熱い。
「そんな可愛いところあったんだね。初めて知ったよ」
ニヤニヤ笑いの彼女。
そんな顔も綺麗で可愛いと思えるのは惚れた弱みか。
そして、ゆっくり僕たちは唇を重ねたのだった。
「なんか、良かった♪」
「僕は何がなんだかわからなかったけど」
よくわからないまま終わってしまったファーストキス。
「昔の思い出、再点検したいんだけど、いい?」
二人で揃って夕暮れの教室を出る。
「いいけど、こだわるところ?」
不思議そうな彼女。
よく知らない憧れだった娘が、昔からよく知っていたように思える。
「個人的にはね」
灰色だった青春がバラ色になるくらいの違いがある。
「わかった。それじゃあ……」
そうして、僕らは、昔の思い出を語りながら一緒に帰ったのだった。
幼馴染じゃないと思っていた彼女は、やっぱり幼馴染だったのかもしれない。
僕らの遠くて近いカンケイ~彼女はクラスメイト?幼馴染?~ 久野真一 @kuno1234
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