第8話 決着
知世が玄関フロアから元の部屋に戻ろうとしたとき、ポールから知世の携帯端末に発信座標が送られてきた。知世は、苦笑いしながら車を呼び出し、その座標を車に送る。
どこからともなく走って来たさっきの車に乗り込んで、知世と時宗は、富士山麓の発信座標へと向かった。
車内では会話が弾むはずもなく、二人は押し黙っている。
時宗を時間跳躍させているのは誰なのかはわからない。しかし、それを止めようとすれば、その者との対決は避けられないだろう。
「ねえ、もしかしたら、もう生きては戻れないかもしれないよ?」
疾走する車の中で、知世は急に不安になって、口を開く。
時宗は穏やかに微笑む。
「知世殿は、必ず拙者が守るでござる そして、この戦いが終わったら……」
話している時宗の唇に、知世が人差し指を当てて制止する。
「それは言ってはいけないお約束なの!」
それから三時間とちょっとで、車は富士山麓に到着した。
しかし、発信座標付近は樹海のど真ん中で、車では入って行けそうにもない。二人は、車を乗り捨てて森の中へと入っていった。
それからごつごつした道なき道を何時間も歩き、少し日も傾きかけた午後4時頃、彼らはGPSが示す発信座標地点へとたどり着いた。
しかし、あたりにはなにもない。
「確かにこのあたりのはずなんだけど、どこかに隠し扉とかないかな?」
「隠し扉でござるか?」
時宗がそう声に出した瞬間、前からそこに入り口であったかのように、地面の一部がさっと開いた。
「むむっ、ここから入れ、ということでござるな」
「みたいね」
二人が中に入ると後ろで扉が閉まった。すぐに、身体の周りを何かの力場が包み込み、二人はいきなり地下へとまっしぐらに落ち始めた。
「うおおおおお~」
「きゃああああ~」
しかし、悲鳴が終わらない数秒の内に、二人はまばゆい光に照らされた部屋の中に立っていた。そこは、複雑な表示装置が一面に配置されていて、映画に出てくる宇宙船の艦橋のようだった。
「むう、なんと」
時宗がうなり声を発すると、いきなり人工的な声が聞こえた。
「ようこそ、我が
「お主は誰でござるか」
「このサーチプローブを制御する人工知能ですが、記憶にありませんか?」
「知らぬでござるなぁ」
「どうもあなたの思考プログラムの転写展開に異常があったようです」
「よくわからぬが、そうでござるか。 ところで一つ頼みがあるのだが」
「はい」
「拙者を何度も未来に飛ばしているのがお主ならば、もうやめてはくれぬか?」
知世は会話を固唾を飲んで聞いている。
「それは、このミッションを中止するということですか?」
「なんのことでござるか?」
「ミッション開始から約500年が経過しましたが、この星の文明を採取していますか?」
時宗が答えようとするのを遮って、知世が突然声を張り上げた。
「私は、この星の住民だけど、質問してもいい?」
「あなたは、
「そうよ、時宗と……その……、は、繁殖するためのサンプルなのよ」
知世は、言葉に詰まりながら、自分のことを自然繁殖に必要なサンプルだと言ってみた。
「
人工知能の問いかけに時宗は無反応だ。さっぱりわかっていない時宗の横腹を知世が肘でつつく。
「ほら、蓬莱屋さん、あなたに聞いてるのよ」
「むむっ、そ、それでよかろう」
「
知世は軽く咳払いをすると人工知能に質問を始めた。
「まず、ミッションの内容について説明して下さい」
「ミッションの目的は、この星の1000年分の文明を採取することです」
「ミッションになぜ時宗が必要なの?」
「
「インストール……って、ちょっと待って、彼らってどういうこと?」
「
「そ、そうなんだ。 ところでインストールって何?」
「ニュートリノ通信機を遺伝プログラムされた受精卵が成人した後、大脳皮質へミッションに必要な情報と動機付けを送信し、書き込むことです」
「知世殿、こやつは何を言って……」
「いいから黙ってて!」
さっぱり話の内容がわからない時宗を制止して、知世は質問を続ける。
「確認するわね。 時宗は人間だけど、遺伝子に通信機が組み込まれている、と」
「正確には、超小型の通信機を体内に自由に作れるように受精卵の遺伝子を加工した後、元に戻しました」
「なぜそんな面倒なことを?」
「この星の文明は、この星の住民にしか理解できないからです」
「そんなことをしないでも、住民に調査の協力を求めればいいだけじゃないの?」
「それでは観察しているのと変わりありません」
どうやら、この星の文明を内側から理解したいので、内側に入って調査してみたい、ということらしい。全く自分勝手なやり方だが、生物としての構造が全く違っていれば、一緒に生活すること自体が不可能だ。だから、住民の身体を借りるか作る、というのは合理的かもしれない。
「そして成長した脳にニュートリノ送信で情報が書き込まれたら、宇宙人として覚醒する、ということかしら」
「覚醒するのではなく、ミッションを行う動機付けが与えられるのです」
「まあそっち側の人間になっちゃう、ってわけね」
色々とわからないことが多すぎる。知世は、時宗の時間跳躍を止めるためにどうすればいいかを必死で考えていた。おかしな質問をすれば全てが終わる。
知世は、時宗が透明な本と呼ぶ、インタフェースについて聞いてみることにした。
「時宗は、なぜ数ヶ月ごとに時間を跳躍するの?」
「ある時代の調査に必要な時間は、
「同じ時間に長い間居られないような制限が掛けられているってこと?」
「はい。 ミッション期間に比べて住民の寿命が短いためやむを得ない措置です」
「ミッションが終了すると、どうなるの?」
「全ての
「どうして情報だけを母星に送信しないの?」
「主観的な体験情報は、母星での人格融合でしか取得できないためです」
「人格融合って……まあそれはいいわ。 例えば
「私単体では帰還できないようプログラムされていますが、誰か一人でもいれば帰還は可能です」
「それじゃあ、例えば誰か一人が帰還を拒めば、その人は地球に置いていってくれる?」
知世は、いきなり話の核心に切り込んだ。時宗は知世の緊張を感じ取って、彼女の手を握る。
「死亡していない限り、全員を回収して帰還します」
回答は最悪なものだった。有無を言わさず連れて帰るようだ。
知世は、サンプルとして彼と共に地球を離れてもいいかもしれない、と一瞬考えた。
しかし、その先に待つ人格融合とやらの結果と、異星人の動物園での生活を考えると、ぞっと身震いした。ここはなんとか交渉するしかない。
「でも、仮にミッションの継続が不可能になった者がいたら、地球に置いていってもいいんじゃない?」
「仮に、文明の採取を行えない者が出れば、確かにその者は死亡扱いにしてもよいかもしれません」
知世はこの言葉に賭けてみることにした。体中から冷たい汗が噴き出す。
「実は、この時宗は、ミッションのついての知識が欠落してるのよ」
一瞬の間があって、宇宙船の人工知能が時宗に質問する。
「
「拙者は蓬莱屋ではござらんし、何のことを言っているのか、さっぱりわからぬでござる」
また一瞬の間があって、人工知能が報告する。
「デバッグモード起動。 全ての
とたんに時宗が声を上げる。
「いま、透明な本が出たでござるが、いつもと様子が違うでござる」
焦った知世が時宗に叫ぶ。
「なんだかわからないけど、とにかく振り払って!」
時宗が目の前の透明な本を横に払う動作をする。しばらくして、人工知能が感情のない声で報告を始めた。
「全ての
知世と時宗が固唾をのんで、その声を聞く。
「1572年11月5日、送信時刻に異常なニュートリノ・バーストを検出」
「1572年って、まさか、ティコの新星!?」
「なんでござるか?」
驚きの声を上げる知世に、時宗が尋ねる。
「その時、超新星爆発っていう、遠い星の大爆発を観測したティコ・ブラーエという人の古い記録があるのよ」
「爆発はまずいでござるな」
「そう、まずいのよ。 ニュートリノの通信が10秒ほど妨害されるはずなんだけど、そうめったにあることじゃないの」
「めったにないなら、まあよいでござるな」
「そう、めったにない偶然で、時宗は向こう側の人間として洗脳されるのを免れたんだわ」
「むっ、拙者は洗脳されかけていたのでござるか……」
時宗が言い終わらないうちに、人工知能は機械的に宣言しはじめた。
「深刻なエラーを発見しました。 本ミッションは継続不能。 帰還エネルギー充填まであと511年。 当該時点へ全ての
「おぬし、何を申しているのか」
「まずいわ、時宗!」
時宗がのんきに首をかしげている横で、知世は切羽詰まった様子で叫ぶ。
「また、あなたを未来に飛ばそうとしているのよ!」
「それは困るでござる」
「こうなったら、破壊するしかないわね」
そう言い放つと、知世はどこにしまっていたのか、服の中から大型の銃を取り出した。
「サンプルに攻撃反応。 危険を排除します」
いきなり天井が開き、レーザー銃のような武器が滑り出てくると、即座にまばゆい光の矢を発射した。
時宗は発射寸前のタイミングで知世の前へ滑り込み、抜き放った光の剣で、光の矢をはじき飛ばす。
「なんで光速のレーザーを剣で止められるのよっ!」
「弾の速さは関係ござらん。 筒がどこをねらっているかが分かれば、止めるのは簡単でござる」
「とにかく、撃ちまくるわよ!」
それが時宗の聞いた最後の言葉だった。
それから511年後(西暦2557年)。
時宗は無残に壊れた宇宙船の内部にいた。壊れているのに中は明るい。あたりを伺うと、上に続く通路が見える。時宗は上に登り始めた。
地上に着くと、入ってきたときと同じように周囲には樹海が広がっている。
時宗は記憶を頼りになんとか車の場所まで戻ってきた。
その車はどういうわけか真新しいものに変わっていた。とりあえず時宗は中に乗り込む。
そして、ぽつりと言ってみた。
「家まで」
「お帰りなさい、時宗さま。 ご自宅まで約7分です」
そう声が聞こえると、車は空高く舞い上がった。
「重力ドライブ出力最大、超音速巡航モード」
その声と同時に、雲が後方へ糸を引くように流れ始める。
驚く時宗を乗せて、あっという間に車は剣道場のある和歌山の家まで戻ってきた。
着陸途中で見えた中心街の景色はおもちゃ箱のようで色も形も全てが変わっていたが、この家のたたずまいは以前とほとんど変わらない。
時宗は門柱の箱を押して、ピンポンと変な音を鳴らした。
今度は中から声が聞こえ、お入り下さいと言う。
時宗が中に入ると、機械仕掛けの人形が出てきて、しばらく待てと言う。
そうして、30分後、知世が出てきた。前に別れたその時の姿のままで。
「よかった、生きていたでござるか」
「あたりまえよ、時宗。 だから、言ったでしょ」
時宗に飛びついた知世は、抱きとめた時宗の耳元で囁く。
「あなたが未来へ旅立ったら、私は時を超えて追いかけていきます。 何度でも、いつまでも」
「ありがとう知世殿。 随分待たせてしまったが、ようやく決着がついたでござるな」
そう言って、時宗は知世の目を見る。
「
時宗を見つめ返す知世の目から涙があふれてくる。
「待たせすぎだよ。 500年も待っちゃったよ」
時宗がふと横の机を見ると、その上の写真立てには、出会ったときの着物姿の写真と、花火大会へ行く途中で撮られた写真が並べて飾られていた。
「また、花火大会へ行きたいでござるな」
「私、女の子が欲しいわ」
出し抜けに知世が言う。時宗は静かに笑みを返す。
どんなに世界が変わっても、きっと彼らは築けるだろう、幸せな家族を。
サムライ・フライヤー 星野谷千里 @hoshinoya_senri
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