願いをさえずる鳥のうた

いいの すけこ

退屈な歌

 退屈な歌が好きなの。


 そう、彼女は言った。

「愛とか平和とか、わかりやすくてありがちな、御大層だけど平凡な歌を歌うのが好きなの」

 でもそれって、いいものでしょう?

 彼女は微笑んで、俺に同意を求めた。

「歌っている時は気持ちがよくて、自由で、空を飛んでるみたい。だから自分が歌いたくないものを歌うのは嫌だわ」


 兵士の士気を高める歌を歌ってほしいという依頼を、彼女は笑顔で拒否した。

「そうか、わかったよ。俺も君には自由に歌ってほしい。だから忘れてくれていいよ」

 降参するように両手のひらを彼女に向けた。断られた旨を上官に説明するのは面倒だな、とは思ったが、上役の顔色を伺って彼女の心が離れていくほうが余程堪える。

「だけど、俺が君の歌を胸に空へ行くのは、許してもらえる?」

 愛だとか平和だとかの、退屈な歌を。

 君の美しい歌声からもらった勇気を胸に、飛び立てたら。


「いやよ」

 彼女は微笑みを消した。それはそれははっきりと、問答無用で拒絶の言葉を俺に叩きつける。

「……君は俺のことを、少なからず想ってくれていると感じていたけど」

 期待を裏切られて、思わず口からでた言葉。女々しいな、とは思うけれど。死が隣り合わせの世の中では、想いを閉じ込めておくほうが難しかったから。

「あなたのことは好きよ」

 意外なほどあっさり、彼女は言った。

「でも、私の歌を胸に戦場の空へ行くことは許さないわ」

 瞳に強い光を宿した彼女の言葉。

「私の歌を、誰かを殺すための勇気になんてされたくない」

 それは刃物のように鋭かった。


「……あなたは自由な空が好きだと思っていたけれど」

「飛行機乗りだもの。戦争にくらい呼ばれるさ」

「戦闘機で飛ぶ空って、自由かしらね?」

「俺はその自由な空を取り戻すために行くつもりだよ」

 君の歌が、あまりにも当たり前のもの過ぎて、本当に退屈だと思ってしまうような未来がやってるくことを信じて。

 俺が笑っても、彼女はにこりともせずに僕に背を向けた。華奢な背中が遠ざかっていく。

 嫌われてしまったかな。

 その背を見送っていたら、手の届かない距離の場所で彼女は立ち止まった。

「私の歌を戦場に連れて行くことは許さないけれど」

 こちらを振り向かないままで。歌う時とは違った響きの、綺麗な声を彼女は張り上げる。

「地上から、あなたの帰りを信じて歌っててあげても良いわ」

 言うだけ言って、彼女はまたすたすたと歩いて行ってしまった。

 地面にしっかりと立つ力強い足取りで。

 小さな背中には翼なんてないけれど、鳥のさえずりのような歌声を持つ君。


 どうか君の歌がいつまでも自由で、そして退屈な歌でありますように。


 それだけを願って、俺は空へ飛び立っていく。





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