別世界の彼女
三春暁
プロローグ
ここではないどこかに行けたら、教室の窓から外を眺めてぼんやりと空想したことが、誰でも一度はあるだろう。「ここではないどこか」、それは自分だけがチート能力を持ち無双できる異世界かもしれないし、ヒロイン令嬢を蹴落として自らが主人公に愛される乙女ゲームの世界かもしれない。実際にそんなことは起こり得ないと勿論わかってはいる。しかし、代わり映えしない日々を過ごす少年少女にとって、都合の良い現実逃避はジャンクフードのようなもので、一度取り憑かれてしまうとやめられなくなるのだ。
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「では、今日はここまで。」
チャイムの音とともに初老の担任がのんびりとHRの終わりを告げた。ふとスマホから目線を上げれば、我先にとイスもしまわず部活に駆け出していく者、遊びの予定について話し合うグループ、思い思いの時間を過ごすクラスメイト達によって周囲は喧騒に包まれていた。のんびりと帰りの支度をしていると、人の流れもまばらになった頃、担任が声をかけてきた。
「
「あ……すぐ出します、すみません。」
頭を下げ、逃げるように早足で教室を後にする。今のやり取りで、なんの変哲もない1日がマイナスにどんと傾いた気分だ。幸か不幸か部活には入っていないし、放課後遊ぶような友達もいないので、課題に割く時間は十分にある。今夜はネットでの友人と遊ぶ約束をしていたが、親まで呼び出すと脅されてはやらねばなるまい。そう考えてはため息をつき、足取り重く帰路についた。
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「ただいま。……母さん、いる?」
いつもなら玄関を開ければキッチンから顔を覗かせて出迎えてくれる母さんがいないことに違和感を覚える。彼女のサンダルはあるので、出掛けているという訳でもないだろう。不思議がりながら靴を脱いでいると、リビングで誰かと電話をしている声が耳に入ってきた。まさかもう俺の成績についての呼び出しがかかったのか?と一抹の不安を抱えつつも、邪魔をするまいと自分の部屋への階段を上がろうとしたその時だった。
「
興奮も冷めやらぬ様子で母さんがスマホを握り締めながら詰め寄ってきた。どうやら成績関連の話ではなさそうだ。
「ちょっと、落ち着いてよ。なんかあったの?」
その熱量に若干気圧されながらも聞き返すと、母さんは待ってましたと言わんばかりに、続けて俺にとって非常に衝撃的な「ビッグニュース」を口にした。
「あんた、1年間アメリカに行けることになったから!」
「ごめん、全く意味がわからないんだけど。」
咄嗟に口から出た言葉は、まさに俺の内心そのものだ。アメリカ、その響きは生まれてから16年の間1歩も日本から出たことのない自分にとって、全く縁のないものに聞こえる。困惑する俺をよそに、母さんは捲し立ててくる。
「ほら、あんたよくわかんないけど、別世界?に行きたい〜とか部屋でよくお友達と話してるじゃない?本棚覗いたら転生だのなんだの言ってる小説も多いし……。もしかして、海外とか行きたいのかなと思って、アメリカ留学プログラムに応募してみたら、通っちゃったのよ!」
通っちゃったのよ!ではない。別世界じゃなくてそれは異世界だとか、友達との電話を盗み聞きするなとか、勝手に人の部屋に入るなとか、言いたいことは山ほどある。そもそも雑な憶測を頼りに俺の高校生活を根底から覆すレベルのプログラムとやらに応募する前に、せめて相談してほしい。物言いたげな俺の態度を感じ取ったのか、口を開く前に畳みかけてくる。
「でもほら、こんなチャンス滅多にないわよ!この同意書にサインして送れば夢のアメリカンライフが手に入るのよ!?」
「アメリカンライフを勝手に夢見てるのは母さんだろ……。チャンスだかなんだか知らないけど、俺は今のままの生活で十分満足だから。ちゃんと断っといてよね。」
尚も書類を押しつけてくる母さんを適当にあしらいつつ2階へと続く階段を駆け足で上り、自室へ立て篭る。よくわからない一時的なノリでアメリカ送りにされてはたまらない。無理やり掴まされた書類をバサッと机の上に放り投げると、散らばった拍子にある文言が目に飛び込んできた。
"単位互換制度を採用!留学先で取得した単位を現在通われている高校での成績に加えることができるので、休学や留年をせず留学生活に打ち込めます!"
単位‥‥互換?
詳しくは知らないが、留年せずに済む、つい2時間ほど前に担任から成績不振での親呼び出しという死刑宣告を受けた自分の目に、その文言はとても輝かしく映った。たしか、海外の授業、特に理系科目は日本に比べて簡単だってネットの記事で読んだことがある。
―アメリカで適当に遊びながら1年間、灰色の高校生活をスキップできるなんて最高じゃないか?
ふと邪な考えが頭をよぎる。冷静に考えればそんなに上手い話があるわけもないのだが、入学後早2ヶ月で留年しかかっている崖っぷち状態の人間の脳は、全てを自分の都合がいいように解釈していく。5秒ほどじっくりと考えた俺の結論。この話、乗るしかねえ!
そう決めると同時にバンッ、と勢いよく部屋のドアを開け放ち、たった今上がってきたばっかりの階段を、留学パンフレットを握り締めて駆け下りるのであった。
「母さん!やっぱり留学の話詳しく聞かせて!」
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だいぶ長くなってしまったが、ここまでが俺、
別世界の彼女 三春暁 @MiharuAkatsuki
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