第36話
「はあ、あんたならそれくらいは当たり前のことなのかもしれないねえ……ただ、遠出をするんだから気を付けていくんだよ? 一人じゃない、二人旅なんだからあんたが守ってやるんだ!」
ため息交じりながらもギルドマスターはリザベルトのことを心配しており、しっかりと念を押している。
テオドールほどの人物ならばこの街にとどまり続けることはないと思っていたが、その時がそれほど早く来るとは思っていなかっただけにそのまなざしは遠い記憶にある母親を思わせるものだった。
「もちろんですよ。彼女は強いから大丈夫、なんていうつもりはありません。単純な戦闘であればリザはかなりの力を持っていますけど、女性ですからね。巨漢の力持ちに掴まったら、不意打ちを受けたら――旅に出る以上、色々な可能性はあります。だから、僕が絶対に守って見せます!」
力強く宣言するテオドールにギルドマスターは満足そうに何度も頷いており、まるで恋人宣言のような発言を聞いたリザベルトは彼の後ろで顔を真っ赤にしていた。
「っと、話の途中ですがそろそろ報酬を頂いてもいいですか? 冒険者ギルドにも行って挨拶をしてきたいので……」
「おぉ、そうだったね。納品ばかりしてもらって、肝心なことを忘れていたよ。レイクー!」
ギルドマスターが大きな声で呼ぶと、のそりとレイクが姿を現した。
「この金額を金庫から取り出してきておくれ」
無言で頷くと、レイクはすぐに金庫に向かって行く。
「今回仕入れた岩塩の分はしまっておくから帰って来た時に寄っておくれ。ちゃんと帰ってくるんだよ、いいね?」
王都に行ったきりにならないように、ギルドマスターが釘を刺した。
「ははっ、そうですね。この街は僕の故郷ですし、今回はオークションが目的なのでちゃんと帰ってきますよ!」
「あぁ、ちゃんと岩塩の売上も支払わないとだからね」
笑顔のテオドールの返事を聞いたギルドマスターは安心して笑顔になっている。
しかし、無言で作り笑顔を浮かべているリザベルトは気づいていた。
(『今回は』って言ってました! それに、大きな商売をするならきっと、ここに留まらないはずです……)
それでもテオドールと共に行動すると決めているリザベルトは、あえてそのことについて口にはせず、彼が行動しやすいしようと判断する。
「……うす」
そんな話をしているうちにレイクがやってきて、金の入った袋をテーブルの上に置く。
「おぉ、この間よりもずっしりとしていて、いい重量感です!」
レイクが両手で運んできた袋をテオドールはひょいと片手で持ってしまっていく。
その様子を見たレイクは無言だったが信じられない物を見るような顔をしていた。
「色々ありがとうございました。それじゃ、そろそろ行きますね。またきます!」
「マスター、ありがとうございました。またお会いしましょう」
テオドールは軽く手を挙げて、リザベルトは深々と頭を下げて別れの挨拶とした。
その後、冒険者ギルドに到着した二人はエイレムの部屋へと案内される。
「待っていましたよ」
「おう、やっと来たか」
そこにはエイレムだけでなく、武器屋のジャーノの姿もあった。
手を上げつつ不愛想だが、どこか普段とは違う格好をしているジャーノに二人は首をかしげる。
「今日出発とエイレムから聞いたから、俺も待たせてもらっていたんだ」
オークション関連の相談をしていたため、エイレムにはスケジュールを伝えてあった。
ジャーノはそれを聞いていたので、朝からずっとこの部屋で待機していたのだ。
「……あれ? 何か約束してましたっけ?」
商人として約束を反故にするのは信条に反するため、考え込むようにテオドールはジャーノへの頼み事、ジャーノからの頼まれごと、いずれかがあったかと思い返している。
「いや、俺はお前たちに頼みたいことがあって来たんだ」
どこか硬い表情と雰囲気でジャーノは深々と頭を下げた。彼の雰囲気がちょっと変だったのは格好のせいだけではなかったようだ。
「――俺も、一緒に連れて行ってくれ!」
「ええっ?」
「一緒にって、王都にですか?」
思ってもみない申し出に二人は驚いている。
この街の武器屋として店を構えているジャーノ。王都はそれなりに距離があり、旅をすると数か月単位となる。
そんな王都に行くとなれば、すぐすぐ戻ってくることは叶わない。そうなると、店を長い間閉店することとなってしまう。
商人を目指すテオドールにとって店を出すこと、店を続けることの大変さは身にしみてわかっている。
ついてくることに関しては文句はないのだが、その不安だけがテオドールの心配だった。
「あぁ、頼む。店のほうは既に休店の看板を出してきたから問題はない」
その眼差しを見れば、ジャーノがどれだけ真剣なのかがわかる。
隣にいるエイレムも彼の気持ちを知っているのか、一緒に頭を下げている。
「……別に構いませんけど、なぜか聞いてもいいですか? 王都に何か用事があるんですか?」
長年やってきたであろう店を閉めてまで王都にいく理由が知りたかった。
「あー、そう思うよな。いや、違うんだ。なんといえばいいのか……」
すっかり普段の雰囲気に戻ったジャーノは困った表情でエイレムの顔を見ており、エイレムは苦笑しながらも説明に移る。
「ええっと、ジャーノは正確には王都に行きたいわけじゃないんですよ」
事情を知っているエイレムは相変わらず苦笑を、ジャーノは罰の悪い表情で視線を逸らしている。
「「???」」
それに対して、テオドールとリザベルトは首を傾げていた。
「彼は、あなたたちについて行きたいみたいです。武器を見る目、呪いを解いたこと、ブレイズドラゴンを倒したこと、フルヒールポーションを錬金術師ギルドに納品していること、岩塩を販売していること、人間性、それら全てをひっくるめて、あなた方と共に行動したいと考えているようなんです」
「ま、まあそういうことだ」
直接本人たちを目の前にして思いを打ち明けるのは気恥ずかしいようで、ジャーノは視線を逸らしたまま頬を赤くして照れている。
「あらまあ」
「なるほど……」
リザベルトはビックリした表情で、テオドールはジャーノの能力を前提に何かを考えている。
「わかりました。それでは、ジャーノさんも一緒に行きましょう。ちなみにですが、あっちに着いてからも一緒に行動されますか?」
テオドールたちの目的は剣と魔核の販売にある。ジャーノは武器屋、もしくは鍛冶職人として行動するのであれば目的が互いに違う。
「そうだな……連絡をとれるようにして、俺は街の武器屋か職人のところに行こうと思う。俺自身を鍛え直して、お前たちの力になりたい」
ジャーノは昔の仲間の形見を、その親に届けていた。
その時にとても感謝され、言い知れないほどの感謝の気持ちをテオドールに抱いていた。
そんな彼には返しきれない恩と商人としての可能性を感じ取り、ずっと心にあったしこりのようなものがとれた気分のいま、動き出したい気持ちがジャーノにはあった。
「なんでそこまで思ってくれるかわかりませんが、でもすごく嬉しいです。僕が目指しているのは父も、他の人たちも超えた、大商人です! だから、こうやってジャーノさんみたいにすごい人が僕たちのことを気に入ってくれるのはすごく嬉しいです!」
ニカッと笑ったテオドールの表情に嘘はなかった。
ジャーノの店に並んでいる武器の多くは彼が作ったものであり、それだけで彼の腕前は信頼がおけると考えていた。
商人としてはどんな人脈も大事な商売のチャンスとなりえるため、ジャーノのような人との付き合いは最高の武器を手に入れるのと同じ物だと思っていた。
「あぁ、あぁ! そう言ってくれるなら決断したかいがある! 俺にもお前が大商人になるのを後押しさせてくれ!」
「はい!」
こうして新たな仲間が加わったテオドールたちは、三人で王都へと旅立っていくこととなった……。
借金:3590万
所持金:約1030万(ポーション代+岩塩代)
三度目の人生は商人無双! ~前世の記憶と力で目指すは世界一の大商人~ かたなかじ @katanakaji
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