第35話
「さて、家と土地の権利は売却できたから、いよいよ出発だね」
あのドラゴンステーキパーティがあった翌日から、テオドールたちは次の商売のために動き出して既に一週間が経過しており、その間に一度借金取りがやってきて家を売却した時の金から十万だけ返済していた。
先に連絡を入れておけばこの街を離れても大丈夫だというお墨付きをもらっているために彼は旅をすることに決めたのだ。
「もう手遅れかもしれないですけど、本当によかったんですか?」
これは何度目かのリザベルトからの確認である。
生まれ育った街を離れることは彼女自身思うところがあったため、気遣いから声をかけていた。
テオドールが住んでいた屋敷は家族との思い出が詰まっている。
リザベルトのときのように収納するでもなく売ってしまってよかったのかと彼女は不安に思っていた。
「うーん、それは大丈夫。両親の思い出はここにあるし」
そんな彼女に笑顔を見せたテオドールは自分の胸をポンポンと軽くたたく。
「辛い記憶も多いから、すっぱりと切り替えて次に進んでいこうと思うんだ!」
「……わかりました。それでは、新しい思い出をたくさん作って行きましょう!」
明るく語るテオドールの言葉に、リザベルトはこれ以上は言うまいと決めて、共に未来へ向けて前を向くことを心に強く誓う。
「最後に冒険者ギルドと錬金術師ギルドと、あとは色々街の人に挨拶していこうか」
「そうですね!」
テオドールのおかげで潤った住人も少なくないが、二人はそれ以上に人々に助けられたと感じていた。
この謙虚さをみた者たちは、自然と彼らを応援したいという気持ちになっている。
「まずは錬金術師ギルドかな。追加の納品もしなくちゃだからね」
錬金術師ギルドには追加のフルヒールポーションの納品を求められており、更には岩塩を小瓶にいれたものの販売も請け負ってくれていた。
「岩塩は飛ぶように売れてるみたいですねえ。一押し商品です!」
笑顔で頷くリザベルトも小瓶に詰めるのを手伝っており、自分が手伝ったものが売れていくのは嬉しかったようだ。
「うんうん、やっぱりあのドラゴンステーキパーティで一気に評判が広まったのが大きかったなあ。レストランでも大口で買ってるみたいだし、個人でもたくさん買われていくって言ってたね」
想定以上の売れ行きのため、フルヒールポーションも岩塩も在庫が少なくなっているとの話だった。
そんなことを話しながら街中を歩いていると、二人は次々と街の人から気さくに声をかけられていく。
例のドラゴンとの戦いで一躍有名になり、更に扱っている商品の質が高いとあって、更には二人の人柄の良さからみんなが気にかけてくれていた。
「ふふっ、こうやってみなさんが仲良くしてくれるのは嬉しいですね!」
テオドールがとんでもない実力を持っており、リザベルトも鑑定能力があって戦闘能力も高い。
しかし、二人とも年若く、たった二人だけでは不安もある。
そこに、街のみんなからの声かけがあるのはホッとできることでもあった。
「そうだねえ。さあ、それじゃこの街でも一番二番っていうくらいに気にかけてくれている錬金術師ギルドマスターさんに会いに行こう!」
二人は既に錬金術師ギルド前に来ていた。
「いつの間にか到着してましたね。さあ、入って下さい!」
まだここの職員であった頃の感覚が抜けないリザベルトは、まるで自分の職場であるかのようにテオドールを奥へと案内していく。
「あ、レイク君。ギルドマスターに挨拶をしたいのですが、行ってもいいですか?」
慣れたようにカウンターに近づいたリザベルトの質問に、奥で作業していたレイクはのそりと振り返って無言で頷いた。
ギルドマスターから、テオドールたちが来たら奥に通していいと言われている。
それにリザベルトは元々同僚であり、彼女なら信頼できるとも考えていた。
「テオさん、行きましょう」
「うん」
彼女の先導にテオドールがついていく、その途中でレイクに軽く会釈すると、レイクは力のこもった目でテオドールを見ると何かシンパシーを感じたように一度大きく頷いていた。
奥の部屋に行くと、ギルドマスターは二人を笑顔で迎え入れてくれる。
「リザベルトにテオドールじゃないか! よく来てくれたねえ。二人のおかげでうちの売り上げは上り調子でウハウハだよ!」
言葉のとおり、現在の錬金術師ギルドの売上は何倍にも膨れ上がっていて、心なしかギルドマスター肌ツヤも良くなっている。
「それはよかったです。それで、フルヒールポーションと岩塩の追加納品なんですが、ここで大丈夫ですか?」
テオドールはバッグに手を突っ込んで質問するが、その質問にギルドマスターは顔を青くする。
「いやいや、ここでは困る! 裏の倉庫のほうで出しもらおうじゃないか。さあさあ、移動するよ!」
ここまでのテオドールの実績を考えると、とんでもない量を用意してくる可能性もあるため、ギルドマスターは慌てて二人を倉庫へと移動させていった。
「それじゃ、早速出しますね。まずはフルヒールポーション。これは前回の分が全て売れたと聞いたので、三倍の三十本ですがいかがですか?」
前回一本五十万ゴルドで買い取ってもらったそれが、三倍の数用意されている。
「うーむ、さすがに全部買い取るのは厳しいね、今回はニ十本にしておきたいんだけどいいかい?」
「もちろんです!」
ニ十本でも一千万ゴルドになるので、十分な金額であるためテオドールは即答する。
「そう言ってくれて助かるよ。前回の分で収入はあったんだけど、それでも一気に手を出すには高価すぎるからねえ。あぁ、岩塩のほうは販売代行ってだけだからいくらでも大丈夫だよ」
フルヒールポーションはギルド側としても、目玉になるため持っておきたい。
ゆえに買取という形になっており、岩塩は手数料をとっての販売代行という形をとっている。
「おー、それは助かります。いやあ、リザ。たくさん用意してよかったね」
「はい!」
嬉しそうに頷くリザベルトとアイコンタクトしながらテオドールが取り出した岩塩の入った小瓶の数は百を超える。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待っておくれ。もしかして、それ全部かい?」
「いえ、まだ半分いってないくらいですね」
へらりと笑ったテオドールはギルドマスターの質問に答えると、続きを取り出していく。
「あ、あぁ、まだそんなに……」
止まらないテオドールの手が取りだした小瓶は、最終的に三百本になっていた。
「もし売れたら、売上はあとでとりにくるのでよろしくお願いします。僕たちは、ちょっと王都に行ってこようと思います」
「えっ? ええええっ?」
ここにきての、突然の報告にギルドマスターは目を丸くしている。
ブレイズドラゴンを倒した功労者だということは知っていたが、どこかへ旅に出るとは思っていなかったようだ。
「そういえばその報告が最優先だったのに忘れてました。この間のブレイズドラゴンとの戦いで魔核を手に入れて、魔剣も売りに出したいので王都でオークションにかけようと思っているんです」
なんでもないことのようにテオドールはサラリと言う。彼にとっては金儲けの一環であるため、それほど気にすることでもなかった。
借金:3590万
所持金:約30万
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